第68話 寝取らレーゼは、絶対、寝取られてない

 起きた。


 まず、目の前に飛び込んで来たのは太い何本もの鉄格子だった。

 次に石畳のヒヤリとした冷たさが体中を駆け巡った。


「ここは……?」


 薄闇の中、僕は半身を起こし辺りを見渡した。


「起きたか」

「はい」


 鉄格子の先にある人影が、問い掛ける。

 僕は反射的に返事をしていた。


「こんなめでたい日に、泣き叫びながら暴れまわるなんて。グラン王様の機嫌が悪かったらお前、死刑にされてたぞ」


 僕は闇にだんだん目が慣れて来た。

 僕に話し掛けているのは、全身黒ずくめの親衛隊だ。


「ま、今日は結婚記念日だ。多少の罪は目をつぶってやろうというグラン王様の情けだ。ありがたく受け止めるんだな」


 僕はグランの側にいるマリナの姿を思い出した。

 憎き男に寄りそう愛する人を見て、僕は気が狂ってしまった。

 気が付いたら、泣き叫んでいた。

 かつて、僕はマリナとの結婚式を、グランによってメチャクチャにされた。

 同じ様に、僕もグランとマリナとの結婚式をメチャクチャにしようと思った。

 城壁に飛びついて、よじ登り、グランを殺してマリナを取り戻そうとしたんだ。

 出来もしないのに。


「いてっ!」


 体中が痛い。

 僕は城壁に近づくことも出来なかった。

 周りの国民に押さえつけられ袋叩きにされたんだ。

 皆、グランにいいところを見せようと、僕を押さえつけた。

 城のベランダにいたグランの方からは、ゴミクズの様な僕の姿は見えなかっただろう。


「……僕は一体、いつまでここにいればいいんですか?」

「さあな。半年か……一年か……。これから余罪がないか取り調べがある。それ次第だ」

「そんな……」


 そんな長い時間ここで油を売る訳には行かない。

 僕はグランからマリナを取り戻さなければならない。

 マリナは無理やり結婚させられたんだ。

 僕は信じている。

 だけど、グランの側にいたマリナの表情は、かつて僕に見せたものと異なっていた。


 違う!

 違う!

 僕は信じている。

 早く彼女の元に行かなければ。


「あの~」

「何だ?」

「将来、僕は商売で成功します。そしたら、お金をあなたに上げるので、ここから出してくれませんか?」

「あ? 何言ってやがんだお前」

「お願いします」


 鉄格子から手を伸ばし、親衛隊の制服の袖をつかむ。


「やめんか!」

「お願いしますぅ!」


カツーン!

カツーン!


 遠くから軍靴を鳴らす音が聞こえる。


「やめんか! 無様だぞ!」


 背の高い、ヒョロッとした男が現れた。

 黒い制服の胸にはいくつもの勲章が並んでいる。

 尖った顎に鷲鼻。

 深々と被った帽子のせいで目の部分が隠されている。

 表情が分からない。

 それがかえって、怖さを演出している。


「ははっ! ワタベ様!」


 僕と押し合いへし合いしていた親衛隊は、背筋をシャキッとさせ敬礼のポーズをとった。

 ワタベは偉そうに僕を差し、こう言う。


「釈放だ」



 僕は監獄の門を出たところで、手錠を外された。


「仲間達に感謝するんだぞ」


 親衛隊が励ますつもりのなのか、僕の背中をバシッと叩く。


「はい……」


 そう答えた時には、親衛隊は門の中に消えていた。

 僕はフラフラと、歩き出した。

 何で出れたんだろう?

 恩赦だろうか。

 グランとマリナが結婚したお陰で、僕は罪を許されたのか。

 だとするなら許されない方がましだ。


 向こうから人がやってくる。


「ジェニ姫……」


 ボロボロになった僕は彼女と目が合った。

 彼女の目が潤んでいる。


「もう、心配したんだから……」


つづく

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