第4話 負け犬で底辺の僕は、ただ立ち尽くすだけだったのだ

 いよいよマリナと誓いのキスを交わす。

 僕の胸の鼓動は高鳴った。

 マリナの真紅の唇が僕の唇と触れ合う--

 まさにその時だった。


「お前ら何をやっておる!」


 軍服の男達が、ドカドカと軍靴を鳴らしながらこちらにやって来る。

 グラン王国親衛隊。

 その真っ黒な集団はグラン王を守るため、国民を矯正するために構成された。

 僕は偉そうな彼らが大嫌いだった。

 参列者は恐れおののいて彼らのための道を作った。


「なっ、何をなされるのですかっ!」


 牧師様が僕らと親衛隊の間に立った。

 マリナのお父さんだ。

 親衛隊のリーダー(多分、この結婚式を邪魔するためだけに編成された部隊の隊長だろう)と睨み合う。


「あの女はお前の娘だな」


 髭もじゃのリーダーはゴツゴツした指でマリナのことを指差した。


「はい」

「グラン王が気に入ったそうだ。今から城に連れて行く。いいな」

「えっ……。娘は今日結婚するのですが……」

「王の命令だ」


 リーダーは牧師様の肩をポンポンと叩いた。

 グラン王国では王の言うことは絶対だった。

 親衛隊はその手足となって動く。


「くっ……」


 僕は怒りよりも怖くて何も出来ない自分に腹が立った。


「ケンタ……」


 マリナが僕の腕を掴む。


 グラン王が嫁探しをしているのは知っていた。

 彼の理想は高く、市井に美しい女がいればこうして連行して自分の物にしていた。

 一体何人の女が犠牲になったか分からない。

 僕は権力を持った彼を問い詰めたい。


 グラン、君は僕とパーティを組んでいた時、女性には優しかったよね?


 だけど、僕は結婚式を台無しにされた挙句、好きな女まで奪われようとしているのに足がすくんで動けない。


「勘弁して下さい! これじゃ娘も可哀そうだが、旦那になるケンタも可哀そうだ! ケンタは魔王討伐のために働いたのですよ。それに免じて許してやってください!」


 牧師様はリーダーの袖をつかんだ。

 リーダーは腰に差した剣に手を伸ばした。

 余りに素早い動作だったので、僕は何が起きたか分からなかった。

 ただ次の瞬間、僕の顔に真っ赤な血が降りかかった。


ドサリ……


 その音と共に牧師様の首が落ち、続けて首を失った胴体が膝をついて崩れ落ちた。

 僕は地面に真っ赤なバラの花が咲いたのを見たんだ。

 マリナの純白のドレスも真っ赤に染まっていた。


「お父様ぁ!」


 泣きじゃくるマリナを隊員5人がかりで馬車に乗せようとする。


「わー!」

「キャー!」


 見せしめとして殺された牧師様の死体を見て皆、逃げ惑っている。

 誰もマリナを助けようとしない。


「まったく。汚いものを切ってしまったわい」


 リーダーは剣に付いた血を振り払いながらそう言った。

 僕を育ててくれた牧師様。

 まるで父親の様だった牧師様。

 マリナのお父さんだった牧師様。

 もう死んだから、過去形の人。

 僕の中に怒りという名の火が着いた。


「ケンタ! 助けて!」


 馬車の荷台に乗せられたマリナと目が合う。

 もうどうにでもなれ!

 僕は怒りを勇気に転化して走り出す。

 必死だった。

 隊員の攻撃をかわし、馬車に追いすがる。

 もう少しで……伸ばした手が、マリナの手と触れ合う。


ゴン!


 後頭部に衝撃を受けた。

 僕は身体が痺れその場に倒れた。

 口の中に砂がじゃりじゃり入って気持ち悪い。

 意識が遠くなる。

 僕はマリナのことを守れなかった。

 このままじゃ、マリナがグラン王に寝取られてしまう。

 だが、負け犬で底辺に位置する僕には彼女を取り返す術も無い。

 何よりカンスト勇者のグラン王に勝てるわけがない。


 一週間後。


 僕は大陸から30kmほど海を隔てた離島にいた。

 『公務を妨害した罪』ということで島流しにされたのだ。

 そこで僕は朝から晩まで強制労働を課せられていた。


つづく

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