第111話 魔王

 マリナの家は教会だった。

 その隣には病院と孤児院が併設されていた。

 お世辞にも立派とは言えない建物だ。


「マリナ様!」

「おかえりなさい!」

「グラン様が待ってますよ!」


 沢山の子供、看護婦、治癒魔法使い、医者にマリナは囲まれた。

 ある子供がマリナの手にある小瓶を見て、声を上げた。


「万能薬だ!」


 皆、マリナを称えている。

 それは、グランが助かることを喜ぶ歓喜の声でもあった。


「あっ! 魔王だ!」


 ある子供が、僕を指差しそう叫んだ。

 その声がきっかけとなり、子供たちが僕に向かって一斉に石を投げ始めた。


「あなた達! やめなさい!」


 マリナの一喝で子供たちは不承不承といった態で僕への攻撃を止めた。


「ごめんなさいね。ケンタ」

「いや、仕方のないことです」


 あの子は恐らく戦争で親を亡くしたのだろう。

 僕は傷付いたこめかみから、流れる血を手で拭った。

 戦争に敗れたディオ王国において、国民は戦犯探しに躍起になっていた。

 武器商人として活躍した僕は『魔王』というあだ名を付けられ、国民から目の敵にされていた。

 だから、昼間外を出歩くのは僕にとって命懸けだったんだ。




 僕はパーティの一員として、人々を魔力で苦しめる魔王ハーデンを倒した。

 僕はジェニ姫と共に、圧政で国民を苦しめるグランと、その黒幕マリクを倒した。

 僕は救世主だったはずだ。

 だけど時は流れ、僕は魔王と呼ばれている。

 いずれ、僕は善の何者かによって倒されるのだろう。

 その善の何者かも悪に染まる。

 世界は善と悪が世代交代しているだけなのだろう。

 だとするなら、本当の平和なんてどこにも無いのかもしれない。




「ケンタか......」


 ベッドに横たわるグランが、僕に呼び掛ける。

 彼は頭髪が全て抜け落ち、顔は皺だらけで、骨と皮だけの痩せ衰えた身体になっていた。

 グランの横には聡明そうな少年が立っていた。


「息子のジュリアンよ」


 マリナにそう紹介された少年は、僕に頭を下げた。

 近くで見ると、マリナ似のハッとするような美少年だった。


 グランのベッドの周りには人だかりが出来ていた。

 皆、万能薬でグランが復活するのを心待ちにしていた。

 だけど、マリナはグランに万能薬を与えようとしない。

 その代わり彼の耳元に顔を近づけ、何か話している。


「ケンタ」

「はい」

「万能薬をあなたに上げます」

「え?」


 僕は目が点になった。

 周りの人達も目が点になったことだろう。

 そして、程なくして周囲から抗議の声が上がった。


「いくらマリナ様とはいえ、魔王になど!」

「見損ないました!」


 マリナは目をつむり、口を真一文字に閉じたまま、皆の言葉を聞いている。

 ジュリアンは母の意図を理解したかの様に、沈黙している。

 そして、グランがこう言った。


「皆さん。私が決めたことなのです」


 ざわつきが、止んだ。


「私はケンタに一度、命を救われた身です。だから今の私があるのは彼のお陰なのです」


 グランはしわくちゃの喉を精一杯動かして声を出す。

 その掠れた声は皆の心に響いている様だ。


「皆さんもご存知の様に私はかつて暴政で国民を苦しめ、沢山の人を傷つけて来ました。そして、我妻であるマリナは、元々はケンタの妻になるはずでした。私はそれを強引に奪いました。だけど、ケンタは私を許してくれました」


 時折、苦しそうに咳き込みながらも続ける。


「過ちを犯した私が、真っ当な人間で終われるのはケンタのお陰です。だから......」


 そう言い残すと、グランは死んだ。

 それを看取ったマリナは、僕の手を取りこう言った。


「善も悪も全て経験したあなたなら、この世界を平和に出来る」


最後の商才編 おわり

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