第30話 自分が飢えずに子供の将来を心配しなくてもいい事を幸福というのだろう
さて、現状ではまだまだいろいろ考えるべきこと、やらなければいけないことはあるのだが、そろそろ腹が減ったし何か食べようかと思う。
しかし、どこで何を食べるかが問題だな。
家を出るときにお母さんにはちゃんとしたものを食べるのよといわれていたが、新宿に来て最初の食事はいきなり外食の焼肉だったしな。
本来なら栄養バランスを考えた上で食材を買ってきて自炊するべきではあるんだが、今日くらいはもう一度外食か出前でもいいかな。
といっても現状の日本では出前を気軽に取れるのは蕎麦屋か寿司屋くらいで、とても栄養バランスがいいとはいえない。
どちらで出前を頼んでも野菜が少なすぎになっちまうんだよな。
日本の飲食店は基本的に店舗内で注文を受けたものを店舗内で食べるイートインが基本でデリバリーつまり出前をやっている業種は驚くほど少なかったりする。
ピザのデリバリーはもうやってるが今はピザの気分じゃないしなぁ……。
後は牛丼やハンバーガー、フライドチキンなどのファーストフードはイートインだけでなく持ちかえることができるテイクアウトもやってはいるけどな。
しかし、自炊をするとなるとなべやまな板、包丁などの調理器具や調味料、皿や箸、スプーン、フォーク、ナイフなどのカトラリーもそろえないとなぁ。
しかし、このあたりでそういったものはどこで買えばいいか誰かに聞かないとだめかな。
今の時代だとドンキィホーテもほぼないだろうし、食器や調理器具なんかも売ってる売り場面積の大きい100円ショップもまだない気がする。
そんなことを考えていたら”ピンポーン”とドアチャイムが鳴った。
廊下のモニターつきインターフォンを見ると浅井さんと斉藤さんがなべを持ってドアの前に立っている。
「あ、今ドアを開けるよ」
「はい、お願いします」
俺は玄関にいってドアを開けて二人を中に入れる。
「もしかして二人で食べるものを作って持ってきてくれたのかな?」
俺がそう聞くと浅井さんがにこやかに笑ってうなずいた。
「はい、何を食べようかそもそもどこで食べるか困ってると思いまして」
そして斉藤さんも言う。
「あなたのお母さんからうちの息子の面倒を見てやってねって頼まれたからね」
「あー、それは非常にありがたいよ。
とりあえず二人ともあがって」
「あ、はいではお邪魔しますね」
浅井さんが部屋に上がった後で玄関や廊下の様子を見た斉藤さんが
「お邪魔するわ。
ちょっと聞いていたけど本当に生活感がない部屋ね。
最低限必要なものはそろえましたっていう感じ丸出しで、まるでホテルか会社の事務所みたいだわ」
「うぐ、斉藤さんもそういうかぁ」
そして台所に向かった浅井さんも言う。
「うーん、おなべも菜ばしもお玉もお皿もお椀も何もないですね。
冷蔵庫に炊飯器と電子レンジやポットに食器棚だけはありますけど」
浅井さんにもそういわれては俺はぐうの音も出ない。
「えっと、そういうのってどこで売ってるのかな?」
俺の質問に苦笑しつつ浅井さんは答えてくれる。
「大き目の金物屋さんにいけば大体そろいますよ」
そういえばこのころは金物屋って結構いろいろ売っていたな。
「ああ、そうか鍋とかやかんだけじゃなく茶碗みたいな陶器やコップみたいなガラス製品、菜ばしみたいな木製製品も金物屋にだいたい置いてあるのか」
そういう俺をあきれたように見て斉藤さんが言う。
「あなたってお金を稼ぐことに関してはいろいろ知ってるけど、生活に必要な肝心なことは知らないのね。
まああなたや私のお父さんも似たようなものだとは思うけど」
うーん、正論過ぎて返す言葉すら見つからないぞ。
「面目ない」
「そういうあなたをフォローするのが私たちの役目でしょうし、気にしないでくださいね」
浅井さんはそういうが斉藤さんは少し手厳しい。
「とはいえ、自分でまったく何もできないのも考え物だとは思うわ。
たしかに私たちがいなくてもあなたならハウスキーパ-を雇うとかもできるでしょうけど」
「そ、そうだな。
それはともかく必要なものを買い込むために、二人とも今度金物屋への買い物に付き合ってくれるかな?」
俺がそういうと浅井さんはにこっと笑ってうなずいてくれた。
「はい、もちろんです」
「ありがとうな」
そして斉藤さんもうなずいてくれた。
「仕方ないわね。
お店がどこにあるかとか、お店のどこに何が置いてあるかとかも覚えておいたほうがいいと思うわよ」
「確かにそれもそうだなぁ」
先のことを考えるのも大事だとは思うのだが足元がおろそかすぎるのも考え物だしな。
「これはもうちょっといろいろ持ってこないとだめですね」
「そうね」
二人はそういうと鍋をガスコンロの上において自分たちの部屋へ戻り、炊飯器や米の入ってるんだろう米びつ、菜ばし、お玉に皿や茶碗などを持ってきてくれた。
「多めに炊いておいて正解でした」
浅井さんがそういうので俺はうなずく。
「あ、うん、確かに大正解だったと思う」
二人は鍋を火にかけて手早く温め、温まったらそれを皿に盛っていく。
そして斉藤さんが俺に言う。
「炊飯器からご飯をよそって、テーブルへ持っていってくれるかしら」
「了解、それくらいはやらないとな」
テーブルの上にご飯のほかおかずの盛られた皿が載せられていく。
献立は肉じゃが、豆腐とわかめの味噌汁、きゅうりと大根の浅漬け、小鉢には冷奴と小松菜のおひたし、ほかほかご飯にのりの佃煮だ。
「うーん、まさに日本の食卓って感じですごくいいな。
こういうのは」
俺がそういうと浅井さんが微笑みながら言う。
「たまには外で焼肉というのもいいですが、家ではこういうものが食べたいですよね」
俺はその言葉にうんうんとうなずく。
「確かに。
食べるものが肉じゃがで、飲むものが味噌汁だとほっとして落ち着けるよな。
早速いただきます」
そしてまずは肉じゃがのジャガイモを口にする。
「ん、煮汁がジャガイモにしっかり染み込んでるな。
多少煮崩れてホコホコになってるのもポイント高い。
ん、玉ねぎたっぷりで肉は牛肉なんだ」
俺がそういうと浅井さんはにこっと笑ってうなずきながら言った。
「いつもは安い豚のバラ肉を使っているのですけど、今日は少し奮発しちゃいました」
そして斉藤さんが言う。
「豚肉は豚肉で味わいがあっていいのだけどね」
俺はうんうんとうなずいて言う。
「カレーもそうだけど肉じゃがも牛肉と豚肉で、結構味が違うけどどっちもうまいよな。
それに、こんな風にかわいい女の子においしい食事を作ってもらえるってのは本当幸せなことだよな」
俺がそういうと浅井さんははにかみながら言う。
「えへへ、そんなことを言ってもらえると照れちゃいます」
そして少し顔を曇らせて言う。
「少し前までの私は何で生まれてきてしまったんだろう。
何で両親は私を捨てたんだろう。
何で私はこのような目にあうんだろうってすごく不幸な境遇でしたけど、そこから抜け出させてくれたのはあなたですから。
私だけでなく芦名ちゃんや佐竹ちゃんたちも、岡畑さんもみんな感謝してるんです」
「そっか、でも今みんな幸せならよかったんじゃないかな。
俺は俺にできる範囲、手と目が届く範囲でしか困ってる人を救うことはできないけどやらないよりずっといいと思っているし」
そこで斉藤さんが言う。
「それでも少なくない人が救われてるんだからもっと自信もっていいんじゃないかしら?」
「そういってもらえるとなんか救われた気分になるよ」
実際に食べるものに困らずに暑さや寒さに困ることも無く、これから生まれて来るだろう子供や孫なんかの将来に関しての心配もいらないってのが平凡な幸せなんだと思う。
そのためにできることをやっていかないとな。
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