第40話 やはり伊豆の地魚料理は最高だな

 シーフードバーベキューが終わった後、俺と長谷部さん、篠原さんの三人に残りの男子班と女子班で分かれてタクシーに乗って下田の温泉銭湯へ向かう。


 そしてタクシーが来たのでまず篠原さんに後部座席の奥に座ってもらい俺も後部座席に座って、長谷部さんは助手席に座ってもらおうと思ったら長谷部さんも後ろに座るつもりのようだ。


「ほらほら、あたしも後ろに座るからもっと詰めて」


「え?

 助手席が空いてますけど、長谷部さんも後ろに座るんですか?」


「話しをするのに後部座席と助手席だとやりづらいでしょ」


「まあ、それは確かに」


 というわけで俺は篠原さんと長谷部さんに挟まれて後部座席に座ってるわけで、最近はリムジンにゆったり座ることが多かったせいか妙に狭苦しく感じる。


 まあそれはともかく長谷部さんと話したいことがあったのは事実だ。


「長谷部さん。

 篠原さんはあんまりお金がなくて困ってるようですし、東大女子でもやりやすいバイトってないですか?


「ああ、まあ高校生までの実家暮らしから大学に進学して東京に出てきて一人で暮らし始めたら金に困るのはみんな同じだからね。

 ちなみにどこに住んでるんだい?」


「あ、駒場キャンパス内の駒場寮です」


「え?

 あのオンボロ寮に女子が住んでるのかい?」


「はい、3月10日の合格発表後にこちらに来て近くの不動産屋さんに聞いて回って住む場所を探したのですが、アパートなどは空いていなくて……でも自治会の方々が特別に承認してくださいまして。

 寮費も安いですし、寮食堂のメニューも安いですし助かるんですがそれでも色々買い揃えたらお金がなくなってしまって。」


「ああ、あそこはそういうのが安いのはいいけどなんせ古いでしょ。

 昭和10年(1935年)の竣工だから戦前から使われてるわけだし築50年は過ぎてるわけで。

 まあ、キャンパスの中に住めるのは大きな利点なんだよね。

 けど女子が住むにはきつくないかい?」


「たしかに兄弟姉妹と相部屋とかで住んだことがないときついかもですね。

 後は私の実家は戦後におばあちゃんが立て直した結構古い家なので建物が古い事自体はさほど気にならないですけど」


「なるほど、都会のお嬢様だととても耐えられないだろうけどね」


 二人の会話に俺は割り込んでいった。


「そういえば駒場寮って、廃寮にするとかしないとかって話になってるんでしたっけ」


 俺がそうきくと篠原さんはうなずいて答えてくれた。


「細かい話はよくわかりませんがそういう話は出ているようです。

 今までは基本男子だけだったのを特例で私達女子を入れるようにしたのも学校あるいは文部省への抗議活動の一環だとか。

 三鷹にも寮はありますが駒場まで移動に一時間弱はかかりますし、駅からも遠いので色々距離的に遠すぎるんですよね」


「なるほどね、じゃあ駒場寮の3つの建物を順次修理や改装できるようにちょっと東大の上層部と話をしてみるよ。

 特に女子向けにはオートロック式建物にしたほうがいいと思うしね」


 今まで俺は原子力やトロンのようなOS、スパコンの開発の手助けのためにと1年で50億円、3年で150億円ほどの金を東大に寄付してきたが、寮の改修をしないというのなら寄付をやめて駒場の追加区のマンションを買い占めてでも学生が住みやすい寮を作ってしまおうと思う。


 まあ、東大は断らないと思うが文部省の役人が何かを言ってきたらそれをテレビや新聞で放送してやろうと思う。


 全く持ってそんな奴らは皆地獄に堕ちろだ。


 しかし、なんでそんなことになってるのかといえば文部省の方針として、大学紛争の轍を踏まないために、学生が寮自治を唱えるような学内寮には、予算を入れないことになっているかららしい。


 そのため、国立大学の寮はどこも著しく汚く、また老朽化が激しくなっているはずだな。


 そして大学紛争で学生が立てこもるための拠点としたこともあって、特にキャンパス内に位置する学生寮に対しては、どれほど老朽化していても文部省の予算は下りることがなく、大学内で何とかやりくりして学生寮の維持を図ってきたようだ。


 駒場キャンパス内にある学生寮である駒場寮についても、東京大学の教養学部はその維持に多大な努力を図ってきたが、すべての施設が築50年を超えて老朽化すると、漏水や配管の故障、電気系統の故障など、さまざまな部分で不具合がたびたび生じていたらしい。


 こうした事情は、教養学部が管轄する三鷹市にある三鷹寮の場合も同様で、壁が崩れ落ちる事態が生じてやっと修理費が出来るという誠に危険な状況であったはずだ。


 そういった状況を鑑みて教養学部三鷹寮に、鉄筋コンクリート4階建ての新寮舎の三鷹国際学生宿舎がそろそろ竣工されるはずなんだが三鷹は駒場キャンパスへのアクセスが悪すぎるはずなんだよな。


 といっても本格的に立て直すとしたら鉄筋の建物だと解体にも時間もかかるから本郷キャンパスに移動する2年後には間に合わないかもしれないからまずは水回りや電気系統の修繕を優先した方がいい気はするが。


 取り合えずは仮設住宅としてジオテックドームハウスを設置して一時的にそこへ住んでもらい、建物を全面改修あるいは一度取り壊して立て直すとかをするべきだろう。


 水回り工事や断熱加工をしっかりするとしてもドームハウスなら一ヶ月ほどで居住可能になるはずだ。


 寮というのは金がない地方の学生にはとても大事なものなのだからな。


「まあ君は世界で最も売れてるゲームを作ったことで金はもってるらしいからそういう事もできるんだろうね」


 長谷部さんがそう言うと篠原さんは驚いたようだ。


「そ、そういうことだったのですか。

 だから私の服を買ったりしても余裕があったんですね」


「まあ、そういうことかな。

 とはいえ個人の趣味でずっと金を個人に渡し続けるのは無理だから篠原さんにはバイトはしてもらいたいんだよね。

 ゲーム制作に役立つような何かがあれば俺の会社で雇ってもいいんだけど」


「ええ、っとそれってどういうことでしょう?」


「俺の高校時代の部活がゲーム制作部でさ。

 俺がアイデア出しやプログラミングを取りまとめメインでやっていたけど、物語りのシナリオを作る人、人物のイラストを書いてそれをパソコンへ落とし込む人、背景音楽や効果音を作って入れ込む人、キャラクターの声を当てる人、ゲームのルールを作る人とかの分担作業でやってたんだ。

  あとは経理や総務とか渉外交渉とかをやる人とかね」


「うーうーん、残念ですがそういったことはあんまり得意ではないです」


「とすると長谷部さんに聞いたほうがいいかな?

 女子大生のバイトってどういうのがいいんでしょうか?」


「うーん、高校生までと違って大学生になればやれることはだいぶ増えるからね。

 東大生って肩書を使いたいなら家庭教師とか塾講師なんかのチューターがいいと思うけど、飲食店のホールとかお水のバイトもできるしね。

 アパレルとかの衣料販売ってのもありだよ」


「なるほど、たしかにせっかく東大に入ったんだからその肩書が活かせそうな方がいいですよね」


「ただまあ、家庭教師でも男のほうが選ばれやすいんだよね」


「うーん、そうしたら東大などを目指している女子向けの家庭教師あるいは少人数制度進学塾のマッチング会社みたいなのがあればいいかもですね」


「なるほど、たしかにそういうのがあれば助かるね」


「まあ、俺一人では勝手に進められないのでこれも要相談案件ですが」


 等と話していたら温泉銭湯に到着したので、車を降りて一度集合し、俺たち男は男湯へ、二人を含めた女子は女湯へと向かう。


「じゃあ、一時間後に表に集合な」


 本多さんがそう言うと長谷部さんがうなずいた。


「了解だよ」


 というわけで温泉銭湯に入るわけだがボケっとしていたらタオルとかをペンションに忘れてきたのに気がついたのでタオルや石鹸、シャンプーなどを買って入ることにした。


 ここは源泉かけ流しの温泉銭湯だが蓮台寺温泉の引湯だ。


 番台と休憩所の奥に籐の脱衣カゴが置かれた脱衣所のある普通の銭湯だな。


 浴室も手前が洗い場で奥に広めの浴槽がありサウナと水風呂もある。


 白タイルの浴室はきちんと清掃されているようで清潔な雰囲気だ。


 浴槽は2つに分かれ左側が源泉が入ってきていて少し温度が高めで右側がお湯が溢れて少しぬるめ。


 それぞれ10人ずつ入れそうな大きさだ。


 そして浴槽の深さはそこそこありそうだ。


 備え付けシャワーはないのでカランから桶にお湯を汲んで体を洗う。


 左の浴槽のお湯加減は少し熱い感じかなと思ったので、俺は温めの方へ移動する。


 こちらは熱くはなさすぎないのでちょうどいい。


 備え付けのシャンプーやボディソープなどのアメニティはないので購入したタオルに石鹸やシャンプーなどのセットで体や頭を洗う。


 お湯は無色透明で、いわゆる温泉的な香りは感じない。


 サラサラさっぱりとした浴感だな。


 泉質は弱アルカリ性の単純温泉でかな薄い硫酸塩泉系らしい。


 体を洗ってから浴槽に身をしずめると疲れがすっと溶けていくようだ。


 そして浴後に上がるとたしかに肌がサラサラツルツルして気持ちがよいが、良い温泉の湯だ。


 サウナにはいったらある程度汗が吹き出てきたら水風呂で体を冷ますとこれがまた気持ちがいい。


 これで料金が280円と格安なのはいいよな。


 そんな感じでさっぱりしたら表に出て女性陣が出てくるのを待つ。


「うーん、サッパリした。

 やっぱり温泉は良いねぇ」


 おれが大槻くんに話しかけると彼もうなずいてくれた。


「ああ、バスで座りっぱなしだったことの疲れもすっかり取れた。

 わざわざタクシーを呼んで下田の駅前まできたかいはあったよな」


 そんな感じでのんびり待っていると長谷部さんたちが出てきた。


「やあやあ、男子諸君おまたせ」


 そして村井さんが恥ずかしげに言った。


「す、すみません、皆様大変おまたせしました」


 俺は首を傾げて聞いた。


「たいして待ってなかったけどどうかしたの?」


「いえ、見ず知らずの人と一緒にお風呂に入るというのは初めてなので……」


 と名門進学校の女性陣はお互いに顔を見合わせて少し顔を赤くしていた。


 どうやらお嬢様学校出身の皆さんは大浴場で一緒に誰かと入るということはやったことがなかったらしい。


 そりゃなかなか出てこないはずではあるな。


 温泉に浸かり、疲れを癒した後はタクシーをまた手配して この日の夕食に向かった。


 向かったのは昭和30年創業という老舗の磯料理店である。


 港が目の前にあるのといけすで伊勢海老などは飼っているためとても新鮮なのだそうだ。


 まずは「静岡麦酒」の生ビールで乾杯し、温泉から上がってからも腰に手を当てて牛乳を飲むということもずっと我慢していた喉の乾きを一気に潤す。


「うーん、喉が渇いてるときに飲むビールは至福ですよねぇ」


 俺がそう言うと本多さんもうなずく。


「まったくだ」


 これは地ビールで地元産の麦芽100%のとても美味しいビールであるらしい。


 まずはお通しとしてもずくと手作りの烏賊の塩辛が出てくるが、このもずくに塩辛も大変にうまい。


 そして、


「皆様お待たせいたしました」


 との声と共に届けられたのは、直径50cmはあろうかという大鉢に盛り合わされた地元の海産物の刺身だ。


 活けの伊勢海老やアワビ、サザエにトコブシ、アオリイカや赤イカ、アカハタや金目鯛やサワラ、マダイなどの旬の物が沢山乗っている。


「こりゃあうまそうだ」


 正直、この刺身の盛り合わせだけで女子はお腹いっぱいになりそうだと思える程だ。


 ビールから冷の日本酒に切り替えるが刺し身を肴に酒も進む。


 この日本酒も地酒で下田で栽培された酒米を収穫後、富士山の麓にある酒蔵に運び、そこで醸造したもの。


 洗練された口当たりは刺身のような料理と相性抜群だ。


 そして刺身がなくなる頃に運ばれてきたのがサザエとトコブシにハマグリの焼き物の盛り合わせ。


 さらにその次には今が旬のカサゴといかげその天ぷらが運ばれてきた。


 カサゴは小ぶりだがしっかりと揚げることで骨までバリバリと食べられるがこれまた美味い。


 その次はでかいアワビの踊焼き。


 それから伊勢海老一尾を丸ごと豪快に殻付で焼く鬼殻焼は、絶品の一言!


 うん、ホックホクの身にしみ込んだ甘辛の秘伝のタレが、伊勢海老の美味さをひきたてるな。


  まあタレの味は個人によって評価が分かれるらしいが。


  そして何と言っても金目鯛のつや煮。


 下田といえば金目鯛なんだがこの店は絶品だそうだ。


 これで一人6,000円なら超安いもんだ。


 東京で同じようなものを食べようとしたら10000円は超えると思う。


 そして仕上げには伊勢海老の入った味噌汁。


 うーん、うまい。


 場所が少し不便なところにあるがその分地代などがかからないのだろう。


 下田は本当にいいところだし、伊東なんかと同じように、経営状態の良くない温泉銭湯や温泉旅館、喰処などがあれば買い取って保養所にしてもいいんじゃないかな。


 せっかく伊豆急下田の駅前に来たことだし、土産物屋に立ち寄って、浅井さんや芦名さん・佐竹さん、上杉さんへのお土産でも買っていこうか。

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