第37話 オリエンテーション合宿には女子も参加するのか

 さて、飲み会もおわって各自は帰途についた。


 この後で二次会などもあるようなんだが、俺は一泊二日のオリエンテーション合宿のための準備を何もしていなかったので、家にかえって急いで支度をしないといけないからな。


 まあ名門進学校の連中は先輩から入学後すぐにオリエンテーション合宿とかがあることを聞いていたから今更準備のために焦ることもないんだろう。


 とはいえ俺は中学から高校にかけて旅行はしまくってるので、旅行の準備に焦ることもないけどな。


 オリパンフと筆記用具、なんかあったときのために親の緊急連絡先を書いた紙、免許証・保険証・学生証、財布と現金、腕時計、着替えの下着や靴下に寝巻き、日焼け防止や虫に刺されないようにと防寒のためにも長袖のパーカーやマフラー、手袋などの防寒具、ハンカチとポケットティッシュ、タオル、バスタオルに石鹸、歯ブラシと歯磨き粉にひげそりなんかの洗面用具、雨が降ったときの雨合羽、ビニール袋にゲロ袋、念のための虫除け・かゆみ止めに胃腸薬・頭痛薬・風邪薬・酔い止め薬などと絆創膏、帰りに寝て帰るときのためのアイマスクと耳栓、あとはのど飴やお菓子とかウノやトランプなんかの暇つぶしのゲーム、名所や飯のうまい所の乗ったガイドブック、あとは一眼レフカメラにフィルム。


 足元は履き慣れたサイズがぴったりあっていて、靴底が滑りにくく、水濡れに強い軽くて疲れにくい軽い素材のスニーカーを選ぶ。


 クレジットカードはこの時期だとデパートなど使える先がかなり限定されているので持っていかない。


 あとこの時代、携帯電話やスマートフォンはないので当然持っていけないが、かわりとなるものとしてポケベルはそんなに邪魔になるものでもないので一応持っていこう。


 多機能なガラケーやスマートフォンのように必須と言えるほど便利な物ではないので、もっていかなくても良さそうではあるが。


 そういったものをリュックサックに詰めてしまえば旅行の準備は完了だ。


 あと念のため、浅井さんに明日と明後日は学校行事で一泊二日の旅行に行ってくる事を書き置きしておこうか。


 そして、翌日だが朝の8時半に駒場キャンパスに集合だ。


 そして俺たちのクラスの集合場所に行くと、そこに何故か女子が6人混ざっていた。


 しかも一人は何故かジャージ姿だ。


「ありゃ?

 女子は女子だけでオリエンテーションがあるんじゃなかったっけ?」


 俺が大槻くんにそのように聞くと彼は苦笑しつつ答えてくれた。


「それはプレオリまでの話だよ。

 今日からのオリエンテーション合宿では女子も混ざって行動するんだ。

 まあ、理Ⅰは女子が少ないから女子がいないクラスも結構あるはずだけど」


「なるほど、そうだったんだ。

 すっかり勘違いしてたよ。

 まあ理Ⅰの女子比率は7.5%くらいのはずだから4つに1つのクラスは女子がいないってことになるな」


 そして本多さんと女子の班のリーダーらしい女性がなにか話している。


「あたしたちはバスの一番うしろに座るから、その前をあなた達で抑えてくれないかしら?」


「了解、じゃあそうするよ」


「中高一貫男子校や名目上は共学でも男女別クラス学校の頭だけはいいお坊ちゃんたちに、あたしたちの班の女の子たちが変な絡まれ方をしたり、逆に全くコミュニケーションを取れなかったりするのも気分が悪いしね」


「まあ、その点で、俺たちの班は共学の高校出身者が多いから大丈夫だとは思うよ。

 一人は男子校出身だけど、中高一貫校ではないから中学の時は普通に共学だったろうし、一人は元女子校で共学になったばかりの学校だったからな」


 もう一人は元女子校で共学になったばかりの学校だったからというのは俺のことだな。


 会話の内容で少し気になったところがあったので俺は本多さんに聞いてみた。


「あ、本多さん。

 割り込みで質問すみません。

 東大って中高一貫男子校や名目上は共学でも男女別クラス学校からの進学者が多いんですか?」


「ああ、東大は男子が多いだけではなく、男子校出身者が多いのも確かだ。

 高校別東大合格者ランキング上位20位までの半数は男子校だな。

 そして女子も女子高出身が多いから共学出身は2割程度かな」


「そんなに高い割合なんですか……」


 俺がそういうと二年生の班リーダーらしい女性が言う。


「まあ、そんな事もあってなるべく共学出身の男子がいるクラスに女子を入れてるわけさ。

 ああ、あたしは長谷部連花はせべれんか

 このクラスの女子班リーダーさ。

 まあそもそも女子のほうが実家から通える範囲で大学を選びやすかったり、浪人を避ける傾向があるうえに、大学卒業後の職場でも男女不平等が厳しいからわざわざこの大学を受ける女は少ないのが実情だね」


 俺は長谷部さんの言う事にうなずいてて答える。


「ああ、東大における極端な男女の数の差は、日本の社会構造的な問題ともいえますね」


「それに浪人したり、上京して一人暮らししたりする場合でも、男よりも女がするほうが親がさせない傾向もあるしね」


「まあ、それはなんとなくわかりますが」


「それでもってこうも女性が極端に少ないという環境だとねまた別の問題もあるのさ。

 女子がいるにも関わらず楽しそうに同じクラスの女子たちの容姿をランク付けする奴や、大声で猥談や下ネタ、風俗の店を話す奴。

 逆に女相手だと何も話せない奴や話しかけただけで自分に気があると勘違いするが多いんで困るんだよね」


「あ、ああ。

 まあそれもなんとなくわかりますよ。

 要するに中学生がそのまま大学生になっちまったような連中が多いってことですね」


「ああ、そうだね。

 女性の容姿であきらかに態度を変える男も多いし」


「ああ、それはダメですよね。

 そもそも自分がそんな事ができるほど容姿が優れてるかってのも考えたことないんでしょうね」


「まあ、ないんだろうねぇ。

 まあ、女子も中高一貫の女子校出身で地味かつ男慣れしてない子が多いからあれなんだけど」


「確かに少し野暮ったい子もいますけど、ちゃんと化粧したり服装に気をつかったりすれば、きれいに変身できそうではありますよね」


 そんな話をしているうちにバスに乗車する時間になり、女性班は一番後ろへ、俺たちの班は基本的にその一つ前の席へと座ったが、女子は6人で、一番後ろの席は5人分しかないので、一人は一つ前の左側の窓際に座ることになり、俺がその横に座ることにした。


 ちなみにジャージ姿の女の子だ。


「これから二日間よろしくな。

 自己紹介はどうせすぐやると思うけど」


 女の子に軽く挨拶をするとたどたどしい笑みを浮かべながら彼女も答えてくれた。


「あ、は、はい、よろしくお願いします」


「そういえばなんで今回のオリ合宿は伊豆なんですか?」


 俺が本多さんにそうきくと彼は苦笑しながら答えてくれた。


「例年オリ合宿の行き先は山梨の富士五湖のほとりが多かったんだけど、4年前の1984年に山中湖で東大生のオリエンテーション合宿に参加していた東大の2年生6人が、酒を飲んでボートを勝手に漕ぎ出し、そのボートが浸水して湖に投げ出され5人が水死する、という事故があってからあまり歓迎されていなくてね。

 最近は伊豆や栃木・外房なんかが多いな」


「そんなことが……よく中止になりませんね。

 オリエンテーション合宿」


「まあ、大学は学生に対して放置放任が当然な感じだからこういった行事は必要なんだよ。

 東大全共闘があったこともあってね」


「ああ、大学は紛争があったこともあって、あんまり生徒に対して親身じゃないんですね」


「そういうことだな」


 で、バスの中でまたしても自己紹介となる。


 まずは女子から始まるな。


桜蔭おういん中学校・高等学校から来ました村井光乃むらいみつのです」


 彼女がそう言うと例の名門コールが起こった。


 桜蔭といえば東京の中学入試で女子学院中学校・雙葉中学校と共に「女子御三家」といわれている名門進学校だったはずで、どれも中高一貫教育を提供する女子中学校・高等学校だ。


 そして高等学校においては生徒を募集しない完全中高一貫校でもあったはずだな。


「女子学院中学校・高等学校から来ました今枝尚子いまえだなおこです」


 彼女がそう言うとこれまた例の名門コールが起こった。


雙葉ふたば中学校・高等学校から来ました津田雅美つだまさみです」


 彼女がそう言うとこれまた例の名門コールが起こった。


豊島岡としまがおか女子学園中学校・高等学校から来ました成瀬翔子なるせしょうこです」


 ここも中高一貫教育を提供する私立女子中学校・高等学校であるが中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から進学した外部進学生徒との間で、クラスが混合する併設型中高一貫校で、高校からも生徒募集する数少ない女子校だ。


 そして女子御三家(桜蔭、女子学院、雙葉)と肩を並べるほどの進学校でもある。


「たしかにこりゃ名門揃いだな」


 そして俺の隣りに座ってる女の子が自己紹介をする。


「福島県の福島県立安積女子高等学校から来ました篠原紗子しのはらさえこです。

 よろしくお願いいたします」


 俺が昨日出身高校を言った時のように周りは静まり返った。


 そして”安積女子?””聞いたことないな”などというヒソヒソ声が聞こえてくる。


 まあ俺も安積女子高等学校がどこにあるのかはよくわからないんだけど声に出すなよとは言いたい。


「最後はあたしだね。

 あたしは長谷部絵理子はせべえりこ

 サークルはテニスのスポーツ愛好会テニスパートに所属してる」


 長谷部さんはテニサー所属なのか。


 なんとなくもっと固くて厳しい感じの活動に所属しているイメージなんで、チャラチャラしたイメージが強いテニサー所属はちょっと意外かも。


 でも東大って意外とスポーツ系サークルは強いらしいんだよね。


 自己紹介が男子に移ったところで俺は篠原さんに聞いてみた。


「篠原さん、安積女子高等学校って福島県のどのあたりにあるのかな?」


「あ、学校があるのは郡山です」


「なるほど。

 郡山の進学校だったのか」


「進学校といっても偏差値が70に届かない程度なんですけどね」


「それなら俺のいた学校は特進クラスでも偏差値は60くらいだったよ。

 まあ、去年東大入学者が俺を含めて3人出たから今年はもう少し上がってるかもしれないけど」


「偏差値が60くらい?」


「うん。

 でもさ、今は東大合格者をたくさん出してる開成や麻布、灘だって50年代から60年代は東大合格者の数はそんなでもなかったしね」


「そうなのですか」


「ところで篠原さんはなんでジャージなの?」


 俺がそのように聞くと彼女はごまかすように苦笑しながら答えてくれた。


「あ、え、ええと。

 合宿でドッジボールとかをするから動きやすい服装でって言われたので、高校の時着ていたジャージがいいのかなっておもって……。

 あと引っ越したばかりで荷物も全然整理できてない上に昨日の夜、急に泊まり込みで合宿があるって言われたのですけど全然準備できなくて」


「ああ、俺も泊まりの準備はめっちゃ急いだけど前日の夜に言われても困るよな」


「そうなんですよ」


 俺は本多さんと長谷部さんにきいてみることにした。


「向こうに到着したら篠原さんに衣服や寝泊まりするのに必要なものを買ってあげてもいいでしょうか?

 そのためレンタカーとか借りて、バーベキューの前に少しだけ離脱したいんですが」


 俺がそう言うと長谷部さんは笑っていった。


「ああ、そうしてあげなよ。

 ずっとジャージ姿じゃ可愛そうだ」


そして本多さんも言った。


「うん、まあいいと思うぞ。

 こまった時はお互い様というしな」


 というわけで到着してすぐに荷物をペンションにおいて一休みする時間に俺たちは急いで買い物することにした。


 バスは高速道路の四号渋谷線から東名高速道路をはしっていたが海老名サービスエリアで一旦休憩になる。


 まずは皆でトイレに行って、店の方を見てみるがフードコートとお土産屋、後はのみものや冷凍食品の自動販売機だけだな。


 そこから沼津まで高速に乗り伊豆中央道で修善寺を経由し天城峠を越えて伊豆白浜へと到着。


 俺はレンタカーを借りようかと思ったが、宿泊予定のペンションの近くにはレンタカーを借りられるような場所はないようなので断念しタクシーで伊豆急下田駅の方へ向かった。


 しかしまあ、彼女だけジャージ姿でも周りは特に何も言わないしそもそも気にもしていないのは、いじめと嫌がらせなどでやってるわけではなく、興味がなくちょっと変わった子だなーくらいの意識しかないのだろうか。


 なんというか冷たいよなぁ。


 そのうちタクシーは伊豆急下田駅前についたので適当に衣料品を扱っている店を見繕って中にはいる。


 こうやって買い物をすると浅井さんと初めて一緒に旅行に行く前に色々買い出しをしたのを思いだす。


「とりあえずみんなで記念写真を撮る時に浮かないような服を一式と寝るときに着る服、後は換えの下着とか靴下や洗面用具や化粧品とかもあったほうがいい感じかな?」


「あ、ははい、すみません。

 代金は東京に帰ってからお返ししますので」


「ん、今はお金もないと思うし無理に返そうとしなくてもいいよ。

 そのかわり君が住んでいた福島県の郡山や知っていれば小名浜について聞かせてもらえると嬉しいかな?」


俺がそう言うと彼女は驚いたように言った。


「え、それだけでいいんですか?」


「うん、今立ててる計画で郡山や小名浜はかなり重要になるはずなんでね」


 なにしろ福島は首都圏の大部分の都県の廃車や粗大ごみとして出される廃家電、家具などの大規模な再生工場都市を作る予定の場所で北海道とともに炭鉱業が失われた場所の再生が可能かどうかのモデルとなる場所になるはずなのだ。


 なので郡山という都市を住みやすくするために現状では何が不足していて何を作らなければいけないかなどの情報は是非ほしいのだな。


「えっと、郡山は結構住みやすいんですよ。

 夏でもそんなに暑くならないですし、冬もそこまで寒くならないし雪もそんなに深いわけじゃないです」


「なるほど、盆地だから京都とか高崎みたいに夏暑くて冬寒い感じなのかと思ってたけどそうでもないんだね」


「あ、場所にもよりますけどね。

 積雪が多い場所もありますので、冬にはスキーとかを楽しめる場所もあるんです」


「なるほど、それは悪くないね」


「あと郡山は東西南北に鉄道と道路が走ってるので移動に便利なんですが沼上水力発電所のお陰で明治時代には紡績工場が結構あって工業も結構古くから発展してたんですよ」


「へえ、そうだったんだね」


「まあ、そのせいで太平洋戦争のときには大規模な空襲を受けたこともあって戦争が終わった後は焼け野原になってたっておばあちゃんが言ってました」


「そうだったんだ。

 それは大変だったね」


「あ、でも終戦後には戦災復興都市の指定を受け商工業都市としての復興が始まり、昭和61年(1986年)には郡山地域テクノポリスの指定も受けてるのでそれなりには工業地域としても復興はしてます」


「ふむふむ」


「でも人口は多いのに福島市にはある国立大学、県立図書館、県立美術館、県立医大、医大附属病院などの公共施設や高子沼グリーンランドみたいな大きな遊園地がないのはどうなのかなって思います」


「なるほど、そういった施設がないのは確かに不便かな」


 福島県は国内屈指の採掘量を誇った常磐炭鉱の閉鎖もあって、進学・就職等に伴い若者が東京などの首都圏へ転出してしまう構造的な要因により、 平成10年(1998年)年以降は、人口減少の過疎化が続いていたはずだ。


 だけど郡山や小名浜に再生工場を設置した上で職業高校や大学、病院や美術館、大型遊園地、デパートや家電量販店、大型スーパーやショッピングモールなどを設置すれば県外への人口の転出は防げるかもしれないな。

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