第59話 武闘家ソウニンのソロキャンプ

 冬が好きだ。

 空気が乾燥してるから、空が遠くまで見える。


「はー、はー」


 吐く息が白い。

 私は長い黒髪をマフラー代わりに首に巻いた。

 ここ北の国は秋を過ぎ、冬になった。

 私は仕事(統治者としての公務だ)を休み、ここビワ湖に来ている。

 湖のほとりにテントを設営した。

 丸い石を見つけてそこに座る。

 雄大なフジ山を観る。

 湖面には雪化粧を施したフジ山が映し出されている。

 実物と湖面に映るフジ山の、シンメトリーな美しさに私は心を奪われた。


「さてと」


 私は立ち上がり、今日の食事と燃料を探すため森に分け入る。




 前方二メートル、グリズリー発見。

 体長5メートルの灰色の熊の化け物は、森を我が物顔でノシノシ歩いている。

 私は今日の食事の素材を見つけ、舌なめずりした。

 こちらから仕掛けようと、地を蹴ろうとした時、


「くぅん、くぅん」


 私の足元を舐める、子グリズリー発見。


「しっ、あっち行け!」


 私は大物を狙ってるんだ。

 お前じゃ食べ甲斐がないし、倒し甲斐も無い。


「グゥオオオオ!」


 私の気配を感じ取ったのか、お目当ての方の大グリズリーがこちらに猛進して来る。

 グローブの様な巨大な手に、剣の様な5つの爪が生えている。

 グリズリーが獰猛な唸り声を上げ、熊手を振り上げる。


「はっ!」


 鋭い爪が虚しく空を切る。

 衝撃波で木々の枝がざわめき、葉が落ちる。

 力ではそちらが上かもしれんが、素早さではこちらの方が上だ。


 グリズリーが辺りを見渡す。


「ここだよ」


 私はグリズリーの額に爪先立ちしている。


「グゥオ!」


 グリズリーは私の存在にやっと気付いたのか、両の熊手で私を挟みこもうとする。


「よっと!」


 私はバク転でそれをヒラリとかわし、グリズリーの背後に回り込む。

 私の両の足の筋肉が一気に盛り上がる。

 左足一本立ちになり、右足を上げ、勢いを付けるため脇腹に引き付ける。


烈火百裂脚れっかひゃくれつきゃく!」


 超高速の足蹴りの弾幕がグリズリーの背中に無数の穴を穿つ。

 右足の蹴りが終わると、左足にスイッチ。

 同じ技をグリズリーが息絶えるまで繰り返す。


「いてっ!」


 足元を見ると、またあの子グリズリーだ。

 こいつ、うっとおしいな。

 殺ってしまおうと、その首に手刀を振り下ろそうとした時、瀕死のグリズリーがグラリと振り返った。

 襲い掛かって来るかと思ったが、子グリズリーに覆いかぶさった。


「そうか......お前ら親子か」


 今日は親子丼にしよう。




 良く笠の開いた松ぼっくりは、火が着きやすく良い着火剤となる。

 火種を松ぼっくりの山に投げ込み、焚火を起こす。

 私に魔法でも使えれば、こんな手間、不要なのに。

 でも、この手間が楽しい。

 焚火の上に鍋を設置し、その中に湯を張り、先程、ぶつ切りにしたグリズリーの肉を盛大にぶっこむ。

 その中に味噌とダシもぶち込む。

 その間、別の焚火の前に行く。

 串に刺した柔らかい子グリズリーの肉をバーベキューにする。


「うーん。さいこー」


 流浪の民の子に生まれた私は、旅が日常だった。

 街を転々とする日々。

 そこで奴隷として一定期間働かされては、次の街へ。

 街から街へ移動する間に行われるキャンプだけが、安らぎの時だった。

 私は成功者となった後も、安らぎを求めていた。


「全てはマリク様のお陰だわ」


 私は知っている。

 本当の功労者はマリク様だ。

 私は彼のことが......


「ん?」


 遠くから人が走ってくる。

 我が国の兵士の様だ。


「どうした?」


 ボロボロの鎧に、血まみれの顔。

 何があった?


「ソウニン様! 申し上げます! 城が反乱軍によって陥落しました!」

「何!?」


 兵士は伝えると、息絶えた。

 人の気配を感じる。


「この国難の時に、ソロキャンプとはいい身分だな。ソウニン」


 振り返った時とその名を呼ばれたのはほぼ同時だった。


「ケンタ!」


 あの雑用係がなんでここに!?


「久しぶりね。ソウニン」

「ジェニ姫」


 お前は、グラン王に婚約破棄されて追放されたはず。


「はじめまして」


 後ろからもう一人出て来た。

 ん?

 誰?

 

つづく

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