第49話 力添えの結果、思わぬ事態に



 ハイネル候が連行されている最中、宰相閣下がゴホンと一つ咳ばらいをする声が響く。


「皆の者、安心せよ。陛下はこう見えてしっかり見ておられる。

 見た上で計っていたのだ。どこからが許されんのかをな」


 と、どちら側に向けて言ったのかが解り辛い物言いでずっと黙っていた宰相閣下が諸侯に一言入れた。

 その声に皆一様に言葉を詰まらせる。


 そんな彼らに陛下は柔らかい口調で声を掛けた。


「そう身構えるな。言ったであろう。国を守る為にやらねばならんからやったのだ、と。

 国を乱す行いをしなければよいだけだ。当たり前のことであろう?」


 その声に大半の者は安堵した顔を見せ『当家は元より何の問題も御座いませんぞ。何より国への忠誠を重んじておりますからな!』などと息巻いている者も居た。


 それは随分と調子がいいことで。 

 皇家に力が無いからと距離を置いていただけでもう既に忠臣ではないんだけど……


「うむ。理解してくれた様で安心したぞ。私とて戦争がしたい訳じゃない。

 ルドレールがはっきりと謝意を表明するならば平和的な解決を考えん事もないと思っている。

 だが城へまで攻撃を行われては何もなしに尻尾を巻くなど到底出来ぬこと。

 突っ撥ねられた時は、みなにも前に出て貰うぞ」


 その声に再び沈黙が訪れた。

 そりゃ自分の所の兵を出したくはないよね。


 そう思っていると、サイレス候が立ち上がり陛下に敬礼を行う。


「お任せを。我がサイレス家が全力を持って国をお守り致します」と。


 我が国の敬礼は片手を胸にもう片手を握り腰に当て、まっすぐ立ちながらも少しだけ身を落とす形を取る。

 流石は侯爵閣下。とても様になった素振りだ。


「うむ。任せるぞ!」

「当然のことですが、グランデも全力を出しますぞ」 


 と、父上も座ったままながらも続いて声を上げる。


「うむ。いつもすまないな」


 それからラキュロス公などの中立貴族も続き、結局は反抗勢力も同調する声を上げた。


 はぁ……ハイネル候の件を脅しに使う形にして漸く最低限の協調体制が整うのか。

 態々こんな茶番をやらねば戦時にも国を動かせないという状態はちょっとよくないよな。


 殿下は思ったよりももっと酷かったが、陛下は思ったよりもずっと真面だった。

 まあ完ぺきとは言い難いのだがそんな人間は存在しないので十分と言える資質だろう。

 マリファ様のお体が健常であったなら国は上手く回っていただろうからな。


 だから僕としてはこの人を支えて国を盤石にし、ハインフィードで遊んでいられる基盤を作りたい。

 であれば、少しでも味方が多いと思わせなければいけないな。


 仕方ない。

 もう戦時と言って差し支えないのだし僕もちょっとくらいは身を切るか。


「陛下、ハインフィードからは新薬を三万本ほど献上させて頂きます。

 陛下のお好きなようにお役立てください」


「さ、三万!?」と驚きを見せる諸侯たち。


「ええ。私は有事の際には陛下のお力になると決めておりますから」


 と、あんまり強く思っている訳ではないのだが、自信満々に声を返した。

 しかし、何故か陛下すらも驚いているご様子。


 まあ、僕としても浸透が遅れるので多少の痛手ではあるのだが、僕が陛下の下に付いているとわからせる為には必要なことだ。

 一応僕は陛下の懐刀であるグランデの子息だが、ハインフィードに入る者だし陛下もその武力を頼りとしている。

 それが陛下の元にあるのだとわからせるには物証の方が話が早いのだ。


「大丈夫なのか?」と問う陛下。


「はい。ハインフィード辺境伯には運用の全権を頂いておりますし、陛下のお力になる為にお約束したと言えばお褒めの言葉を頂けることでしょう。

 流石に今すぐとは参りませんが、三か月ほどお時間を頂ければ必ず」


 戦争は準備を済ませていない状態で始められるものではない。

 

 歴史ではお前たちの手持ちで全てやれという突然の命令をまかり通し勝利した王も居たらしいし正確にはできなくはないが……

 だが、基本的には必要物資が欠けている状態では著しく力が弱まってしまう。


 そんな状態で勝てるほどアステラータ帝国は弱くないので数か月くらいの準備時間は普通にあると思われる。

 これから契約するところには少し待って貰うことになってしまうだろうが、戦争の為に国に献上することとなったと言えば誰も強くは言えない。

 多少はストックもあるし十分いける数だ。


「ふむ。我らは無駄に距離を取っていたのかもしれぬな……

 私もその忠義には報いると約束しよう」


 まあ、それはしょうがないでしょう。

 正直言ってハインフィードは強すぎるのだ。

 野心を持つ者がハインフィードのトップに立ったらと考えると本当に国が危うい。

 今は大丈夫でも後世を想えば友好を保ちつつも懐には入れず、国の危機には協力するくらいで丁度良い。


 僕としても多少距離があった方が頼まれごとの頻度が減るだろうから丁度良い。

 そう。皆が幸せなのだ。


 そう思いつつも、臣下の礼を取り「ありがとうございます」と頭を下げた。


「ふっ、礼を言うのはこちらの方だ。しかし、あの新薬が三万か……」

「その上ハインフィードの力も合わされば国土が広がるほどの快進撃すらも可能でしょうなぁ」

「ほぉ、確かにそうだな。であれば論功行賞も気楽に行えそうだ」


 と、宰相閣下との話に諸侯たちの目が輝く。


 そう。戦争とは領土の奪い合いだ。

 つまりは、取った領地に新たな領主というポジションが生まれる。

 そしてそれは戦功を上げた者に分け与えられるのが慣例。


 嫌々でもただ身を切るだけの出兵をしなければいけない状況下だったが、もしかしたら新たな領地を貰えるかもしれないという旨みを示されて欲に目が眩んだのだろう。

 そんな強い兵士を抱えているとは思えないのだけど……


 だが、漸く全員が前向きになったと思える空気に安堵し、そこからは口を閉ざし陰に徹した。

 あまり前に出過ぎるといい様に使われてしまうからな。

 お国にのみならず、謀に巻き込まれる可能性もある。目立つというのはメリットとデメリットの両方が大きくなるのだ。

 今は情報を収集して動き方を吟味したいので暫くは薬を出すだけで勘弁して貰いたい。


 そんな面持ちのまま、サイレス候を筆頭に騎士たちの取りまとめを助ける為の話し合いが行われた。

 ハイネル家は不動で筆頭な立ち位置ではあったが軍部に顔が利くのはハイネルだけじゃない。

 他の臣下たちが前向きになったということは、サイレス候との協力を要請することができる様になったということ。

 その程度の事で新薬の融通や戦場でのポジションなど、多少は優遇されるのだから彼らも前向きになるというもの。

 ハイネル家の息のかかった家をどう説得するのかが積極的に話し合われた。


 そうして最後までくだらないことを言う者は出ず、ちゃんとした会議が行われた。


 そこは良かったのだが、最後に陛下が想定外な事を言いだした。


「元々考えていたことなのだがな」と、何故か陛下はこちらに視線を向けて言葉を続ける。


「今のところ皇家預かりとなっているトルレー子爵領をリヒト子爵に任せようと思う。ハインフィードを立て直したことを見ても不安は無いからな。

 理由も子爵であればわかっていると思う。頼めるか?」


 ええっ!?

 僕が新たにトルレー子爵領の領主となるってこと!?


 いいのか、それ……

 確かにサンダーツの手により一族郎党皆殺しに遭ったのだから、領地内での摩擦は殆ど無いだろうけども、僕はハインフィードに入るんだよ。


 その場合、リーエルと結婚した後はどうなるんだ?


 ああ、でも子爵位もグランデ家ではなく個人に与えられたわけだし、ハインフィードに入る時はそのまま領地も爵位も持ったままで入る形になるのか。

 流石に次世代では家を分けることになるのだろうが、嫡子に据えられるのが二人になるというのは大きいな。


 とはいえ、これサンダーツの監視もしろってことだよなぁ。

 またやる事が爆発的に増えた……

 けど、折角纏まった場を乱す様な事は言えないしな。


 と、立ち上がり敬礼をしながら言葉を返す。


「無論です。ありがたく拝命致します。

 あちらの方面に身を置くならば色々できるでしょうから」


 うん。隣はサンダーツ、少し行けばルドレール。

 そんな場所にある領地だからね。

 はぁ……めんどくさ。


 そんな僕の心情を知ってか知らずか疑問の声を上げる者が居た。


「陛下、リヒト子爵は若年でありながら色々仕事を抱えて居る身でありましょう。

 少し荷が重いのでは。私ならば問題無くご期待に添えると思いますが……」


 と、かなり強引な物言いで間に入ってきたのはコルベール伯だ。

 サンダーツがルドレールと繋がっているのことすらも理解していないのだろう。


 はぁ……

 面倒な場所だしできる人になら譲ってもいいけど、キミじゃダメだよ……


 と、がっかりしながらも陛下の返答に耳を傾ける。


「ほう。コルベール伯は皇家に新薬三万以上の何かを齎してくれるというのか?」


「いえ、それは……」と、一撃で言葉を詰まらせるコルベール伯。


「なんだ、伯は功も無しに領地が与えられるとでも思っているのか?

 先の戦いでも活躍し、皇子の救出すら成した上で身を切って新薬の献上をしたが故の褒美なのだぞ」


 その陛下の声に諸侯たちから笑い声が漏れる。

 そう。コルベール伯は招集された者たちの中で最も力ない当主と言えた。

 いくつかの問題がある家を呼ばなかったからこそ空いた席に呼ばれた形なのである。

 そんな者が調子に乗り即撃沈されたのだ。気遣いも無く笑い声が漏れるのは当然であった。


 恐らくはこの前の戦勝パーティーでの意趣返しに掠め取ってやろうと考えていたのだろう。

 しかし功も無しに領地を任される場合は相当面倒な領地で手放したいが欲しい者が居ない場合のみだ。

 それもその面倒を受け止められる力ある家に押し付けるもの。

 この現状でその程度の力しかないというのに名乗り出るというのはあまりに浅はかすぎる。


 まあ、僕としては面倒すぎる場所だから正直いらないのだが。

 絶対、僕らを使ってサンダーツ家への粛清も考えているよね?

 そうなると、ルドレールにも狙われる恐れがあるのだけど……


 ロドロアなら欲しかったのだけどなぁ……魔物相手ならうちは専門家が一杯居るし。

 まあ、それは流石に欲張り過ぎか。

 大領地だものな。


「他に異論がある者はいないな?」と陛下が視線を回せば概ね受け入れられている様で特に反論はなかった。


 そうして会議は終わり解散となるが、話を詰めると呼び止められた。

 シェール侯を除いた前回の面子で集まり再び話し合いが行われる。


「流石に驚きました。事前に教えておいて欲しかったです……」

「いや、話しには出ていたのだが、決めたのはあの場でリヒトが忠義を見せたからだぞ」

「うむ。安心して任せられるが任せるに足る功が足りぬというところであの献上よ。

 実に都合がよかったぞ」


 と、陛下と宰相閣下が上機嫌で言う。

 うわぁ、都合がよかったと言われてしまったよ……

 貧乏くじじゃないといいのだけど。


「そんな顔をするな。今までの頻度でならグランデの者を使って構わぬ」


 父上がそう言ってくれるが、ハインフィードの初期くらいに問題が溜まっている筈だ。

 カールもまだハインフィードからは移動させられないし、政務が大変すぎるよ……


「あの……流石に人手が足りません。ロドロアから重用しても構いませんよね?」


 そう。もうあの場であそこまではっきり言ってしまったのだ。

 今更やっぱり僕に領主は無理でしたは皇家にもハインフィードにも宜しくない。

 やるしかないのなら人員問題の解決は必須であり急務。


「ふむ。ロドロアか。逆に都合が良いかもしれんな……」と呟く陛下。


 だが、父上とサイレス候は何故ロドロアが出てくるのか、と言いたげにこちらに視線を向けた。


「なんだ、グランデ公にも言っていなかったのか?」

「ええ。流石に勅命でのことですから。

 受け入れる為に必要な最低限にしか明かしておりません」


 そうかそうか、とご機嫌な面持ちで陛下から二人に説明がなされた。

 ロドロア候一派の処刑はダミーだったのだと。


 父上にはカールから報告がいっているかとも思ったが、どうやら勅命だからとカールも伏せてくれていた様だ。


「すみません、父上。いつも助けて頂いているのに……」

「いいや、それでよいのだ。それでこそ臣下よ」


 と、微笑んで僕の頭を撫でる父上。


「それで、ロドロア候とは上手くやれておるのか?」

「ええ。うちではゲン爺の愛称で親しまれ、お孫さんの良きお爺ちゃんとなっております」


 そう伝えれば目を丸くした後、陛下たちから笑い声が漏れた。

 その笑い顔には安堵も含まれていた。そうか、良き形となったか、と言わんばかりに。


「はは、シュルゲンの名から取ってゲン爺か。上手くやれている様で何より。

 であればよかろう。何か言われても私が戦時に必要な力としたとして、ごり押して構わん」


 おお。これで彼らを堂々と表立って使える。


 ならばトルレー子爵領程度なら統治に何の問題も無い。

 流石にそこまで大々的に諜報活動する訳じゃないしレイヒム商会という組織を使えた上で数十の人員は要らないからな。トルレー子爵領の代官という名目があった方が色々と動き易い。

 これからゆっくりと規模を膨らませてそのうち諜報も兼任してもらおう。


 ならば、ルシータとゲン爺をトルレーに連れて行くか?

 ある程度見て安定したらゲン爺を代官にしてしまってもいいしな。


「ありがとうございます。それであれば、治める算段が付きそうです」

「面倒な地で悪いが、頼むな」

「はい。そちらはどの様に始末をつければよろしいのでしょうか……」


 宰相閣下の方へと視線を向ける。


「うむ。防波堤になって貰いたいという思惑もあるが、リヒト子爵のお陰で力は削げておる。

 今のところは放置でも構わぬだろう。だが、多少は目を光らせて貰いたい」

「ええと……そちらも理解しておりますが、トルレーへの賠償はうちが貰えると考えても?」


 何故僕がサンダーツを相手にしなければという想いがあったが、領地が貰えて金も取れるなら話は別だ。

 叩き伏せていいなら後の面倒も減るし。


「そうなるな。被害を被ったトルレーへの金という事になるのだからな」


「では、払わないでしょうから強引に徴収しちゃっても?」と僕は首を傾げると、何故か父上の溜息が隣から聴こえた。


「……リヒト子爵は結構過激だのぉ。まあ、できるのであれば都合が良いな。

 しかし、内戦規模と言えるほど本格的に事が大きくなるのは困る。

 さきほど陛下が仰った国を乱す者には罰を、という言葉もあるでな」

「そうだな。開戦が決まるようであればサンダーツの件は明るみに出す。

 それからの方が大義名分ができて都合が良かろう」


 ああ、それはそうだ。

 じゃあ、それまではトルレーを強化して待つか。

 戦争にも出るのだから英雄の墓の遠征も行って地力を上げなきゃだしめちゃくちゃ忙しいな。


 しかし、僕が領主ねぇ……

 さて、リーエルはどう反応するだろうか。

 喜んでくれるといいのだけど……


 そんな面持ちでこれからの事を軽く詰めて密談は終了となった。



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