第86話 終わっちゃえ、世界

「僕が復讐をしなかったから……」


 私とケンタは床板越しに話す。

 ケンタの決心は揺ぎ無いようだ。

 だけど、諭すように私は言う。


「ケンタ君。君の気持ちも分かるけど、もう手遅れだよ。私達には勝ち目なんて無いよ」


 時間が流れ過ぎた。

 ソウニンはグラン側についただろうし、ダニーも消息不明だ。

 カンストメンバーだって集まらないだろう。

 何よりこれだけ徴兵されたら、反乱軍を作ったとしても加わる国民もいないだろう。

 チャンスを逃した私達は非力だ。

 どうしても復讐を完遂したいなら、私が死んで時間を巻き戻すしか無い。


「それに、あれだけ何度も戦っても勝てなかった」

「え?」

「あっ、え~と。とにかく、あいつらは私達じゃ手に負えない」


 今はループの話をしてる暇は無い。


「早くここを出よう。奴らが大挙して押し寄せて来るわ」

「どこに?」

「どこにって、誰も知らないところよ。そこで一緒に……」


 ケンタは黙った。

 私も何も言えずに黙った。

 永遠かと思えるほどの長い沈黙を破ったのはケンタだった。


「マリナは魔法をかけられているだけだ。だからグランのことを本当に愛していない」


 なるほど。

 魔法の勉強をしていたのはそのせいか。

 ケンタなりに、マリナさんの性格を良く知っているから、魔法に侵されているとあたりをつけたのだろう。

 それにしても凄い執念だ。

 魔法使いでも無いケンタが一から魔法を勉強して、よくそこまで理解出来たものだ。

 私と一緒に住んでいながら、それでもマリナさんを信じていたケンタのことが憎いと思う反面、更に愛しさも増した。


「だから、グランを倒すって言うの?」

「……はい」


 マリナさんを出されてしまっては、もう私の出る幕は無かった。

 私はタンスをずらし、床板を外した。



 私は『ゲーム』のことを思い出した。

 ケンタと一緒に住む様になってから、私はゲームの存在を忘れていた。

 タンスの奥から取り出したそれは、埃をまとっていた。

 STARTボタンを押す。

 世界は魔王率いるモンスター軍であふれていた。

 ゲームも現実の世界も、戦いを放棄したせいで、同じ様な荒廃した世界が広がっていた。



 悲壮な戦いになることは覚悟していた。

 たった二人の反乱。

 もちろん、勝てるはずも無く……


「ケンタアァァァァァーッ! 死んじゃいやぁあっ!」


 私は虫の息のケンタをその腕に抱いて、天に届けとばかりに嗚咽した。

 神様、私達に力をください。

 だけど、空は灰色の雲で蓋をされたまま。

 思いは届かない。


「あら、死んでなかったのね」


 両手に鉄の爪を装備したソウニンが、私達を見下ろす。

 爪の先端からケンタの赤い血がしたたり落ちる。

 グランの城に忍び込んだ私達はあっけなく返り討ちにされた。

 私はケンタを抱く手の平越しに治癒魔法をかけ続ける。


「無駄よ。毒に侵されてるから」


 ソウニンの鉄の爪の先端には、ポイズンドラゴンの猛毒が塗られていた。

 治癒魔法で回復しても無駄だったのはそのせいか。

 私は解毒魔法は使えない。


「ケンタ……」


 ケンタの鼓動が停まった。

 私は、もうこんな世界、どうでも良くなった。


つづく

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