第48話 交代劇



 暫くして陛下から知らせが届き、僕は一人城へと赴いた。


 用向きはこの前陛下が言っていた交代劇の話だ。

 ハイネル家から軍務卿の役職を取り上げる為の場が設けられた。

 本会議は正式通達の前の最終調整と言ったところだろうか。


 上座には陛下を筆頭に宰相閣下、ラキュロス公、父上、僕が並んで座っている。


 他には伯爵以上の力ある家の当主が招集されたようだ。

 当然、サンダーツ家は呼ばれていない。


 流石にハイネル候もそんな手紙を貰っては無視はできなかった様で、物凄く怒りを滲ませた顔で席に着いている。

 とても元気なご様子だ。


「さて、早速始めるとしようか。

 最近、きな臭いことになっているのでな。病により動けん者を軍務卿の役職に就けている訳にはいかん。よって、少し早いが軍務卿の座をサイレス候に渡すことにした」


 そう告げると怒りを滲ませハイネル候が勢いよく立ち上がるが、陛下は気にした様子も無く視線を向けて労いの声を掛ける。


「ハイネル候、今までご苦労であった。ゆっくりと休養を取るがよい」と。


「なっ、何を仰られているのですか!

 陛下は私以外にこの国の軍の長が務まるとでも思っておられるのか!!」

「何を言っている……国の一大事であった先の戦いにも出れぬほど酷いのであろう?」


 務まっていないからこその交代なのだ、と陛下は視線を強めるがそれでも引く気は無さそうだ。


「そ、その様な一時の病で建国時から支える当家を蔑ろにするなど、許される筈が無い!!

 陛下と言えど、このような沙汰は許容できませんぞ! この場での取り消しを要求します!」


 と、陛下に指を指し怒声を上げるハイネル候。

 この態度でどれだけ皇家を舐めているのかがよくわかるな。


 しかし今日の陛下はいつもと一風変わったご様子。

 冗談でも言われたかのように陽気に笑い声をあげた。


「はっはっは、候は面白い事を言うな。私の決定を許容できぬと言い、軍務が務まると言う。

 軍は上官の命に絶対服従ではなかったか?」


「ふ、ふざけた事を!! それとこれとは別の問題でしょう!!」と、テーブルを叩き怒りを露わにするハイネル候。


「別、だと?」と、ハイネル候の声に少し頬を引きつかせた陛下。


 どうやらあまりに当然の様にふざけた言い逃れをするハイネル候にポーカーフェイスを保てない程に苛立ちを覚えた様子。


「国を割るかもしれん大事に城にも来なかった事を、関係が無いとでも申すつもりか?

 それどころかハイネル家からは軍属の者すら戦に出さなかった。

 何故そのような者に軍を預けることが出来ると思うのだ?」


 この場に呼ばれた伯爵以上の諸侯たちも、苦い顔で同意を示す様なそぶりを見せた。

 そう。どうあっても否定できぬ正論中の正論なのだ。

 此処まで酷い話だとどちらの勢力から見ても肯定するしかない話なのだ。


 ロドロアが同派閥で戦えなかったという話ならばまだ諸侯の反応も違っただろう。

 もしくは病が本当で、子息を向かわせたり兵を出していれば反論もできた。


 しかし、一見して違うとわかる状況。


 同じ派閥と言えど次期軍務卿の座を自分の子に渡せないからと戦争をボイコットまでしてしまった者を庇い立てすることはできない。


「我がハイネル家にその様な扱いをして、ただで済むと思っておるのですか。後悔されますぞ……」


 と、とうとう後が無くなった様で、直球で脅しに入り始めるハイネル候。


 だがそれに陛下は笑顔で応えた。


 とても嬉しそうな笑顔だ。

 ニコニコとハイネル候に視線を返す異様な光景が広がっている。


 今までずっとやり返したかったのだろう。気持ちはわかる。

 追い落とすのなら噛み付いて貰った方が都合が良いのだ。


「ほう。どう後悔すると言うのだ?」と余裕の笑みで返す陛下。


 その様にハイネル候のみならず諸侯にも動揺が走った。


 陛下は今まではずっとこのような時は妥協案を出す方向だったのだろう。

 それを正面から、それも笑顔でハイネル候を挑発をする陛下に驚いたようだ。


 陛下はそのまま諸侯の方へと視線を向けて言葉をつづけた。


「丁度良い。諸侯らにもはっきり伝えておこう。

 今まで、その方らを慮った沙汰は我が父の行いに対する償いであったが、国の現状を想えばそうも言っていられなくなった。この先、国の規律を乱す者には力を行使することも厭わん。

 くれぐれも私に臣下を裁かせる様なことが無いようにな」


 そう、切実にも見える真剣な瞳を諸侯たちに向ける陛下。


 この場で今までの態度を一変させた心情は凡そわかっている。

 アストランテ殿下の為に無茶をしてでも粛清するという路線から変更したが故だろう。


 侮らせて決定的な罪を犯させようという目論見をやめたのだ。


 恐らくはずっと我慢していたのだと思われる。

 だってとても晴れ晴れした顔を見せているもの。


 まあ、そうだよな。

 侮らせるということは愚か者を演じるということだ。

 僕から見ても行動が遅い、頼りない、という風にしか見えなかったもの。

 正直、やり方が温い点も見受けられるが『ああ、なるほど』と理解できるラインで色々動いていたことを知って驚いたものだ。


 そんな評価を受ける立場を脱する事ができて気が楽になったのだろう。


 そんな中、伯爵の一人が「一つ、よろしいでしょうか?」徐に手を上げた。


 殿下の取り巻きだった男の父親で、法衣貴族の中でも割と政治に力を持つバトア家の当主。

 領地は持たぬが財務関連での役職を代々担っている旧家だ。


 視線を向けた陛下は発言を許すと一つ頷く。


「確かにロドロアの件で国が乱れかけましたが、現状は安定していると言えるのでは?

 今、波風を強く立てるのには何か理由がおありになるのでしょうか……」


 バトア伯は子を殿下の取り巻きに付けていたのだから皇家に擦り寄っている筈だが……

 この沙汰が性急だと言っているならばハイネル候側にも思える。 


 しかし、伯爵令息の彼もライラ嬢と関係は持っていたみたいだが、バトア家がサンダーツ家と繋がっている訳では無いという事は調べがついているし、表立って陛下に反意を示したことは無い家だと聞いている。


 純粋な疑念からの言葉だろうか、と思いつつも陛下の声を静聴する。


「うむ。先日アストランテがルドレール国の兵に攫われかけたという事件が起こった。

 その時、守りに付いていた近衛が全員殺されている。

 その中にあっては国難の最中に仕事を投げた者の続投などできぬ。それが故の沙汰だ」


『――――っ!?』


 陛下の声に諸侯たちの顔に緊張が走る。

 当然だ。同規模と言える他国とかなりの高確率で開戦となる知らせなのだから。


 国土の規模であれば帝国の方が上なのだが、今までのアステラータは統治の雑さから国力としては負けている可能性もあると言えるほどに衰退している。

 いや、他国と比べ発展せず停滞していると言った方が正しいのだろうか。


 どちらにせよ、そんな相手との開戦ともなれば顔が強張るのも当然だろう。


「これでわかったと思う。

 これは意趣返しの類でもなければ今までの功を軽んじたものでもない。

 やらねば国を守れんと考えてのこと。

 詰まらん行いをする者が居れば厳しく罰することとなるだろう。

 今、規律を乱されては堪らんので、ラキュロス、グランデ、ハインフィードの三家に力を貸して貰うこととなった。ああ、当然サイレス家を筆頭にな。

 不用意に規律を乱す行いをする者は覚悟することだ」


 と、徹底的に釘を刺す言動をすると、諸侯たちは様々な反応を見せた。 

 その反応だけで心情がどちら寄りかがよくわかるほどに。


 しかし思いの外、陛下の毅然とした態度に喜んでいる諸侯が居ることに安堵を覚えた。

 恐らくは僕と同じように今までの消極的な沙汰に頼りなさを覚えていたのだろう。


 そんな諸侯たちの反応の最中、陛下は気を緩めた様を見せて言葉を続けた。


「しかし、ハインフィードは墓守の名に違わぬな。

 近衛が敵わなかった相手を無傷で殲滅したそうだぞ」


 そう言って陛下はラキュロス公へと視線を向ける。


「という事は殿下の救出はハインフィードが担ったのですか?」


 と、話を振られたラキュロス公が白々しくそう言ってこちらに視線を向けてきたので「ええ。私がお願いして動いて頂きました」と声を返した。


 これは僕がお願いすればハインフィード兵が動く、という事を知らしめる為のもの。

 諸侯にそれを伝えておかなければ何の抑止にもならないので態々口に出したのだと思われる。


 侮らせて粛清するというところからの急激な路線変更だ。

 割と太めの釘を打つ必要があったのだろう。

 グランデ、ラキュロス、サイレスの三家で十分だとは思うが、新たな力という面でハインフィードを入れたかったのだと思われる。

 正直僕としては、不当な搾取をして富を得ようとした者たちなどどうなってもいいのだが、今は国力を高く保つためにもう少し生きていて貰わねば困るのだ。

 だから反抗勢力の上澄みだけ掬い取って潰し、戻って来れる者たちを抱え込みたいところ。


「へ、陛下もお人が悪い。頼って頂ければ私も協力致しましたものを」


 と、陛下が示した威に当てられ胡麻をする声が上がり始めた。


「おお、アスファルド家が協力してくれるなら心強いことだな」


 そう嬉しそうに声を返す陛下だが、その声を上げた者は反抗勢力の上澄み。

 法務の局長を務めるアスファルド侯爵。

 態度を改めないのであればいずれは叩かなければいけないのだろうが、このような時に本格的に屋台骨を崩す様なことをしてはいけない。

 今、正面から叩くのはハイネル候だけでいい。 


 そのハイネル候は他国との緊張状態など寝耳に水だったのであろう。

 強張った顔で固まっている。

 少しは考えられる頭を持っている様だ。

 どんな反論をしても周囲の同調を得られない事を理解した様だ。


 そう、今は国として纏まらなければいけない時。

 皇帝陛下の下で一丸とならねば己が身が危ないのだ。

 戦争で追い込まれて危ういのは当然として、それ以前に戦時ならば少しの事で粛清を行っても仕方ないことと流される状態。

 それを実現可能とする力も陛下は示してみせた。


 つまり、諸侯たちは保身のためにも国防を蔑ろにしたハイネル候を追い落とす事を是とした行動を取らなければならないのだ。


 そう。彼はもう詰んでいる。

 それに気が付いたのだろう。青い顔に変わっていっていた。


 うん。

 これならば交代劇は万全と言えるかな。


 後はサイレス候がきっちり纏めてくれるだろう。

 話した感じ、父上と似てて真面目で実直そうな人だからな。


「へ、陛下! も、もう開戦は決まっておられるので!?」


 と、信じたくないのか焦りを見せながらも問いかけるハイネル候。

 どうやら無駄な足掻きを始めるらしい。


「それはルドレール次第だ。書状は送ったぞ。うちとやる気なのか、とな」


 なるほど。

 こんな場で大々的に言うから何かしらのアクションはしたということはわかっていたが、そこまではっきり言ったのね。


「なっ!? 先ずは事実確認からでしょう!

 その様な態度ではあちらも引けなくなりますぞ!?」


 と、何故かそっち方面で怒りだすハイネル候。


 えっ、今そこを問題視するの!?

 しかもルドレール擁護の側で!?


 と、思わず笑ってしまいそうになる。

 多少は考えられる頭があるかと思ったがそれは自己保身にしか向かないらしい。


「ハイネル候は我が国の皇子を手に掛けようとした相手を慮れと言うのか?

 あちらの国軍に属する兵士が皇子を攫ったのはもう確認が取れているのだが」


 そう。生き証人ではないものの当然ながら死体検めはもう行ってある。

 あちらでも名の売れた兵であったため、あちらの国軍に属する者であることはもう間違いない事実。

 ルドレールの大使を呼んでの検めも終わっているという事だろう。


「ち、違う! 勝てなければ何の意味も無いと言っておるのだ!」


 言葉遣いすらも忘れる程に頭に血を上らせている様だ。

 まあ、元々おかしいので逆にこの方がわかり易くていいが。


「その様になっても守り切れる状態を保つのが軍務卿の仕事なのだがな。

 数十年前まではこちらの方が国力は上だった筈なのだが?」

「そ、それは先代皇帝が軍部を粗雑に扱ったからでしょうが!」


 そこでバァンとテーブルを叩く音が響く。

 だが、音を立てたのはハイネル候じゃない。陛下の方だ。

 珍しく睨みつける様な視線を送っている。


「おい、その陰で甘い汁を啜っていたお前にそう言われる筋合いは無いぞ。

 名家であるハイネル家と言えどいい加減に無いな。近衛、この罪人をひっ捕らえよ」


 ああ、やっぱりか……

 反意を示す貴族にすら甘い陛下がハイネル候には一切の遠慮が無い振る舞いをしているから相当な理由があるのだろうと思ってはいたが、国からすら搾取してたのね。

 そりゃ、粛清もしたくなるわな。

 僕なら十年は早くやってるね。


 そんな事を思いつつも拘束されて連れて行かれるハイネル候を眺めた。

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