第89話 ゲームマスター

 城壁を蹴り付けその反動で斜め上方に飛ぶ。

 一定のリズムで城壁と外壁の間を、交互に飛び移ることで、私は上を目指した。 

 天から差す光の筋を追い掛ける。

 遂に、城から伸びる尖塔を見上げる場所まで辿り着いた。

 天辺に紫色の人影。

 小柄なその人物の指先から光は発せられていた。


「マリク……」


 私は弱点を知られたくないグランが邪魔しているのかと思った。

 だから、賢者マリクがたたずむ姿に絶句した。

 マリクは私と目が合うと、尖塔の天辺から飛び降りた。

 ローブがフワリと花のように開き、ゆるやかに私の前まで下降する。


「やあ。よくここまで来ましたね」


 彼はボロボロの私を見て、ニコリと笑った。

 白い歯が眩しい。


「あんた、こんなところで何してるの?」

「何って? ゲームバランスの調整ですよ」

「ゲームバランス?」

「ジェニ姫が子供の頃から王様に隠れてゲームをしてたのは知ってますよ。 ゲームが簡単過ぎると面白くありませんよね? だから私はプレイヤーのために適度にバランスを調整して楽しんでもらっているのですよ」


 何で彼がゲームのことを知っているのか?

 それはそれとして……なるほど。

 確かにゲームが簡単だとつまらない。

 私は彼に同意を悟られるのが癪だから、腑に落ちた表情は見せない様に務めた。


「それでも、グランの弱点、知りたいですか?」

「うん。ていうかグランはどこにいるの?」

「今頃、王の間でマリナとイチャついているでしょう」


 マリクは地面を指差した。

 そうか。

 この下が王の間か。

 

「早く教えなさいよ。他にもあんたに色々訊きたいことがあんだから」


 悪趣味なグランは私達が右往左往してるところを、安全などこかから見ていて、ほくそ笑んでいるのかと思っていた。

 だけど、マリクと話している内に私はこんな感覚に囚われた。


 グランも私達も同じ様にゲームのプレイヤーなのかもしれない。

 そして、私達はマリクの手の平の上で転がされているだけなのかもしれない。


「やはり、簡単には教えられません」

「えっ! そんなぁ」

「ゲームも簡単に謎が解けたら面白くないでしょう?」


 私は彼の言わんとすることが、何となく分かった。


「あんたと私、勝負するしかないってことね」


 マリクは笑顔のまま無言で頷いた。

 無邪気な少年の様な仕草だった。

 マリクを倒せば、報酬としてグランの弱点が手に入る。

 これでケンタの復讐が終わる。


 賢者マリクと私は、約二メートル離れ対峙している。

 私の手にはケンタが使っていた細身の剣。

 激闘の末、刀身は刃こぼれだらけ。

 それは武器と呼ぶにはあまりにも寂し過ぎた。

 しかも、私は魔法が封じられている。

 全ての魔法を満遍なく使えるマリクに勝てるはずがない。


 でも、やるしかない。


 マリクが私に向かって手をかざす。

 何か来る。

 そう身構えた瞬間、詠唱の声が耳に響いた。


封魔解除シールリリース

 

 マリクの手の平から緑色の閃光が飛び出す。

 その光に私は目が眩んだ。

 次の瞬間、自分の身体を覆う何かが解けた様な感じがした。


「さ、これで対等ですよ」


 魔法が使えるようになったということか。

 何という余裕だろうか。

 彼は戦いを楽しむつもりか。

 つまり、彼にとってこの世界はゲームみたいなものなのだ。


つづく

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