第69話 恋の予感

 一緒に旅をして来た仲間が目の前にいる。


「ジェニ姫、ぼ、僕は……」


 たったそれだけのことで、不安だった僕の心は癒された。

 ひざまずいて、嗚咽する僕。


「あ……」


 僕の顔がフワリと何かで包まれた。


「私がいるから」


 ジェニ姫のいつもとは違う(いつもはツンツンとした棘のある声だ)優しい声が、僕の頭に降り注ぐ。

 頭髪を通して頭皮に伝わるのは、彼女の手の平の暖かさだった。

 意外に量感のある彼女の胸に、僕は顔をうずめる形になっていた。


「おーい!」


 遠くから、男の声。

 羽毛の様な感触に浸る間も束の間、邪魔が入るなんて。


ドン!


 ジェニ姫が僕を突き飛ばす。

 なっ、なんでっ!

 さっきまでメッチャ優しかったじゃん。


ゴン!


 僕は勢いで石の塀に激しく後頭部をぶつけた。


「おやおや。お熱いところ邪魔してすいませんねぇ」


 頭にターバンを巻いた小太りの商人、ユルフンだ。

 何で彼が今ここに?


「なっ、何でもないわよっ! こいつが貧血起こしたから支えてやってただけよっ!」


 僕を指差しながら、顔を真っ赤にして言い訳するジェニ姫。

 案外、ウブなんだなあ。


「それにしても、お前さん。釈放されて良かったな」


 ユルフンが僕の肩を叩く。


「はい。でも一体どうして?」


 不思議がる僕に、ジェニ姫が説明してくれた。


「大きな声じゃ言えないけど。ユルフンさんが、まあ、なんて言うか……保釈金っていうの? 賄賂を、ちょっとね……親衛隊に渡したのよ」


 あの時、僕は親衛隊に連行されていた。

 ジェニ姫とソウニンは目立つのを避け、敢えて僕を助けなかったそうだ。

 その後、二人は顔見知りになったばかりのユルフンを頼ることにした。


「そうそう。ワタベとかいう鷲鼻の男にな。ウン万エン渡してやった」

「なーるほど」


 恩赦かと思ったら、単なる商人と親衛隊の癒着だったのか。

 親衛隊の中には金で転ぶ奴もいるんだなあ。

 グランに忠義を尽くしている奴ばかりではないってことか。 

 僕は得意げなユルフンに礼を言った。


「あれ? ソウニンは?」

「宿に戻ってる」



 だけど、ソウニンは宿にはいなかった。

 僕らが泊まる部屋には書置きだけがあった。


「ごめん。

 やっぱり、マリクのことが忘れられない


                ソウニン」



「どっ……どういうことよ。これ……」


 ジェニ姫の置手紙を掴んだ手がワナワナと震えている。


「マリクか……」


 思い出した。

 パーティで活動していた頃、ソウニンはマリクに片思いしてたんだ。

 ソウニンは何度も素振り(まあ、この場合、好きだっていうアピールだな)を見せていたが、マリクは全然気づいていなかった。(否、気付いていない振りをしていたのか?)


つづく

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