第41話 オリ合宿1日目の夜は役職決めだ

 さて、下田漁港の近くの地元の食材を使った磯料理の店で豪勢な夕食を終え、土産物も買ったら、タクシーで今夜宿泊するペンションに戻って皆で集まり大学生活や選択科目の履修、サークル・部活についての話がはしまる。


 一応、必修では無い各科目は個人の自由に取れるが、高校までと違い東大の履修制度は結構複雑なため、自分一人で時間割を組むのはなかなか難しいらしい。


「ま、俺のおすすめはこんな感じだな」


 と本多さんが俺たちにオススメの選択科目や教員の評判、履修の組み方を教えてくれながら、具体的な履修の時間割を作ってくれた。


「うーん、すごく助かります。

 なんせ俺の行っていた高校からの東大合格者は俺たちが初めてですからね」


 俺がそう言うと本多さんは笑っていう。


「まあ、本来はそういう新入生のためのオリエンテーション合宿だしな」


 さらにその後には5月下旬にある東大本郷キャンパスで行われる学園祭である五月祭の連絡委員、来年のオリ合宿を計画・実行するオリ長、その他合コンを計画しクラスを実質的に仕切ることが多いコンパ長(パ長)や、試験対策委員(シケ対)を束ねるシケ長といった役職を決める。


 これでクラスの行事などにおけるリーダーが決まるわけだ。


 とはいえ実際は入学したばかりで具体的に各役職が何をすればいいかもわからない状態の1年生が立候補するわけもなく2年生のオリターが自分と同じ名門進学校出身校の顔見知りの新入生を、リーダーにしたりすることがおおいらしい。


 こうやって多数派の占める人脈でいろんな役職などが決まっていくんだが、官僚組織や大企業の規模を小さくしたような組織が東大のクラス内では作られているわけだ。


 しかし、こんなことをやっていたら時代の変化にまったくついていけない人間を量産するだけな気はするし、東大卒の社長がどんどん減っていって早稲田や慶応に抜かれていくのも当然だろう。


 学校非公認ながら過去の問題集めを中心とした試験対策なんてものを教養学部全体のクラスがほぼ全部行うなんていうことは東大ぐらいでしかやらないはずだけどな。


 まあもっとも、五月祭の連絡委員、オリ長、コンパ長、シケ長といった役職が何をやるかを上級生から聞いているはずの名門進学校の出身であることは実際に意味はあるんだろう。


 特に五月祭なんてもう一ヶ月ほどしか無いのに今から準備を進めなきゃいけないんだから、過去の知識に頼らざるを得ないとは思う。


 シケ長は、クラスのみんなが試験対策をしやすいように、過去問を集めたり、主要教科のノートの共有方法を考えたり、その業務の割り振りをしたりといった仕事をするので、名門校出身者は先輩とのつながりがあるので、過去問を入手したりしやすいというのもわかる。


 しかし過去と同じことをずっと続けるだけの人間が国を動かそうとしていたらそりゃ失われた何十年にもなるよな。


 これからの政財界のコネクションを考えると慶応のほうが進路としては正解だったかもしれないが、学術研究の場所としてはやはり東大のほうが優れているはずだ。


 それに慶応は慶應生活が長く、知り合いが多い幼稚舎出身からの内部生でないと疎外感をあじわうらしいしな。


 とはいえ東大も原子力では筑波大や東京工業大学、東北大学に見劣りするようになり、医学的な研究では大阪大学や京都大学に劣る中途半端な大学になっていくのだけども。


 ちなみに俺たちの班は特に何らかの長に推薦されることもなく終わったが、皆バラバラの学校出身で上級生から情報を聞くことが難しい班だから当然といえば当然ではあるな。


 五月祭の連絡委員とコンパ長は都立組が、オリ長、シケ長やシケ対は有名進学校組がそれぞれ受け持つようだ。


 コンパは大人数による食事会のようなもので、他の大学との合コンの他にクラスコンパは五月祭、駒場祭といったクラスにかかわるイベントがあるごとに開催されることが多く、打ち上げ的な要素が大きいらしい。


 なのでインカレ大学などの女子大生との人脈があり、コンパの会場になることが多い渋谷に詳しい都立出身者がなるのはまあ妥当なのだろうし、五月祭の連絡委員もその後の合コンを考えると女子ウケを考える必要があるらしいからな。


 その後は主に班メンバーで固まって飲んだり菓子を食ったり、トランプなどのカードゲームに興じたりしながらの雑談タイムだ。


「それにしても前田はなんでわざわざ東大に入ったんだい?

 わざわざ大学に入らなくても金には困らないだろうに」


 本多さんの質問に俺は苦笑しつつ答える。


「まあ、東大生や東大卒の看板は日本では絶大ですからね。

 その看板はこれからの宣伝広告に役にたつでしょうし、OSのトロンの開発は東大でやってますから直接コネを作りたかったってのもありますしね」


 俺の回答に一応納得したのか本多さんはうなずいて言った。


「なるほど、ゲームの本体もコンピューターであることには変わりないし、OSは重要なのか」


「というか、ゲームのプログラミングはパソコンを使いますしね。

 スパコンの研究の応用でメモリやMPU等の部品の大容量化や低価格化がすすんでくれることも期待してますし」


「なるほどな。

 たしかにそれなら慶応でもなく京大でもなく東工大でもなく東大な理由もわかる」


 まあ、実際は北条さんに学校の宣伝のためにと東大受験を押し付けられたところが大きいっていう感じでもあるんだが結果オーライかな。


「しかし東大は最初から仲良しなグループが多いみたいですね」


 俺がそう言うと本多さんが笑いながら言う。


「そりゃそうだ、小1からあるいは幼稚園から進学塾の同級生で顔見知りって奴もごろごろしてるからな」


「慶応なんかも幼稚園からの内部生が多くて大学から入学組は肩身が狭いらしいですが、日本の大学はそういう傾向が強いんですかね」


「京大とか阪大はそこまででもない気もするが、やっぱり小さな頃から進学塾に通っている奴は多いようだな」


「そういえば篠原さんはなんで東大に?」


 俺がそうきくと篠原さんは答えてくれた。


「私は原子力工学について学びたくて来たんです。

 もっともお母さんには薬剤師を目指したほうがいいよって言われてますけど」


「ああ、福島は福島第一と第二の原発があるから?」


「はい、それでおばあちゃんは危険だからって原発反対なんですが、お母さんは炭鉱がなくなった分の雇用を支えてるのは原発のおかげだっていうので……だから原子力発電は本当に安全なのかということに興味があって」


「なるほど、それで東大の工学部へと」


「はい、とはいえ母の言う通り薬剤師なら食べるに困らないし、田舎でも調剤薬局はあってそこそこ収入もいいのでそちらにするという方が現実的ではあるのですが……」


「確かに原子力の研究者や医者を目指すより薬剤師を目指す方が現実的だし、どこでも必要とされるから潰しも効くだろうから現実的な選択としてはありだよね。

 でも原子力について学ぶのも意味のあることなんじゃないかな?」


 70年代のオイルショックもあって80年代は原子力は低コストでクリーンな未来的発電というイメージになっていたが2011年の東日本震災でそれは正しくないことは証明されてしまったからな。


「はい、まだまだ猶予はありますし教養学部で学びながら進路は決めたいと思ってます」


「うん、別に焦る必要はないと思うよ」


 篠原さんが原子力の研究をして、今の危険な福島第一の原子炉の危険性を世に問うなら、俺はそれを応援するけどな。


 21時位まではワイワイ騒いでいたが飲みつぶれたりなんだりして三々五々に人は減る。


 俺は一人で酒を煽っていた。


「なんというか東大は予想していた以上に日本の悪いところを煮詰めたような場所なんだな……。

 まあ、でもそれほど悲観することもないか。

  多少なりとも俺がいる間に変えていくことはできるかもしれないし」


 まあ、簡単には行かないことも事実だとは思うけどな。

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