第44話 流石にほぼ廃墟の駒場寮に女子を住まわせるのはどうかな
さて、自分たちでそばを打って茹で、それをすぐに揚げたての山菜や春菊・タケノコの天ぷらとともに食べたが、マジで美味かった。
そばやうどんの自分での手打ちにこだわる奴がいる理由もよくわかった気がするな。
そしてその旨さの秘密にはおそらく都内の蕎麦屋などに比べて水もよく、そば粉や小麦粉も上質で挽きたてのものを使っていることもあるのだろう。
そば打ちやうどん打ち自体は駅前のカルチャースクールなどでもできるが、やるならばやはり水が良いところでやるに限るな。
そして、できれば来年もまた来たいし、来年のオリターに立候補しようかな。
まあ下見のときは3ヶ月ほど前の冬になるはずだけど。
何なら合宿にかかる費用は少し上乗せして、俺がもってもいいくらいだ。
後、夏休みには下田に海水浴で来たい気もする。
まあ、今年は福島の郡山とかにも行きたいんだけど。
でもって行きと違って、帰りは皆疲れ切って熟睡していたのでバスの中は静かなものだった。
やがてバスは駒場キャンパスの前に到着したようだ。
篠原さんが俺の方に寄りかかって眠りこけていたので軽く肩を揺すって声をかける。
「篠原さん。
駒場キャンパスについたよ」
目を開けた篠原さんは驚いているようだ。
「え?!
あ?!
す、すみません!」
「いや、そんなに驚いたり謝ったりしなくても大丈夫だよ。
俺も疲れて寝てたしね」
この後仲良くなった連中は渋谷で飲むらしいが、俺は駒場寮の様子を見たらかえってさっさと寝るつもりだ。
「で、駒場寮ってどっちだろう?
一度見ておきたいから、篠原さんが寮に帰るついでに案内してもらえるかな?
「あ、はい」
と篠原さんと会話をしていたら俺に別の女の子の声がかかった。
「まったくこんなところで何をしているのですか?
それとその女性は?」
声の主は北条さんだ。
「ああ、この子は篠原さん。
オリ合宿のバスで隣りに座ったきっかけで仲良くなったんだ。
けど、今駒場寮っていうかなり古い本来なら男子寮の寮に住んでると聞いて駒場寮の様子を見に行くところ」
「相変わらずちょっと目を離すと女の子が隣りにいるわよね、あなた」
そういうのは斎藤さんだ。
「いや、別に俺が率先してナンパしているわけじゃないんだが」
「あの、この方々は?」
篠原さんがそう聞いてくるので俺は答える。
「俺の高校のクラスメイトで文Ⅱの北条さんと文Ⅲの斉藤さん」
俺がそう紹介すると篠原さんは驚いたようにいった。
「あ、もしかして、文Ⅱの白雪姫と文Ⅲのかぐや姫?
今年のミス東大の優勝候補のお二人ですか?」
「え、そんな話になっているのですか?」
北条さんがそう言うと斉藤さんも言う。
「なんだか気恥ずかしい話ね」
「まあ、みんな疲れているし、とりあえず、現状の駒場寮の外観だけ見たらさっさと帰ろうか」
「あ、はい、ではこちらです」
そして駒場キャンパスの門をくぐって、しばらく歩いたところで、駒場寮を発見した。
「なんだこりゃ、完全に緑の蔦に覆い尽くされていて、まるっきり廃墟じゃないか」
「え、ええと外見はあれですが、中は普通? ですよ」
「なんというか小さな病院が廃墟になったようにも見えますわね」
北条さんがそう言うと斉藤さんも言った。
「たしかに窓が格子状になっているようだからそう見えるわね」
「あ、でも建物の内部は、寮生の住居であると同時に会議室やサークル部屋や部室にカフェなどもあって女子も結構いるんですよ。
住んでいるのは私を含めて3人ですけど」
「こ、ここに住んでいるのですか?
あなたが?」
北条さんがそう言うと篠原さんはコクっとうなずいた。
「はい、合格したのがわかってから物件を探したのですがアパートや下宿はどこもあいていなくて、それで相談したらここに入れてもらえたんです。
おんなじような境遇の女の子二人と一緒にですが」
「まあ、高校は三学期にはほぼ登校しませんし、早ければ1月には東京で一人暮らしを始める人も多いですからね。
浪人の可能性もあるわけですが、その場合でもどうせならば東京の予備校に通わせようという方も多いのでしょう」
北条さんがそう言うとしゅんとなって篠原さんは言った。
「男の子だったらそれもいいのでしょうが、私のような地方の女子はそういうわけにもいかなくて……」
「まあ、そういうわけでせめて女子だけでもまともな場所にすまわせてあげたいし、教育学部の上層部と交渉してジオテックドームハウスを建設して仮設の住宅を作りつつ、寮そのものを補修、あるいは一度解体して再建築したいと思うんだけどどうだろう?」
「あなたはこの女の子をここに住まわせるつもりなのですか?」
「んー、なんかゲーム制作あるいは事務処理なんかに役立つスキルとかがあればライジングで雇うんだけど、そういうのはなさそうなんだよな」
「いえ、彼女にはちょうど適任のお仕事があります。
篠原さん、私は彼の会社の経営を補佐している者であり彼の婚約者でもあります」
「え、あ、はい」
「ですが東大のシステムをよく理解していなかったため、理Ⅰと文系では学校内での講義を一緒に取ることは不可能なのだと、この合宿で知りました。
そこで篠原さん。
あなたは彼のボディガードとして、可能な限り一緒にいてインカレの女やインカレサークルの勧誘をはねのけてください。
その代わり住む場所はこちらで用意いたしますわ」
北条さんがそう言うと篠原さんは驚いたように言った。
「え、それだけでいいんですか?」
しかし北条さんは真面目な顔で言う。
「これは大事なことなのですわ」
そして斎藤さんも言った。
「この人はほおって置くと次々に女の人に捕まりかねないからね」
そしてその言葉に篠原さんもうなずく。
「あ、それはなんとなくわかります」
そんな事を話していたら更に横から声がかけられた。
「それならあたしも雇ってもらえないかな。
きっとあなた達の役に立つと思うけど」
といってきたのは長谷部さんだ。
「この方は?」
北条さんが聞いてきたので俺は長谷部さんも紹介する。
「今回のオリ合宿での女子班のオリターをやってくれた2年生の長谷部さん。
学内テニスサークル所属で出身校がフェリスだって言ってたよ」
「なるほど。
たしかに1年間の東大女子としての経験に加えて、名門進学校とはいえ他県から来ているというハンデを乗り越えてきている上にサークルや出身学校のつながりで人脈も広いでしょうから、色々とアドバイスを貰えれば助かることになりますね。
わかりました、あなたも雇うことにします」
「お、話がわかるね。
ついでに言えば警戒した方がいいインカレ女やインカレサークルに勧誘されやすい場所なんかも教えられるよ。
それはともかく現代の新興財閥の実質トップは伊達じゃないねぇ」
「まあ、情報と人脈は特に現代では大事なのは承知しておりますので。
入学早々それを深く痛感しておりますし」
そういうやり取りをしている北条さんに俺は聞く。
「とりあえず話がまとまったのはいいけど篠原さんの住居はどうするのかな?」
「今、私達が住んでいる寮の最上階は9部屋ありますし、そこの1部屋に入っていただきます」
「あー、あそこジャーニーズの8人組のアイドル用に9部屋用意されていたんだよな」
「ええ、とりあえず今のままゲストルームとして空いているのも、もったいないですからね」
「まあ、それもそうだ」
そして長谷部さんも言う。
「あー、そこの会社の寮があるならあたしも入れてもらえないかな。
色々話をするにも便利だと思うし。
できればあんまり親に用意されてるアパートにずっといたくはないしね」
「わかりました。
では長谷部さんも同じく、わたしたちの住んでいる寮の最上階へ入ってください。
篠原さんの同室のお二人も最上階ではないですが、お部屋を用意するので引っ越すようにしていただきましょう。
こんな場所にうら若い女性が住むのはとても許容できませんので。
ところで荷物はどれくらいあるのですか?」
その質問に篠原さんは恥ずかしそうに答えた。
「掛け敷き布団に毛布と枕やシーツ、枕カバーなどの寝具と小さな座卓に筆記用具と蛍光スタンド。
後は引き出し式の衣装ケースと衣装くらいです」
「あら、ずいぶん少ないのですわね」
北条さんの言葉に篠原さんは答える。
「1部屋は約24畳の板張りですけど、そこを3人でつかいますと1人あたり8畳ですからそこまで広くは使えませんし、色々買えるほどお金もありませんでしたので」
「では、家具や家電などで必要なものは前田さんに買ってもらってください。
いいですわよね?」
そういう北条さんに俺は答える。
「え、そりゃもちろんいいけど、今度篠原さんをエステや美容室に連れて行ったり、女子班おすすめの店で服を見たりもする予定だったんだけど」
俺がそういうと斎藤さんがため息をついた。
「あなたはまたそういうことを……」
「あ、でもどうせなら北条さんや斉藤さん、都合が付けば浅井さんや上杉さんなんかも一緒に行ったらどうかな?」
俺がそういうと北条さんは言う。
「まあ、それも悪くありませんわね。
私達はこのあたりで服を買ったことはありませんから、そういう情報が手に入るのは助かりますわ」
まあ、そういうわけで俺らと一緒に篠原さんや長谷部さんも住むことになった……俺も一緒にすんでるけどいいのかな?
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