第52話 僕らの、火遊び、水遊び

「ええ。あなたに殺されたわよ。横断歩道で突き飛ばされてね」


 ルビーは息継ぎして、続ける。


「今、慶太君と付き合ってるってことは……あなた、あんな大胆なことして、警察に見つからなかったのね。ほんと、悪運の強い女」

「千夏……」


 ルビー、否、チナツと呼ぶべきか。

 僕は彼女をチナツと呼ぶことにした。

 チナツがしゃべる度に、開いた口から熱風が噴き出す。

 そのせいで、僕らの肌はメチャクチャ乾燥した。

 火の粉が飛んで来て、服に着く。

 服に穴が開く。

 まるで巨大な焚火の前にずっと立たされてるみたいだ。


冷水器ヒーリング・ウオーター


 僕の横に立つジェニ姫が、そっと詠唱した。

 ジェニ姫と僕、そしてサオリの肌を水の薄い膜が覆う。

 良かった。

 これで、少しだけ灼熱地獄から救われる。


「千夏。私はあなたが嫌いだった。いっつも慶太君と仲良くしてたから。そして、慶太君は私の告白を断って、あなたのことが好きだって言った。すごく悔しかった」


 どうやら、この二人は転生前の世界でケイタを取り合っていたらしい。


「だからって、私を殺すことないじゃない! そのせいで私は、今……」

「あら、ここって楽しい世界じゃない。私に感謝しなさい」


 状況を呑み込めないでいるチナツの部下達が困惑顔だ。


「慶太も慶太よ。よりによって、こんな女と……」


 チナツの赤い瞳が潤み、涙があふれだす。


「ルビー様」


 イケメン執事のトールスが駆け寄る。

 チナツの肩を支えた。

 僕はチナツがどう思ってるか知らないけど、彼女はトールスとお似合いな気がする。

 とか、場違いなことを思ってしまった。


「慶太は私と付き合えて喜んでるわ」

「言わないでっ!」


 チナツが耳を塞いで、首を振る。

 

「私、いっつも言ってたじゃない。欲しいものは絶対手に入れる主義だって」


 サオリが胸を張り、親指でトンとその胸をついた。

 勝ち誇った様な態度に、チナツは怒り心頭したのか、


「殺す!」


 あっ!

 やばい!


「この世の全ての火の精霊よ、私にその力を。紅蓮の炎で目の前の女を焼き払うために。火炎大車輪ラージ・フレームホイール!」


 チナツの手から炎の輪が飛び出す。

 車輪のごとく、中央には巨大な火の玉。

 そこから放射線状に火の柱が8本出ていて、炎の外輪を支えている。

 紅蓮の火の輪が転がりながらサオリに向かってくる。


「下がって!」


 間一髪。

 ジェニ姫がサオリの前に立ち塞がる。

 

強水鉄砲ストロング・ウオーターガン


 開いた彼女の手から滝の様に水が大量に噴出した。

 炎の車輪の動きを止める。

 炎と水がせめぎ合う。

 水が蒸発し水蒸気が上がる。

 水が尽きるのと炎が尽きたのはほぼ同時だった。


「私の炎の魔法が……」


 チナツは信じられないといった態で、自分の手を見る。


「ルビー、忘れたの? 私のこと?」

「お、お前は……、いや、あなたはジェニ姫」

「チナツって呼んだ方がいい? チナツ、私と魔法で勝負する?」


 チナツとジェニ姫は睨み合った。

 僕は二人の間に割って入り、こう言った。


「あの~、チナツさん。このままサオリさんを殺しちゃうと、その、ケイタさんをここに呼べないと思うんですよ。サオリさんを殺せばスッキリするかもしれないけど、それって、絶対後悔しますよ」


 チナツが僕の方を向く。

 僕は続ける。


「一旦ここは、ケイタさんを召喚しましょう。そして、彼が、あなたとサオリさんどちらを選ぶか選択してもらうんです」


 チナツは目を閉じ腕を組んだ。

 僕の提案を受け止め、どうするか考えている様だ。

 やがて、組んだ腕を解き、意を決する様に頷いた。


つづく

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