第23話 まずは牛肉やオレンジの輸入自由化に対して問題提起しようか

 さて、現状の日本における繊維産業の衰退についていろいろ考えた俺は、北条さんと上杉さんを電話で呼んで、話をすることにした。


 といってもこの時代だと携帯電話がないので、まずは部屋の電話に電話をかけてみて、電話に出ないようならポケベルに数字を入れてみるくらいしかできないんだが。


 まあ、両人とも自室にいてくれたのですぐに連絡が付き、俺の部屋にきてくれたので助かったが。


「ではお邪魔しますわね」


「邪魔するぞ」


 そういって俺の部屋に上がった二人がリビングの様子などを見てから小さくため息をついた。


「なんというか殺風景で生活感のない部屋ですわね」


 北条さんがそういうと上杉さんもうなずいて言う。


「人を呼ぶならば、少し部屋を整えてからにするべきだと思うがね」


 二人の辛辣な評価に俺は苦笑することしかできない。


「生活感とかは住んでるうちにいろいろ買うことで出てくるんじゃないかな。

 まあ、二人とも座って」


 と二人をソファーに座らせて、俺はダイニングチェアを持ってきたあとでそこに座る。


「うーん、自室に複数の人を呼んで、テーブルをはさんで話をするなら、もう一つソファーが必要だったか」


 一人暮らしをするだけならともかく、自室に人を呼んでテーブルをはさんで話をすることとかは考えていなかったからなぁ。


 なかなかうまくいかないものだ。


「まあ、それはともかくとして話というのはどのようなことですの?」


 北条さんがそう聞いてくるので俺は答える。


「うん、二人にはやってもらいたいことがあってね」


 俺がそういうと二人は顔を見合わせた後言った。


「やってもらいたいことですか?」


 首をかしげながら北条さんがそういうと、上杉さんは言う。


「まあ、私も呼んだということは食べることが関係しているんだろう」


 俺はその言葉にうなずく。


「ええ、そうです。

 まず、できれば早めにやってもらいたいのは、今アメリカと交渉中の牛肉やオレンジの輸入自由化による輸入枠撤廃についての問題提起」


 俺がそういうと北条さんは首を傾げた。


「牛肉やオレンジの輸入自由化ですか?」


 そして上杉さんが言う。


「今現在は豚肉や鶏肉よりも高い牛肉が輸入が増えて安くなるのはいいことなのではないか?

 テレビではそう言っていたが」


 上杉さんの言葉に俺は苦笑して答える。


「うん、政府やマスコミはそういうよね。

 で、庶民にとっては安くなるのはいいことでも、国内産業が壊滅的になりつつあるのが紡績系の産業なんだよ。

 俺たちが買い取った広島紡績は紡績事業から全面撤退して無線ヘリ製造をしているし、かつては国内三大紡績会社だった鐘淵紡績は今は化粧品の会社でしょ?

 そうなったのはなんでだと思う?」


 俺がそういうと二人は顔を見合わせた。


「紡績会社が壊滅的になっている理由ですか?」


 北条さんがそういうと上杉さんはすこし考えた後に言った。


「そういえば最近の安いシャツや下着は外国製のものも多いな」


 上杉さんの言葉に俺はうなずく。


「ええ、最近は台湾や香港、東南アジア製の安い衣服が大量に日本に入ってきているのも理由の一つです。

 日本の衣服がそういった地域の製品より高くなったのは、日本政府の政策のせいで60年代の所得倍増計画と70年代の列島改造計画に加えてオイルショックで人件費や地価も含めた物価が馬鹿みたいに上がったからだけど。

 なにせ1960年に比べれば今は15倍から20倍は上がってるからね。

 そういったものが上がってない地域で作られる衣服に価格で太刀打ちできないうえに、アメリカへの輸出シェアも奪われれてるから、工場を東南アジアへ移転させたり業態を変えたりするしかなかったわけだ。

 日本政府は紡績系産業を見捨てたといってもいいわけだね」


 俺がそういうと北条さんは納得がいったようにうなずいて言った。


「なるほど、つまり次は農業が危ないというわけですね」


 そして上杉さんが言う。


「で、私たちは何をすればいいのだ?」


 俺は上杉さんの言葉に答えるべく言った。


「上杉さんはグルメ評論家として結構名前も知られてますし、テレビや新聞で安易に牛肉やオレンジの自由化に踏み切れば国内の農業が大きくダメージを受けることを伝えて、これに賛成する政治家には次回の選挙には絶対投票しないように訴えるようにしてほしいんですよ。

 現状では農家の選挙への影響力はでかいですからね。

 あと成長が早くなるからといって牛には肉骨粉は与えないようにというのも伝えてほしいです。

 ヨーロッパで発生している狂牛病の原因は肉骨粉のようですので」


 俺がそういうと上杉さんはこくりとうなずいた。


「わかった。

 そのための手はずを整えるのは……」


 上杉さんが北条さんを見たことで北条さんは溜息をつきながら言った。


「私というわけですわね。

 わかりました、手はずは整えておきましょう」


「うん、忙しいところ悪いけどお願いね」


 まあ、性急な自由化は防げても段階的には輸入枠の拡大や関税税率の提言はされていくんだろうけど、牛肉自由化で国内の畜産農家にでかいダメージが出た後で、狂牛病騒動で牛肉が敬遠されるようになっても後の祭りだからな。


「ああ、後これは野暮用というかちょっとした実験のようなものなんですが……上杉さんに馬券を買ってきてほしいんです」


 俺がそういうと上杉さんはうなずいた。


「ああ、20歳未満は馬券は買えないしな。

 新宿南口に場外馬券売り場はあるし、行こうと思えば中山競馬場も府中競馬場も遠くはないから問題はないぞ」


 俺はメモを手渡す。


 そこに書かれているのは


 桜花賞


 一着アラホウトウ 二着シロノロマン 三着フリートーワ


 皐月賞

 一着フタエノムテキ 二着ディクターランドウ 三着サクラヤチヨオー


 というもの。


「ちなみにオグリハットは皐月賞には出てませんよね?」


 と俺は念のために聞いてみた。


「オグリハット?

 ああ笠松から中央に移籍してきた馬か。

 もともと中央で走らせるつもりがなかったことでクラシック登録をしていなかいから皐月賞や日本ダービーには出られんからな」


「そうですよね」


 これについては週刊ヤングホップに連載されていたオグリハットが主人公の”ンマ娘シンデレラグレイ”でもそう書かれていた気がする。


 俺が色々とやったからといってバタフライ効果で予期もしない場所まで変化を与えるということはないのだろう。


 それどころか俺が直接的に関与しようとしないものは変わらないのかもしれない。


「で、いくら買うのだ?」


 上杉さんがそう聞いてくるので俺は封緘された札束を二つ出す。


「それぞれ100万円ずつお願いします」


 俺がそれを手渡すと上杉さんは苦笑して言った。


「おいおい、遊びで買うにはちょっと金額が多すぎないか?」


 そこへ北条さんが言う。


「まあ、今の私たちだと100万円ぐらいだとそれほど大した金額には感じませんが……」


 俺は苦笑しつついう。


「いや、まあ100万円は大きな金額だとは思うけどさ。

 確認のために必要なことなんだよ」


 俺がそういうと上杉さんは苦笑しながら言った。


「まあ、いいがな。

 では、ここに書かれているように買ってくるとしよう」


「ええ、お願いしますね」


 輸入自由化で儲かるのは商社ぐらいだが、政府は商社を儲けさせるのが大好きだからな。


 産業が衰退して銀行やら商社やらの虚業ばかりが儲かるような構造はいずれは崩れるのだから早めに何とかしていかないとな。

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