第45話 僕より先に寝るんじゃない!

 マリナ。


 僕の愛する人。

 彼女と離れ離れになってから、その名前を僕は一度だって忘れたことが無い。


「もっとその人のことを教えてください」

「はぁ?」


 不審そうにジェニ姫が眉根を寄せる。

 僕は話した。

 マリナが僕の婚約者だということを。


「そっか……」


 ジェニ姫は僕に同情したのか、伏し目がちに言葉を続けた。


「寝取られ……」

「え!?」


 ジェニ姫の言葉に僕は驚きパニックになった。

 思わず彼女の両肩を掴んで揺さぶる。


「痛い! 痛い! 話は最後まで聞きなさいよ」

「はぁ、はぁ……」

「よっぽどその人のこと好きなんだね」

「はい」


 僕は大きく頷いた。


「大丈夫よ。多分、寝取られては無いと思う。そのマリナって人、グランが何度口説いても相手にしてなかったから」

「良かった……」


 僕はホッと胸を撫で下ろした。


「……だけど、それは数カ月前の話よ。私が追放された後のことは……。今、どうなってるか分からない」

「僕はマリナを信じています!」

「純粋ね。君はパーティの仲間に裏切られて、今ここにいるんだよ。人なんて信じたって悲しくなるだけよ。だから、私は自分しか信じないけどね」


 ジェニ姫の言葉はどこか寂しかった。

 僕はどこか心地良い感傷に浸っていた。

 僕は悲劇の主人公……。


 だけど僕はマリナのことを信じてる。

 マリナだって僕のことを信じてるはずだ。


 この世界で僕と彼女は唯一無二の存在。

 そんな気分。

 そんな甘ったるい雰囲気を断ち切る様に、ジェニ姫はスッと立ち上がった。


「さ、こんなところでグズグズしてる暇は無いわ。今から行きましょう! グランを倒しに!」


 白いローブをはためかせ、僕を置いてギルドを出ようとする。


「ちょっ、ちょっと待って!」



 次の日。

 僕は廃校になった学校の校舎を安く借りることが出来た。

 そして、こんなビラを街中にまいた。


『ルキ魔法学校生徒募集! ベテラン水属性魔女が丁寧に教えます!』


「ちょっと! このベテラン水属性魔女って私のこと!?」

「え、ええ。はい」

「ベテランじゃ、なんか年寄りみたいじゃない。私、まだ16よ!」

「じゃ、ツンデレとかにしますか……?」

「うっ、うん……。ケンタがそう言うなら……全然いいよっ♡ ……って、デレってこんな感じでいいんだっけ?」


 ジェニ姫って意外にノリがいいというか、ボケ担当って感じだな。


「あの~、募集してますか?」

「はい!」


 おお!

 生徒第一号!

 大人しそうな女の子。

 黒いおかっぱに、小豆みたいな小さな目。

 身体に合ってないブカブカの黒いローブを地面に引きずりながら歩いてる様は、いかにも魔法使いの卵っぽい。


「未成年は保護者の同意があれば入れます。授業料は……」


 僕は学校の説明を始めた。

 まずはカリキュラム。

 もちろん、魔法使いを育てるのは手段であって目的じゃない。 

 ルビーとの約束を果たすため。

 そして、僕は魔法が解かれた瞬間、ジェニ姫の力を借りてルビーを殺す。


 召喚魔法の素質を持つ人間が入校してくれることを、僕は願った。


つづく

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