第21話 これから新生活が始まるんだな

 さて、主に北条さんと色々としゃべっていたら、窓の外が少し暗くなった。


 そして上杉さんが告げる


「到着したぞ」


 いつの間にか寮の地下にある専用駐車場へ到着していたらしい。


 この車の静穏性の高さもあるんだろうが、明らかにぶつけたらその後の人生が終わるかもしれないレベルでやばいことになるだろう車に、わざわざ近づいてくるような車がなかっただけかもしれないな。


 地下駐車場でも最上階の住人用の場所は専用ガレージになっていて、エレベーターも最上階やここに入るには住人が持つカギが必要になっているから、セキュリティは万全だ。


「あー、今日は引っ越しで遠くに出かけることはないと思うが、これが私の電話番号だ。

 足が必要なときは連絡してくれ」


 そういって上杉さんが電話番号の書かれたメモ用紙を渡してくれた。


「ありがとうございます」


 エレベーターのスイッチボックスを鍵で開けて、上のボタンを押すとエレベーターがやってくるので、俺たちは乗り込む。


 ちなみに上杉さんの部屋は最上階ではないけど、最上階の部屋がまだ空いてるはずだから、そこに住んでもらってもいい気はする。


 とはいっても最上階に住むには事実上の嫁たちなんでそこに上杉さんを入れるのはやっぱ微妙かもではあるが。


 エレベーターで最上階に上がり、それぞれの自室に向かう。


 俺の部屋は一番奥で西側の角部屋。


 本来だと西日で真夏は暑さがやばいことになりそうではある。


 だが、周囲に同等の高さの建物がなく、それなりに高い場所にあることで風が涼し気なことや、窓に使われているサッシが一般的なアルミではなく樹脂サッシで、ガラスも二重ガラスになっていることから天井や壁の断熱もきっちりされているだろうから、そんなに心配しなくても大丈夫だろうとは思う。


 窓を開ければその外には広めのルーフバルコニーがあり、のんびり日向ぼっこなども楽しめそうだ。


 部屋の中には今は何もなくてがらんとしていて、少し寂しいな。


 やがて、業者がやってきて電気・ガス・水道・固定電話などが使えるようになった。


 そして家具・家電:寝具なども配送されてきたので業者へ、荷物の搬入場所の細かい指示をしていく。


 ソファーベッドやテレビ台・テレビなどはリビング、冷蔵庫や食器棚は台所といった感じだな。


 エアコンは取り付けてもらってちゃんと動くかどうか確認してもらった。


 一通りの作業が終わったら、配送業者スタッフへの心づけとして一万円を渡していう。


「重いものを壁や床に傷をつけないように運ぶのは大変だったと思います。

 皆さんこれでおいしいものでも食べてくださいね」


 業者の人は笑顔で受け取った。


「心遣いありがとうございます」


 実際にソファーや冷蔵庫は重いうえにでかいから大変なんだよな。


 ここの建物はエレベーターや廊下などの幅や奥行きが広いからまだましな方だとは思うけど。


 実際に二階建ての一軒家の二階にでかいもの運び込もうとするときに狭くて曲がりくねった階段を使わないといけないとかとか、エレベーターがない4階建ての団地の四階に冷蔵庫を運び込もうとするとかはめちゃくちゃ大変だったりするからな。


 日本の住宅はそういうところがあんまりちゃんと考えられていない気がするのだが、冷蔵庫なんかはずいぶん前から各家庭における必需品な気がするんだが。


 暗くならないうちに窓のある部屋から照明を取り付け、照明をつけて部屋の中を明るくし、窓のない場所の照明もつけていく。


 それが終わったら窓にカーテンをつけていき、ワークデスクの上にパソコンをセットしたり、テレビとビデオデッキやLDプレイヤーをつないだり、電話代に電話を置けば大体引っ越しの準備は完了だな。


 ティッシュペーパーやトイレットペーパー、ごみ袋のような消耗品、石鹼やシャンプー、タオルやバスタオルなどの入浴用品、歯ブラシや髭そり用カミソリなどの洗面用品、その他常備薬なんかのこまごまとしたものはこれから買いに行かないといけないが。


 そういえばそろそろ正午も過ぎてるだろうし、腹が減ったな。


 しかし、自炊をしようにも食材もなければ鍋などの調理器具もないし、皿や茶碗もない。


 とりあえず昼は外で食べて、その帰りにこまごまとしたものを買うとしようか。


 外食といえばそろそろ牛肉・オレンジ・米の貿易自由化が取りざたされるころかな。


 オレンジやコメはともかく、アメリカから安い牛肉が入ってくることで、ファミリーレストラン、ハンバーガーショップ。ステーキ店、牛丼屋など牛肉を扱う外食はだいぶ利益を上げやすくなって店舗数を増やしていくが、国内の国内の畜産地帯では、輸入牛肉との価格競争に敗れるところが続出して廃業に追い込まれる。


 もっともその一方で、大規模経営による効率化を進めた北海道の酪農業者は飼育頭数を伸ばしていったが、その後に狂牛病問題などが起こることで苦しい立場に立たされることになるんだよな。


 まあこの辺りは俺がどうにかできることではないが、食料自給率の低下につながることでもあるので、日本政府には何とかしてほしいものだ。


 と、そんなことを考えていたら肉が食いたくなってきたな。


 みんなを誘って食いに行くか。


 しかし、北条さんは”まだインテリアや家具の配置が納得いくように決まってないから”と斎藤さんは”まだ家具の組み立てが全部終わってないから”と誘いを断られてしまった。


 まあ、お高い家具を買った以上は納得いくまでは一にこだわりたいというのもわからないでもないし、イケヤやヒトリが安い理由には組み立てを基本的には自分でやるからというのもあるので、こちらも仕方ないとは思う。


 浅井さんにも断られたらボッチ焼肉とかだなぁと思っていたが、まあ誘ってみること。


「浅井さん。

 おなかもすいたし焼肉でも食べに行かない?」


 俺がそういうと浅井さんは笑顔でうなずいてくれた。


「え、これからご飯ですか?

 あ、はい、私もおなかがすいたのでご飯を食べに行きたいと思ってました、芦名ちゃんや佐竹ちゃん、智左ちゃんも一緒でいいですか?」


 俺は当然うなずく。


「うん、大勢で食べたほうが楽しいだろうしね。

 今日はみんなにおごるから好きなだけ食べなよって言ってくれていいからね」


「はい」


 というわけで下に住んでいる芦名さんや佐竹さん、横山さんも一緒に行くことにすると上杉さんもいくことになった。


「このへんはうまい焼肉屋なんかが多いしな。

 私も一緒に行くぞ」


「ああ、それならお店は上杉さんにお任せしますね」


「了解だ」


 リムジンで焼肉屋に行くわけにもいかないのでタクシーを呼んで店までいく。


 新大久保駅のそばでは戦後の昭和25年(1950年)に、韓国人が創業したロッチの新宿工場が稼働を始め、それが在日韓国人の増加にも影響したらしい。


 そして80年代に円が強くなると世界各国から歌舞伎町へと出稼ぎにきた韓国、タイ、フィリピン、台湾などのアジア系のクラブが乱立し、そこで働いていた数多くのホステスが歌舞伎町から歩いて帰れて、家賃の安い歌舞伎町のすぐ北側の新大久保で暮らし始めた。


 香辛料などを売るアジア食材店や美容室のほか、韓国の家庭料理を出す小さな食堂が増えていき、焼肉屋も多くなっていく。


 まあ、本格的にコリアンタウンとなるのは2000年代の韓国ドラマブーム以降らしく、現状では知る人ぞ知るうまい焼肉が食える店があるところみたいな感じらしい。


 船橋も戦後の闇市の時代から中国人や韓国人などが多くうまい中国料理屋や焼肉屋なんかが結構あったんでなんとなくわかるな。


 まあ、今回は新宿駅西口にある焼肉屋に行くが。


 タクシーを降りた後、一つの店を上杉さんは指示した。


「ここだな」


「ここですか」


「ここは1946年創業の老舗焼肉店でな、

 うまいぞ」


「なるほど、期待できそうですね」


 中に入ると割とこじんまりした感じだな。


 手前がテーブル席で、奥には座敷席があるようだ。


「何名様ですか?」


「6名です。

 人数が多いし座敷席でいけますか?」


「はい、ではご案内します」


 というわけで奥の座敷席に案内される。


 メニューを見て、それぞれ好きなものを頼む。


 俺はキムチ盛り合わせとナムル盛り合わせに豚足、センマイ刺し、上タン塩、骨付きカルビ、上ロース、ハラミ、レバー、サラダと石焼ビビンバ。


 注文してしばらくすると次々に運ばれてくる。


 ますは豚足を酢味噌につけてかぶりつくがうんうまいな。


 センマイ刺しも酢味噌につけて食べるとコリコリしていてめちゃうまい。


 タンはサッと焼いてレモン汁で食べるがこれもいい。


 ハラミもロースもカルビもレバーも全部、期待以上に美味い。


 キムチやナムル、サラダを食べているうちに石焼ビビンバが出てきたので、少しの間ごはんが焦げるまでまってスプーンでかき混ぜてたべるが……うん、いいな。


 みんなもうまそうに食べてるし、上杉さんは焼酎も飲んでご機嫌だ。


「うむ、焼肉には焼酎だな」


 やがて腹もいっぱいになってお会計になったが俺が7千円くらい、酒も頼んでる上杉さんで1万円くらいだからコスパはかなりいいだろう。


「うーんさすがは老舗の焼き肉屋、うまかったな」


 俺がそういうと笑顔で浅井さんがコクコクうなずいて言った。


「本当おいしかったです。

 私たちの分のお金も出してくれてありがとうございます」


 そして芦名さんと佐竹さんも嬉しそうに言う。


「僕、あんなおいしい肉を食べたの初めてだよ」


「俺たちが食えたのはあんないい肉じゃなかったしな」


「いやいや、みんな頑張ってくれてるしね。

 そのお礼だと思えば安いもんだよ」


 そして、帰り道にこまごまとした生活雑貨や消耗品の類を買って帰途についた。


 本格的にこれから新しい生活が始まるんだな。

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