第76話 ざまぁ、無い

 どの顔にも緊張の色が浮かんでいた。

 皆、無言で武器と防具を装備している。

 地下アジトには、金属が触れ合うガシャガシャという音だけが響いていた。

 決死の戦いを前にして、皆、無言だった。

 リーダーである僕もいつも以上に緊張していた。


「大丈夫」


 ジェニ姫が僕の隣で囁く。

 緊張でいつの間にか握り締めていた拳を、彼女の細い指が優しくほどく。

 手を繋いでくれた。

 暖かい手の平が、僕の汗ばんだ手の平に触れる。


「ありがとう」

「あ!」

「ん?」

「やっと敬語じゃなくなった」


 ジェニ姫の笑顔はこれまで見たどの笑顔よりも、明るくて美しかった。

 まるでこれから二人でデートにでも行く、そう錯覚してしまうほどだ。

 いかん、いかん。

 グランへの復讐を果たし、マリナを取り戻す。

 僕は気を取り直した。


 だが、僕はこの数時間後、瀕死の状態に陥っていた。


「この程度で、この俺に復讐しようなんざ一億年早い」


 僕の腹を踏みつける全身甲冑姿のグラン。

 暗い闇を宿した瞳で僕を見下ろしている。

 僕は今、まったく動けない。

 四肢をズタズタに切り刻まれ、仰向けでいるしか無かった。

 不思議と痛みを感じない。

 脳が激痛を感じることを拒否しているかのようだ。

 僕は死を意識し始めていた。

 反乱軍は今や壊滅した。


 城の正面から突入するAチームと、地下からトンネルを通り城の内部に侵入するBチームによる挟み撃ち攻撃。

 当初は内通していた親衛隊とのタッグで、反乱軍がグラン軍を押す形になっていた。

 だが、思わぬ助っ人がグラン側に存在した。


 ソウニンだった。


 彼女は僕らの元を離れ、どういう経緯か分からないがグラン側に再び味方していた。

 素早さがずば抜けている彼女を止められる者はいなかった。

 拳に鉄の爪を装着したソウニンは舞踏するかの様に、多数の反乱軍の肉をえぐり切り裂いて行った。

 血の花びらの中を舞うソウニンの動きを止めたのが、ジェニ姫だった。

 ジェニ姫の不意を突いた氷の魔法で足を固められたソウニン。

 だが、武闘家は両の手を組み合わせて『気の球』を発することで下半身が使えずとも応戦して来た。

 反乱軍はそれに戸惑いつつも、ジェニ姫の魔法による連撃で、息を吹き返し総攻撃とばかりに氷の彫像となった武闘家に襲い掛かった。

 一番の難敵を倒し、僕らはグランの間に辿り着いた。

 だが、被害は甚大で残る反乱軍は10人もいなかった。

 明らかな劣勢。

 グラン自ら大剣を持つ。

 そして、無慈悲に残りの手練れ達を一刀両断のもと一掃して行く。


 そして、今。

 瀕死の僕と、その数メートル離れた場所にいるジェニ姫のみ。

 カンストメンバーがいないとこの有様だ。


つづく

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