第110話 美しい金
「ケンタ、あなたがどうしてここに?」
「マリナさんこそ......どうしてここに?」
約10年振りに、僕とマリナは再会した。
マリナは僕より10歳年上だけど、昔のまんまだ。
つまり若々しく美しい姿、そのままだった。
「おお、もう来たか。もう薬は出来ておるぞ」
神はあぐらをかいたまま、マリナを手招きし呼び寄せた。
マリナは僕の横を素通りして行った。
そして、神の横に座る。
神はマリナに小瓶を手渡した。
「ありがとうございます」
黒い液体が入ったその小瓶を、マリナは丁寧に手に取った。
「神様、それは一体?」
僕はそれが何かは何となく分かっていたけど、確かめずにはいられなかった。
「沢山の黒い粒をすり潰して作った『万能薬』じゃ」
僕はマリナがどうしてこれを欲しがっているのか、そして、これを手に入れるための金はどうやって集めたのかを確かめたかった。
「ケンタ」
「はい」
「あなたも、これが欲しいのね」
「は......はい......」
マリナは神に金を渡すと、僕を連れて外に出た。
僕はマリナと久々に会話をすることになった。
神の家を出て、少し歩いたところにある森の中。
そこを二人、歩きながら。
「グランがね、病気なの」
「はい」
「どんな治癒魔法でも、どんな医者でも治せない死を待つだけの病気なの」
マリナの横顔は憂いに満ちていた。
僕はグランにちょっと嫉妬した。
そして、昔の恋人に意地悪な質問をしてみたくなった。
「マリナさんは、やっぱりグランのことが好きなんですか?」
「ふふふ。魔法が解けたから今は、どうだか......。でも、彼は私の大事な息子の父親だから」
自嘲するかの様な笑みを浮かべるマリナは、時が経っても、やっぱり僕の知っている優しいマリナだった。
「ケンタはどうして?」
「はい。僕は、ジェニ姫を助けるために頑張ってお金を貯めました。だけど......」
僕はここに至る経緯を話した。
そして、マリナの持っている小瓶を見つめた。
それに気付いたマリナは、僕に向き直り頭を下げた。
「ごめんなさい」
マリナは、何故、金を用意出来たのか。
マリナはシスターとして、戦争の犠牲になった人々を治癒して回った。
彼女は無報酬を望んだが、助けてもらった人々は彼女に金を払った。
僕もそうであるように、他の人々も彼女の慈愛に触れると、礼をせずにはいられないのだ。
その金でマリナは教会と孤児院を作り、沢山の戦災孤児を養った。
グランも夫として、彼女を支えた。
マリナとグランは沢山の人々に慕われる様になった。
神が望む金額のほとんどは、マリナとグランを慕う人々が少しずつ出しあった美しい金だった。
「マリナさん。僕が戦争で稼いだ金なんて、きっと神様は受け取ってくれません。マリナさんが万能薬を受け取るべきなのです」
僕はそう言って、思っていることを打ち消そうとする。
だが、マリナは見透かしたようにこう言う。
「ケンタ、あなたは優しい。本当は悔しいのに。だって、あなたにとっては憎きグランが生き延びて、愛するジェニ姫が死ぬんだから」
マリナは僕の思いを代弁してくれた。
そして、マリナは意を決した様にこう言った。
「グランに会ってみない?」
つづく
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