第52話 やっぱり三鷹寮もぼろいな

 とりあえず明日の午前中は、俺達みたいに先輩から入学直後のアドバイスが貰えないような高校出身の人間を集めて、親元を離れて暮らしたり、入学直後にやったほうがいいことをまとめ、できれば冊子にするサークルを立ち上げたいと思ってるということを伝えたら地方出身の子達は賛成してくれた。


「じゃあ、明日の集合場所だけど生協食堂3F交流ラウンジでどうかな。

 教室とかはサークルのブースになってる場所もあるけど、食堂なら空いてると思うし、多少なら会話しても怒られたりはしないと思う」


 俺がそういうと長谷部さんがいう。


「ああ、この後だけど、うちだけじゃなくスポ愛全体の合同コンパとがあって、さらにそのあとに東大の運動会運動部や応援関係の応援団やチアリーダー部・ブラバン部なんかに加えて運動部と活動することが多い大手スポーツサークルなどが生協食堂二階なんかに一堂に会してして行う生協コンパもあるし、騒いだりしなければ大丈夫だと思うよ」


「生協コンパですか。

 運動部に加えて応援関係団体に大手スポーツサークルも一緒だと参加者は多いんでしょうね」


「ああ、毎年新入生が300名ほど、二年生が100名ほど参加するからな。

 テント列やサーオリで、十分な数の新入部員を確保できなかった運動部も最後の部員獲得の機会とばかりにそろって参加するし、なかなかに騒がしいコンパでもあるよ。

 むろん、スポ愛全体コンパも生協コンパも出る出ないは自由だし、出れば知り合いが増えるチャンスでもある。

 新入生は無料での飲食をできる機会でもあるしな。

 まあ、うまいかどうかはともかくとしてだが」


「なるほど、なんだかんだで交流の機会は結構あるんですね」


 俺がそういうと長谷部さんは苦笑した。


「まあ、なんだかんだで、クラスやサークル、あるいは寮の部屋が一緒な連中がつるんで行動することが多いけどな」


「まあ、接する機会が多い人間と一緒に行動することが多くなるのはしかたないですよね。

 じゃあ明日は朝9時に生協食堂へ集合ってことで」


 それに対しては長谷部んさんは


「あたしはサーオリがあるから参加できないよ。

 まあ、活動する場所や日時が決まったら教えてくれればアドバイザーくらいはできるけどね」


「それはわかってますし、アドバイスがもらえれば助かりますよ」


 そして北条さんも


「私は女子寮などについて教育学部や学園の上層部とお話をしないといけませんので、後日参加しますわ」


「うん、そっちも大切だしお願いね」


 というわけで今日は解散になり、翌朝。


 寝巻から通学服へ服を変えているときに、斉藤さんが朝食を作りに来てくれた。


「おはよう」


「うん、おはよう。

 斉藤さんもいつもありがとうな」


「いいのよ、このくらいしないとね。

 高い部屋に住まわせてっもらってるわけだし」


 そう言っている斉藤さんへ俺はオズオスと言ってみる。


「ええと、あのさ、斉藤さん。

 キスした後でぎゅっと抱きしめてみてもいいかな?」


 俺がそう言うと、斉藤さんはくすっと笑って言った。


「もちろんよ。

 むしろ遅すぎるくらいね」


「じゃあ、目を閉じてくれるかな?」


「ええ」


 斉藤さんは俺の言葉に素直に従って目を閉じた。


 俺はすっと斉藤さんの唇へ顔をよせてキスをした後、両手を彼女の背中に回して優しく抱きしめる。


「斉藤さんはきゃしゃだな」


 俺がそう言うと斉藤さんは俺の背中に手をまわして、俺をぎゅっと抱きしめたあと笑顔で言う。


「だから、私は優しく扱わないとだめよ」


「ん、了解」


 少しの間俺たちは抱き合っていたが、やがてお互いに手を離した。


「さて、朝ごはんを用意して急いで食べないと」


「ん、そうだな。

 準備を手伝うよ」


 俺たちは一緒に朝食をとった後は、いつも通りのメンバーで東大まで上杉さんに送迎してもらっての登校をした後、学校に到着したら、各自はバラバラに自分が所属するクラスが使う教室へむかい、上杉さんは寮へ戻っていく。


 そしてクラス教室に到着すると、オリ合宿のときに篠原さんと班が一緒だった女子の村井さん、今枝さん、津田さん、成瀬さんたちが笑顔で篠原さんに小さく手を振っていた。


「みなさん、おはようございます」


「おはようございます」


 と挨拶する篠原さんに続いて俺も彼女たちに挨拶をする。


「村井さん、今枝さん、津田さん、成瀬さんおはよう」


 彼女たちから挨拶が戻ってくる


「前田さんもおはようございます」


 そして大槻くん、横山くん、奥村くんらとも合流する。


「大槻くん。

 野球部はどうだった?」


「ちょうどいま東京六大学野球リーグがやってるんで忙しそうな感じだったよ。

 東大は野球部員が少ないから1年2年も出場することもあるしな」


「そうするとサークル兼任は難しそうかな?」


「そうだな。

 休みは基本的に火曜日だけらしいから」


「確かにそれじゃ無理そうだな」


「横山くんと奥村くんはどうだった?」


 俺の質問に横山くんは頭をかきながら言う。


「おれは東大音感っていうバンドサークルを覗いてみたんだけど、なんか女子がやたらと多くてさ。

 いや、俺は小中高と共学だったし、むしろ大歓迎なんだけど。

 で、新歓の時に1年生であろう女子に聞いてみたんだよ。

 ”ここのサークル、女子率高めじゃない?”

 って。

 すると彼女は”私は東大じゃなくて東京女子だよって”笑って言うんだよね」


「ああ、そこのバンドサークルはインカレサークルなんだ」


「そうなんだ。

 でもさ、俺の出身が茨城って聞いたらあからさまに態度が変わってちょっと傷ついたよ。

 で、よく見ると女子の目が異様にギラついてるんだよね。

 本人達は意地でもそういう意図がないかの如く話すからなんかなーって」


「ああ、そういう女の子は、本命も血眼で探すだろうし、そうじゃなくてもアッシーくん・メッシーくん・キープくん・ミツグくん・ツナグくんなんかの都合のいい時に使える男は探してるだろうから気を付けたほうがいいよ」


「なんだいそれは」


「ああ、全部女から見て都合のいい男のことさ。

 アッシーくんただで夜中だろうが遠距離だろうが、いつでも車で送迎してくれる、女が足として考えている男のこと。

 ちなみにアッシーくんは女性との間に恋愛関係はおろか、単なる肉体関係や友情関係すらなく、本当にただ単に足代わりの存在だよ」


「えらくひどくないかい?」


「で、同じ様な言葉として、暇な時に食事に付き合ってくれ、それをおごってくれる男をメッシーくん。

 ミツグくんは気を引こうと金品や品物などを女性に貢ぐだけの男のことで、ツナグくんはテレビやビデオデッキなど女から見て複雑でやっかいな配線をつないでくれるだけ男のこと」


「ひぃぃ」


「キープくんは、恋愛対象の本命ではないが交友関係をキープし、今の本命と別れたりしたら本命になるかもしれない男のことだな」


「女は怖いな」


「まあ、そういう女ばかりじゃないにしても自分がかわいいことを自覚してて、それが男に対して武器になることがわかってる女は怖いぞ」


 そして奥村くんも言う。


「俺、インカレ水泳サークルに入ろうと思ってたんだけどやめたほうがいいかな?」


「いや、まじめにスポーツするだけの女性もいるとは思うけど?。

 あ、それはともかく二人はサークル兼任できそうなら俺たちが立ち上げようとしてる、地方で東大の先輩がいなくて入学直後に困った経験のある人間が集まってそれを話し合おうサークルに入らないかい?」


 俺がそういうと二人は首を振った。


「うちの学校はそこそこ東大の先輩いるし、入学直後に何があるかも聞いてたよ」


「うちも同じだよ。

 一応、浦和は東大入学者数の上位には入ってるしな」


「あ、そうだったんだ……了解」


 よく考えたら江戸川学園取手中学校・高等学校は私立の中高一貫だし、浦和は東大入学者をたくさん輩出してる学校なのか、そりゃ先輩から聞いてたりはするよな。


 女子組は全員名門進学校だから、当然入学直後にどうするかとか聞いていただろうしな。


「んじゃまあ、篠原さん、生協食堂へ行こうか」


「はい」


 というわけで、俺と篠原さんは生協食堂へ向かった。


 食堂で寺西さんと不破さん、大音さん、竹田さんと合流し、斉藤さんも文Ⅲの同じ班だったらしい女の子を三人連れてきた。


「みなさん、初めまして。

 俺は前田健二。

 科類は理Ⅰ、初修外国語はドイツ語。

 出身高校は千葉県の千葉経済高等学校。

 篠原さんとはオリ合宿でバスの席が隣だったことで仲良くなった。

 一応このサークルの発起人でもあるんでよろしくな」


「みなさん、初めまして。

 私は斉藤千秋。

 科類は文Ⅲ、初修外国語はフランス語。

 出身高校は彼と同じ千葉県の千葉経済高等学校。

 一応、中学校からの腐れ縁ってところね」


 そして斉藤さんと一緒の班だったらしい女の子たちが自己紹介を始めた。


「みなさん、初めまして。

 青山佳乃あおやまよしのです。

 科類は文Ⅲ、初修外国語はフランス語。

 出身高校は福島県の磐城いわき高等学校です」


磐城いわきって言うと小名浜のほうかな?」


「はい、そうです」


 出身県が一緒でも篠原さんと青山さんは特に知り合いというわけではないようだ。


「青山さんは東大を卒業したら何になりたいとかあるのかな?」


「私はテレビ局の女性アナウンサーを目指してます。

 福島は関東ローカルの12チャンネル以外は全部映るんですよ」


「ああ、女子アナって高学歴じゃないとなれないもんな」


「そうなんですよ」


「みなさん、初めまして。

 山崎紀子やまざきのりこです。

 科類は文Ⅲ、初修外国語はスペイン語。

 出身高校は島根県の松江北高等学校です。

 卒業後は外務省へ入省したいと考えています」


「みなさん、初めまして。

 玉井雷華たまいらいかです。

 科類は文Ⅲ、初修外国語はポルトガル語。

 出身高校は高知県の土佐中学校・高等学校です。

 卒業後は大手商社へはいって、習った外国語を生かせればと考えています」


 なるほど、見事に地方女子ばかりだな。


 それにしても俺たちの学校は文Ⅲでは地方高校と同じ扱いってことかな。


 まあ、偏差値的には一番低いのだろうから仕方ないけど。


 篠原さんたちも自己紹介をして食堂の長テーブルの丸椅子に各々座る。


「ちなみに青山さん、山崎さん、玉井さんも三鷹寮なのかな?」


 俺の質問に三人はうなずいた。


「はい、探した範囲では手が出る家賃のアパートに空きがなくて」


「私も同じです」


「地方から出てくると、どうしてもそうなってしまうんですよ。

 駅前以外にどこに不動産屋さんがあるかもわかりませんし」


 三人の言葉に俺はうなずく。


「了解。

 みんなも三鷹寮から俺たちが住んでいる、新宿の寮に入ってもらおうと思う。

 しかしそうなると2トントラックで運べるかな……5トンくらい必要か?」


 この時代は普通免許でも4トントラックまでは中型扱いで運転できるからそのあたりは問題ないけど、上杉さんには早く連絡しないとな。


「ちょっと、引っ越し用に借りてくるトラックを変えてもらうから待ってて」


 と俺は席を離れて攻守電話から上杉さんお部屋の電話へ電話した。


「あ、もしもし、上杉さんですか」


『ああ、どうした、いったい?』


「今日の引っ越しのトラックなんですけど、2トンだと足りないかもなので、5トンにしてもらえますか」


『ん、わかった。

 引っ越しの人数が増えたんだな』


「ええ、そうです」


『じゃまあ、昼過ぎにはそっちにいくから食事と引っ越しに必要なものを買っておいてくれるか』


「了解です」


 俺は電話を切って、ラウンジに戻った。


「あー、三鷹寮のみんな、今日の昼過ぎには引っ越しの手伝いをしてくれる人がトラックを運んできてくれるから、軽く食事をとったら引っ越しに必要な物を購買に買いに行こうと思うけど大丈夫かな?」


 俺がそう聞くと三人はうなずいた。


「もちろんです。

 今日の夜にはきれいな部屋に移動できるなんてありがたいかぎりですよ」


 青山さんがそういうとほかの二人もうんうんうなずいている。


「あ、みんなにはうちの寮に入る代わりに、一応俺の会社で働いてもらうんでそのあたりは了承してくれ。

 まあ三人は斉藤さんが仕事を割り振ることになると思うけど、どういう業務を振られるかは俺が決めるわけじゃないから詳しくは後程だけど」


「わかりました」


 しかし、よほどぼろいのかな三鷹寮は。


 まあ駒場寮は昭和10年(1935年)竣工なのに、三鷹寮は昭和8年(19331年)竣工なうえに駒場寮ほど修繕も行われていないらしいからぼろいのは間違いないんだろうけど。


 その後、軽く食事をとった後、購買へ向かい以前と同じように引っ越しに必要な梱包材や道具などを買いそろえたら、上杉さんが来るのを待つ。


 そして正門前にトラックがやってきたら引っ越しのための道具類をトラックへ乗せてから、5トントラックの助手席に俺、後部座席に斉藤さんと篠原さんが座り、残りはタクシーで三鷹寮まで俺たちは向かう。


 車での移動は40分ほどでタクシー料金は6000円ほどだ。


 そして三鷹寮についたが“そこ”の外観は監獄だの刑務所だのと呼ばれているように、コンクリートむき出しで、おしゃれな雰囲気とは程遠かった。


 それによく見れば外壁にひびも入ってるな。


「あ、私たちの住んでるのはこちらです」


「ん?」


 大音さんが案内してくれた建物は多少は新しいように見えた。


「こっちは東京オリンピックが開催された昭和39年(1964年)に施工された、まだ新しいほうの建物なんです。

 まあ、いろいろ設備に不備があるのは変わらないんですけど。

 窓が押し開きで網戸がないんで開けておくと虫やヤモリが入ってきちゃいますし」


「それはちょっとやばいね」


「ま、まあ田舎だと珍しくらしくはないですけどね。

 壁にヤモリがいたりするのは」


 そういって建物の中に入っていくが、駒場寮同様に廊下は薄暗い。


 部屋は寝室、談話室、自習室の3部屋を一単位として、本来は8人で使用する形だったようだ。


 まあ今は人がいなすぎることもあって、3人か4人で使っているようだが。


 自習室には1席ずつボックスにテーブルとイスがあり、寝室には二段ベッドが4つ置いてある。


 ベッドはだいぶちっちゃいな。


 背の低い女子ならいいが、男子はきついんじゃなかろうか。


「あーなんかブルートレインの寝台車を思い出すな」


 そういうと青山さんは笑って言う。


「確かに寝室は狭苦しいですよね。

 ちなみに各階に共用室もあるんで女子で集まっておしゃべりしたりもします」


 確かに駅から遠いとか古いのでエアコンがないとかいろいろ不便そうではあるな。


「じゃあ、今から引っ越しの準備しますね」


 寺西さんたちはそういって、荷物の梱包などを初めていった。


「あー、寝室へ荷物の梱包中は男性は入らないでください」


「ああ、了解」


 駒場寮よりも部屋に余裕がある分、荷物は少し多いが、小物は、プチプチや新聞で梱包してダンボールにどんどん詰め込み、終わったらトラックへ積み込んでいく。


 三鷹寮の部屋にもバス・トイレや流しなんかはないのでそのあたりの消耗品は新しく買わないとだめだな。


 荷物を全部トラックに積み込んで、後はタクシーを呼んで、トラックとタクシーに分かれてみんな乗り込み寮へと向かったのだ。

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