第62話 五月祭の模擬店では味に拘りを持たせて差別化を図ろう

 さて、北条さんから聞いた所、学校側から三鷹に留学生用居住施設を立てたいという話が出たらしいが、俺はそれを拒否してほしいと伝えた。


 日本の文部省が日本人寮より留学生寮を優先するなんてのは、はっきり言えばありえない話だからだがな。


「まあ、三鷹に関しては合宿も可能なスポーツの強化トレーニング施設でいいと思う」


 俺がそういうと北条さんはうなずいた。


「確かに野球部の強化も急務という話ですからね。

 そのためにスポーツの特待生枠を増やすというわけではないようですが」


「そういえばそれもあったな。

 とはいえ今はそれは置いておいて、五月祭の北条さんのクラスの模擬店だけど、ドッグパンにソーセージを挟んだプレーンなホットドッグをメインにして、野菜として刻みピクルスのレリッシュや乳酸発酵キャベツのザワークラウト、細かく刻んだフライドオニオンを入れられるようにしたり、味付けもケチャップとイエローマスタードが普通だけど、マスタードの代わりに蜂蜜を入れたハニーマスタードを使ったり、サルサソースを使ったメキシカンなサルサドッグにしたり、チリコンカンをつかったチリドッグにしたり、カレーを使ったカレードッグにしたり、溶けるチーズをのせたチーズドッグにするだけでもバリエーションは増えると思うんだ」


「なるほど、たしかにホットドッグと言ってもなかなかに奥の深いもののようですね」


「うん、だけど、何と言ってもこだわるべきはドッグパンとソーセージだよな。

 特にソーセージはアメリカのメーカーだとジョンソンビィルのオリジナルスモークソーセージが良いらしいけど、ザウアークラウトに合わせるならドイツのソーセージのブラートヴルストのほうが良いかもしれないし、日本各地のブランド豚のロングサイズウインナーも日本人の嗜好から言えば悪くない。

 だからそのあたりは色々買ってみて上杉さんに判断してもらうのが良いかもな。

 ソーセージが美味ければあとはどんな味付けでも美味しくなると思う。

 俺達は美味しさ最高の究極のホットドッグで勝負しようぜ」


 俺がそういうと北条さんはうなずいた。


「なるほど、ホットドッグと言ってもなかなか色々レパートリーがあるものですね。

 そしてウインナーが肝要というのは確かでしょう。

 美味しさ最高の究極のホットドッグ。

 祭りの屋台の食べ物は値段の割に美味しくないというものが多いですからこそ、味にはこだわりたいものですね」


「うん、ホットドックを挟むものをドッグパンじゃなくて、インドのナンにしてみてソースをカレーにしてみたり、子供用には甘みのあるロールパンにして、ソーセージも小さめにしてみたりしてもいいと思う。

 そうすると管理の手間は増えちゃうけどね」


「味付けだけではなく使用するパンの方もバリエーションがあるのですね。

 うーん、子供向けも用意したほうが良いのでしょうか?」


「五月祭には東大OGやOBと結婚したインカレママも来るし、それが子供連れなことも多いみたいだからね。

 子供が食べられるものを提供する屋台は多くないし、ありなんじゃないかな」


「なるほど、それなら確かにありですわね」


「他のクラスやサークルは基本的に委員会を通じて東大生協から食材を仕入れてると思うから、そこで差をつけたいところなんだよね」


「ただ、取り扱える食材に色々制限が多いみたいなのが問題ですわね」


「そうなんだよな。

 本当に高校のときに比べるとだいぶ面倒くさいよな」


「まあ、仕方ありませんわ。

 過去にボヤ騒ぎや食中毒なども起こっているようですし」


「結局はそういったことから規制が強まるんだよな」


「しかし、私達では詳しいことはわかりませんし、ここは長谷部さんに相談した方が良いでしょう」


「それはたしかにそうだな」


 というわけで北条さんが長谷部さんを電話で呼んでくれた。


 こういうとき住んでいるのが、同じ建物で同じフロアだと楽だよな。


「文化祭の食材の規制で、詳しいことが聞きたいって?」


 長谷部さんがそう聞いてきたので北条さんがうなずいて答えた。


「ええ、ホットドッグを売るにも色々と味付けなどに工夫はできそうですが、東大の学園祭の規制はうるさいとも聞きましたので」


「まあ、たしかに規制はかなり細かくてうるさいがホットドッグを売るなら多分引っかるものはないと思うぞ」


 長谷部さんがそう言うので俺は言う。


「具体的にどういうものが駄目とか教えてもらえると助かるのですが」


「そうだな、まず確実に禁止されてる食材はフグとカキだ。

 昔は普通に堤防とかで釣ったクサフグなんかを出して食中毒が起きたり、河口で取ってきた牡蠣をだして貝毒で食中毒が出たからなんだが」


「ああ、養殖のふぐには毒性がほとんどないと聞きますけど、ふぐの毒って貝を食べる時に貝毒を溜め込むかららしいですね。

 とはいえフグなんてフグ調理師免許を持ってなきゃ捌いて料理して売ったらいけないのにバカなんですかね。

 昔は野良犬を殺してその肉を焼き鳥として売ったこともあるとか聞きましたし」


「そうらしいな。

 それもあって基本的に食材は五月祭実行委員会を通して食材仕入るように勧められるが、委員会を通さずに食材を購入する場合、仕入先の名称・住所・仕入れる材料・保存方法などを詳細に記述する必要がある」


「まあ、そうなりますよね。

 昔は何でも自分らで手に入れてきたりしたんでしょうか?」


「そうだな。

 農学部ではスズメを掴まえて焼き鳥にしたりもしていたようだ。

 まあ、戦前だと鶏の肉は牛肉より高い高級食材で、焼鳥といえばスズメやウズラが普通だったようだし、鶏なんかもタマゴを産まなくなったら自分らで捌いて食っていたらしい。

 とはいえそんなのはせいぜい60年代までだがな」


「まあ、そうですよね」


「だが70年代に入って公立ではなく私立の中高一貫男子校出身の男子が入ってくると、別の問題が出てきた。

 基本的にこいつらは家で台所に立ったこともなく、学校でも家庭科などで調理を習うこともなかったんでそもそも、包丁の使い方もまな板を殺菌したりという衛生概念も知らん連中だ。

 それもあって70年代は食中毒やボヤ騒ぎがかなりあったらしく、新入生は豚や鶏などは基本的に加熱調理され、温めるだけで良いものしか使えないようになってしまった。

 牛乳や生クリームも駄目だし、半熟卵や温泉卵、加熱しない生の野菜やフルーツなども駄目だな」


「なるほど、料理を全くしたことがない連中ばかりになったらそうもなりますよね。

 あ、町中ではともかく五月祭で牛串が多いのは食中毒の可能性が低いからですか?」


「まあ、それもあるし利益が出やすいのもあるな。

 ちなみに内臓肉は駄目だが牛タン串は大丈夫だぞ。

 理由としては単純に上クラやサークルの2年が勧めるからというのも多いが」


 俺達が話していると北条さんが言った。


「結構制約が多いのですね」


「まあ、委員会を通じて購入可能なロイヤルミルククリームと常温保存可能な植物性のクリームは生クリームの代わりに使用することができるし、野菜やフルーツも缶詰や瓶詰なら使ってもいいから、パフェなんかは出せるがな」


「なるほど、缶詰や瓶詰が使えるならレリッシュやザワークラウトにチリコンカンはいけるし、レトルトカレーも大丈夫ですかね?」


「ああ、それなら大丈夫だろう」


「ならカレードッグも行けるか」


「問題は、五月祭当日のキャンパス内には十分な洗浄設備が整っていないため皿やカップを洗うのが難しいってことなんだけどな。

 同じ理由でパスタやそばなどのような大量に水を使う必要がある麺類も禁止だ」


「となると皿はラップを張っておいて、その上にメニューをのせて、食べ終わった皿はラップを剥がしてまた使うようにするか紙皿、カップが無理なら紙コップで飲み物は提供するしか無いかな」


「なるほど、うちのサークルの喫茶で食べ物を出すときはそうすればいいか」


「ええ、カトラリーも基本は使い捨てのプラスチックのものを用意するしか無いですね」


「まあ、見栄えはちょっと安っぽくなるが、色々制約もあるし仕方ないだろうな」


 俺と長谷部さんがそんな話をしていると北条さんが言った。


「とりあえず私達のクラスの出し物に関しては、問題はなさそうですわね」


「だな。

 うちのクラスも大体は大丈夫かな?」


「まあ、点心なら揚げる蒸すは大丈夫だし、水餃子や雲呑も大丈夫だったはずだから問題はないと思う。

 もっとも、調理方法は一つに絞らないと駄目だろうがな」


「うーん、だとしたら揚げる茹でるよりは蒸すですかね。

 やはり点心として一番馴染みがある調理方法がいいでしょうし」


「まあ、そのあたりはそうかもしれないな」


「うちのクラスもできるだけ食材の味はこだわりたいですけどね。

 テニパは女の子も多いし、オムライスやパンケーキへのお絵描きサービスでも売上を伸ばせると思いますし。

 もちろんオムライスとかも冷凍とはいえ業務用で可能な限り美味しいものにはしたいですが」


「卵料理はかなりうるさいから仕方ないけど、本当はちゃんと卵から作りたいものではあるけどね」


「長谷部さんはオムレツとかの料理はできるんですか?」


「まあ、一人暮らしをしてるうちに作れるようになったよ」


「そういう人と全く料理ができない人を一緒にして制約を決めるのもどうかとは思いますけどね」


「とはいえ、五月祭は新学期早々にあるし、保健所への対応として仕方ない部分もあるがな」


「そうすると一年生にとっては11月に行われる駒場祭が本番というところですか」


「まあ夏休みが開けた1年の後期になると、クラスみんなで受ける必修の授業が少なくなるから、仲のいいクラスはともかくそうでないクラスは参加しない場合もあるけどな。

 とはいえ、参加すれば講義室を使った模擬店を出せるので模擬店の自由度は五月祭よりは高いがな」


「なるほど、それは楽しみですね」


 とりあえず長谷部さんに確認した限り、五月祭の模擬店について大きな修正は必要なさそうだな。

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