第13話 衛兵内の改革


 休校になりハインフィードに戻ってきた僕らは、早速衛兵内の改革に手を出そうと動き出す。


 カールから事実確認を済ませているとの報告も受けている。

 先ずは捕縛だと、秘密裏に衛兵を三人捕まえて締め上げた。

 そうして共犯者を割り出していざ衛兵の事務所へとリーエルと共に訪れた。


 今回、騎士団は使わない。

 領地がヤバイ程の損害は出てないのでこちらで対応すると決まったのだ。

 負担が大きくなっちゃうから、と。


 エメリアーナも置いてきた。多分、やり過ぎちゃうだろうから。

 罪人が反抗的なら構わないのだが、態度が気に入らないと無差別にやりそうで怖いのだ。

 なので連れて来たのはルンと護衛の三人だけ。


 そうして、訪れた事務所にて長官を呼び出し対面した。


「これはこれは、リーエルお嬢様。

 いえ、もうハインフィード辺境伯とお呼びするべきですかな?」


 目つきの悪いちょび髭のじいさんがニコニコと笑みを向けてリーエルに言うが、彼女の目付きは冷たい。


「そうですね。私ももう辺境伯として意識を変えていかねばなりませんので……」

「おお、それは素晴らしいことでございますな。してそちらの御方は?」


 と、話が僕の方へと向く。


「私はリヒト・グランデ。彼女の婚約者だ。もう聞いているだろう?」

「なるほど。その節は大変お世話になり申した」


 申し訳なさそうに頭を下げる長官。これは確かに解り辛いな。

 だが、もう既に聴取にて彼の名前も挙がっている。


「そっちは構わないさ。今は別件で訪れていてね。

 その聴取の為にキミたちに領主邸まで来てもらいたいんだ」


「その別件と申しますと……?」と初めて彼の表情が崩れる。眉間に皺をよせ不機嫌そうな様を見せた。


「それは向こうで話そう。これから幹部四人も連れていき話を聞かせて貰わねばならない。

 すまないが、これは強制だよ。領主権限での、ね」

「ええ。ハインフィード辺境伯として命じます。お願いできますね?」


 口元を覆う様にひげを弄り訝し気にこちらを伺う長官。

 彼は暫く考え込んだ後、漸く口を開いた。


「辺境伯様の命とはいえ流石に頷けませんな。わたくしめには領内を守る仕事がございます。

 幹部たちも日々町を守る仕事に追われておるのです。それを事前調整も無しに突然来いと申されましても」


 どうかお判りいただきたい、と白々しく頭を下げる。

 そんな彼にリーエルは淡々と告げる。


「では現時点であなたを解任、クビに致しましょう。その上で容疑者として連行します」

「い、一体どんな権限でそんなことをっ!!

 先代からずっと仕えてきたというのになんてことを仰るのですか!?」


 ガタン、と腰を上げて立ち上がりリーエルを威嚇する。そのふざけた姿勢に呆れが浮かび僕は立ち上がり回り込んで彼の元へと歩く。


「お前は何様だ。主である辺境伯が直々に来いと命じて仕事があるだと?

 長官の座も仕事も与えているのは辺境伯だ。そんな事すら理解していないのか。

 とまあ、裏切者の罪人にこんな講釈を垂れてもしかたないか。ルン、取り押さえろ」


「ハッ!」とルンが見た事が無いほどの速度で動き出し、長官をテーブルに叩きつけた。


「がはっ! な、何故だ! 私は何もしていない!」

「馬鹿を申すな。関税の一部を懐に入れ続けているという調べがついた。

 もう足掻いても無駄なんだよ。証拠が出揃ったから動き出したんだ。家令の時と一緒でな」


 こいつらももう何年もやっている。一部でもかなりの額だろう。

 ましてや彼は衛兵の長。これまでの功で緩和されるレベルの悪事じゃない。


 そうした諸々の言葉を突き付けた後、他の衛兵に幹部たちを呼ばせて事前調査での金の流れや捕らえた衛兵からもう既に聴取を取り事が明るみに出ている事を話せば、幹部の一人が諦めた様に項垂れ独白し漸く罪を認める方向へと流れた。


「す、全てお話します! どうか、どうか命だけは!」


 自分たちの罪が死罪であることを理解して居る様で、命乞いをしながらすすり泣く幹部の男。


「それは聴取を取り真実かを精査し、その上で情状酌量の余地があればな。

 まあ国家への攻撃とみなした家令の時とは違う。協力的なら全員の命を奪う必要は無いな」


 そう告げると長官以外は挙って話そうとするが、取りあえず黙らせて領主の館まで連行し、護衛たちと執事たちに聴取を任せてその場を後にした。


「あの、リヒト様? 法的にあの者たちは死罪では?」

「うん。出来心とみなされる少額なら領主次第で恩赦が与えられることもあるけど、あいつらはもう確定だね。

 衛兵の立場でそれをやられちゃうとどうにもならないから軍法が適用されていて罪も更に重いものとされるしね。

 けど一般の兵士たちは場合によっては余地があるんだよ。正直に話して貰いたいじゃない?」


 そう。罪には変わりないが、上司からの命令であった事は間違いない。

 優遇措置程度で殆ど金を受け取っていないと言える者がいればそいつは殺す必要が無い。

 当然、横領と知って手を貸し続けていたのだから実刑は受けて貰うが。


 まあ、可能性は低い。

 黙らせる為にもある程度のお金を渡して共犯者にした方が都合が良いのだから。


 だがそれでも調査はできる限り正確に行った上で法に照らし合わせなければいけない。

 特に幹部連中には色々と正確に白状して貰わねばならないのだ。どっちにしても死ぬとわかっていれば非協力的になる可能性もある。


 その為のブラフを使ったのだとリーエルに説明した。


 当然自分の都合の良いように話すだろうが、自分以外の犯行の発言には整合性を取ってくるだろう。真実を話さなければ死ぬと匂わせているのだから。


 幹部四人の聴取からある程度の真実を割り出し、次に衛兵たちを呼び聴取し、そこから現場の確認に走って貰えばいい。


「あぁ、そういう事でしたか……

 与えた希望を後から奪うのは心苦しいですが、仕方ありませんよね」

「リーエルは優しいなぁ……長官の最初の言葉や口調を考えれば当然の報いだと思うよ。

 幹部たちも呼ばれた直後の態度は変わらなかったでしょ?」


 そう。事実を突きつけても笑みを張り付けて何かの間違いでは、と嘘を吐いていた。

 まるで鼻で笑う様に。

 そうやって今までずっとリーエルを陥れ続けていた。

 民を守る仕事があるなどと自分たちが正義みたいな言い回しをするほどにだ。


 そんな奴らが元々法で死罪と決まっている犯罪を何年にも渡り犯し続けていたのだから、助ける筋合いどころか気を使う筋合いすら無い。


「そ、そう言われるとそうですね……

 民を守っていると嘯き陰で民のお金を掠め取るのは非道な行いに過ぎます」

「そうそう。盗賊は人にあらずなんて言葉があるけど、それと一緒だよ。

 著しく倫理観が欠如した相手はね、まともに相手しちゃダメなんだ」


 どんな嘘でも吐くから盗賊はとりあえず殺せというのがこの世界の習わし。

 行き倒れの振りをして介抱した者を殺したりと、本当に何でもするらしい。


 犯罪にこそ未知の魔法が使われることが多いから魔法開発の参考になればと犯罪録を漁ったが、本当に人間の醜さがどれほどに酷いかというものを思い知ったものだ。

 そのお陰で信じる心も大切だとは思うが、一線を引くこともまた重要だと深く理解した。


「だから僕は法を犯さない程度には目には目をで返すかな。苛烈に見せた方が抑止にもなるし」

「なるほど……リヒト様は普段は誰に対しても温厚ですものね。

 優しくありながらも厳粛で皆を導く姿には領主としての器の大きさをいつも感じています。

 どうして私が領主なのでしょうか……」


 何故か、リーエルの中で僕がとてつもなく凄い人になっていってる気がする……

 ただ、向き不向きや性格の問題で差が出るだけでリーエルも大概凄い人なんだけどな。


「えっと、そんなに凄い人のつもりは無いけど、分け合うんだからどっちでもいいじゃない」

「あの……私に釣り合うものがあるとは思えなくて。

 私はあなたに何を差し出せばいいのですか?」


 力なく困った様に笑うリーエル。

 そんな顔はさせたくないので何か無いかと真剣に考えるれば、一つ案が浮かぶ。


「じゃあさ、僕が最初に送ったラブレターみたいな誓約書、僕にも書いて。

 キミがこの先、綺麗になっていったら多分男がすり寄ってくるだろうから、その時の心の拠り所に欲しいんだ。愛する人からのそれが小さな事ではないのはキミにはわかるだろう?」


 そう。もう既に彼女は可愛くなるだろう、と思われる顔立ちを見せ始めている。

 信じられる人なので彼女が他に靡くという不安は無いが、それでもそういう物があった方が心の支えになる。貴族社会とは想いだけでは決められない時が多々あるのだから。


 それに能力だけじゃなくリーエル自身が必要なんだと伝えたいのでお願いしてみた。


「そ、そんな時は来ませんよ……」と言いながらも嬉しそうな顔で立ち上がるリーエルは執務机から自分の魔法印を取り出した。

 そして、一枚の紙を引き出しから取り出してトンと景気よく魔法印を押し、取り出した紙を差し出す。


「えっ……」と何も書かずに差し出された紙を受け取り目を通すともう既に書かれてあった。


『リヒト様、私は一生あなたを愛し続けます。いいえ、生まれ変わってもきっと変わりません。

 もう、あなた無しでは生きられません。どうしようもないくらい大好きです。

 いつも助けてくれてありがとうございます―――――――――――――――――――』


 長文の本物のラブレターだった。

 少し前に誓約書のお返しにと書いたがこんなものを渡されても困るのでは、と恥ずかしくなって封印したものらしい。


 これまで彼女が感じた嬉しかった事が綴られてあり、読んでいくと自然と頬が緩む。

 それを僕は丁寧に折りたたみ懐にしまう。


「よし。不安になった時はこれを読み返すよ。ありがとう。嬉しい」

「えっ……読み返すのですかっ!?

 えっと、やっぱり返して貰えませんか。リヒト様のと一緒にちゃんと保管しておきますから」


「やだ」と上着をガードして絶対に渡さない意思を示せば、彼女は照れながら「あんまり読み返さないでくださいね」と赤い顔で俯く。


「わかった。じゃあその替わりに明日は僕とデートしてくれないか?」

「えっ……デ、デート、ですか?」


 よく考えたら僕はハインフィードの町を見て回った事が無い。

 リーエルが仕事で忙殺されている事もあるが、外に出るのが怖いとも言っていた。

 けど、一緒なら緩和されると思う。

 王都でカフェに行った時は大丈夫だったのだから平気だろう、と問いかけたのだが途端に不安そうな顔を見せたので行き先を告げてみる。


「そうだなぁ……普通にお店を回るのもいいけど、ダメな所を先に見てしまいたいな」


 貧民街もどうなっているのか気になる、と告げると「あっ、普通に町の視察でしたか……」と女の子を連れて回る場所じゃなかったからか、しょんぼりと俯いてしまう。


「ちょっと何しょんぼりしてんの。町への視察と称したお忍びデートは領主様の鉄板でしょ?」


「そう、なのですか……」と目をぱちぱちとさせて彼女はこちらを見上げた。


「物語でよくあるじゃない。高貴なお方が変装して異性と町を歩くやつ。それで貧民街に迷い込んでさ――――――――――」

「あっ! 暴漢に襲われて助けに入る王子様!」


 彼女が呼んだ物語にもあったのか、とても嬉しそうな顔を見せた。


「なるほど。それを再現する為に粗野な所へ、ですか……フムフム」と、何やらニマニマと企むような珍しい顔を見せる。


「いやいや、こういうのは行き当たりばったりでいいんだよ。その時にしたい事を二人でしよ」

「は、はい!! 楽しみですっ! お忍びデート!」


 そうして話が盛り上がっていると、エメリアーナもやってきてそのまま会話に混ざる。

 彼女は今日はダンジョンに篭る準備をしていた様だ。


「うーん。僕も近いうちに行きたいんだけど、まだ先になりそうだなぁ」

「はっ! 差をつけてやるから覚悟しなさいよね!?」

「いや、総合的に見れば現時点でもキミの方が全然強いから。

 剣士が魔法使いと最高火力を競ってもしかたないでしょ」


「嫌よ! それでも勝つ!」と元気一杯に応える彼女にもう好きにしてと返し、衛兵たちを捕まえてきた話などを三人でして過ごした。

 その後、食事を済ませリーエルと二人で領主の仕事に勤しみ、仕事が一段落して解散となった。

 そうして、衛兵内改革の第一歩を踏み出した一日を終えた。




 次の日、約束通りリーエルと二人街に出る。

 と言っても、ルンは居るし貧民街手前までは馬車だ。

 それほど遠くもないので数十分程度走れば直ぐに貧民街へと辿り着いた。


 何故か明確に境界が決められていて、入った瞬間突然汚い街並みへと変わる。

 馬車を降りて辺りを見回せば「うわぁ……」と思わず声が出た。

 人が居るが廃墟の様である。色々ボロボロだ……


「あの、本当にこんな所にお二人で入られるのですか……?」と、心配そうにルンが問う。


「うん。一度も見た事が無いのも問題でしょ?」

「いえ、言っている事もわかりますが、問題と言う程では……」


 渋るルンに「僕らの強さでも不安があるの?」と問うとそっちではなく不衛生さがもう既に嫌なのだそうだ。僕らが入る場所じゃないと訴える。

 割と潔癖症なんだな、と改めて彼女の性格を知った。


「いいや、僕はその内ここも普通の街中にしたいんだよ。その為には見ておかなきゃだろ?」


 そう。臭いものは纏めて蓋をと言うが、犯罪組織の温床となり治安の低下に繋がってしまう。

 だから一度綺麗にした方がいいと思っている。犯罪者の取り締まりの面でも。

 その為にも自分の目で見てみたいと思っていたのだ。


「えっ……貧民街を普通の街中に、ですか?」


 そういった区域は町があればどうやってもできてしまうものでは、とリーエルは不思議そうに問う。


「うん。貧富の差はどうやってもできちゃうよね。

 けどさ、例えばここら辺全部建て替えて綺麗なお店作ったらもう街中と変わらないでしょ?

 経営できる知恵をここの住民に与えられれば一応できると思うよ」


 そうして市民街の区画を広げ貧民街の住人を奪っていく陣取りゲームをしていけば、根っからの犯罪者たちが浮き彫りになっていくだろう。


「それは……リヒト様が企画し事業を起こすということでしょうか?」


 彼女の声に「やれるとなってもまだ先だけどね」と返せば何やら深く考え込んでいる様子。


「あの、例えばどのような……」と顔を上げたリーエルはこちらを覗き込む。


「娯楽系かなぁ……貧民街定番で言うと娼館だけど、それじゃ男性の職がねぇ。

 ギャンブルも余り推奨したくないし……闘技場とかかなぁ。

 でも闘技場は町の顔にもなりそうだし繁華街近くの方がいいかな?」


 そうして考えを回しつつ言葉を発していたのだが「娼館……」とリーエルの目が厳しいものへと変わる。


「いや、職種はどうでもよくて働き口が少しでも沢山欲しいからだからね?

 先ずは貧民たちがある程度お金を持って街中に出て行ける様にしたいんだよ。

 問題だと思うならリーエルも貧民街でも機能しそうな職種考えてよ」


 ここで黙っていては突かれる、と彼女にも問題を投げる。


「考えたら娼館は無しにしてくれますか?」

「いや、うん。それは全然いいけど、多分町の大きさ的に既にあるでしょ?」


 そう。娼館が無い町などそうそう存在しない。この規模の町なら必ずある筈だ。


「だって、リヒト様が娼館のオーナーだなんて……絶対通っちゃうじゃないですかぁ!」

「いや、行かないから。なんで通いなのさ。そもそもどちらにしてもオーナーにはならないよ。

 何をするにしても企画と指示して丸投げするつもりだからね?」


「へっ?」と唖然とした顔を晒す彼女に説明する。

 領主は一つに時間を掛け過ぎず人を雇用してどんどん次に行くものなのだ、と。


「リヒト様、領主様はそもそも一店舗を立ち上げたりはなさいません」


 と、ルンから突っ込みが入る。


 確かに領主は商売をするべきじゃないと言われている。

 お抱えの商会にあれやれこれやれと褒美を与えながらやらせるもの、というのが通説だ。


「あっ、うん。けど結局商会に指示を出すことはしてるんだから同じことだよね。

 確かに大きなことを手掛けた方が良いというのは自明だよ。

 けど公にしなければやったっていいじゃない。時間を掛けずに手掛ければいいだけなんだから」


 そうルンに捲くし立てるように告げれば「普通の者は時間を掛けねばできませんが?」と溜息を吐かれた。


「リーエルぅ! ルンが小馬鹿にしてくるぅ!」と、手を繋いで少し彼女に寄りかかり甘える様に言えば「大丈夫ですよ。リヒト様は普通じゃありませんからできます!」と彼女が返せば何故かルンが笑った。


「リーエルがそう言ってくれるならやってやろうじゃないか!」と声を上げ、ルンを見返してやると決意を露わにして歩を進める。


 そうして貧民街を散策していると、数人の男たちが傷だらけの男を担いでボロボロなお店へと駆けこんで行くのが見えた。


 犯罪現場に立ち会ったのかと思ったが、どうにも怪我人を心配している様が見受けられる。

 何があったのだろうか、と僕らは三人で顔を見合わせた。




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