第77話 さよなら、雑用係

「死ぬ前にいいものを見せてやろう」


 グランは僕らを置いて一旦、奥に引き下がった。

 一体何をしに行ったのか?

 僕はほんの少しの間、生き長らえたことで少し気が緩んだ。


「うぐっ!」


 と、同時に脳が覚醒し激痛が身体中を走り抜ける。

 だが、少しすると痛みが和らいでいった。


「ジェニ姫……」


 僕の少し離れた場所にいるジェニ姫が、小声で唱和している。

 治癒魔法だ。

 彼女が遠隔で僕の身体を癒してくれている。

 あまり得意では無い治癒魔法を、残り少ないMPを使って、一生懸命僕のために。


 僕の頬に涙が伝う。


 私が君を守ってあげる。


 そう聴こえた気がした。


 その声は、グランの醜い笑い声でかき消された。


「はははははははははっ! 見ろ! マリナは俺のものだ! お前の愛した女はこの通りだ!」


 奥から現れたグランの腕の中にはマリナが抱かれていた。

 かつて僕にだけ見せてくれた慈愛と恋に溺れたかの様な表情を、今はグランに見せていた。

 彼女はグランの中で体の向きを変えた。

 二人の顔が向かい合う。


「やめろー!」


 僕は体を起こした。


「やめて! ケンタ! もう逃げて!」


 ジェニ姫が叫ぶ。

 彼女の治癒魔法のお陰でここから逃げ出すだけのHPはある。

 だけど……

 僕はグランとマリナの間に割って入らなければ、狂ってしまう。 


「あああああああああ!」


 僕の手に握られているのは細身の剣ただ一つ。

 こんな装備で勝てるわけないと分かっていても突進せざるを得ない。


「ははは! この女の身体にはな、もう既に……」


 グランがマリナのお腹の辺りを指差す。

 僕の足が意志と反してピタリと止まる。

 

 そんな……


「俺の国を乱した報いを受けろ!」


 グランの両手持ち大剣が、茫然とする僕に振り下ろされる。

 今度こそ、死ぬ。


ドチュッ!


 目の前で白いローブがはためいている。

 それが真っ赤に染まって行く。


「ジェニ姫……」


 左肩から右わき腹まで斜めに切られた彼女は、それでも両手を左右に広げ胸を張ったまま直立していた。


「けっ! お前は今頃、俺の前にのこのこ現れて何しに来た! 婚約破棄されたんだから、お前は用無し!」


 崩れ行くジェニ姫をグランは口汚く罵った。


「ジェニ姫!」


 彼女は僕の腕の中に倒れ込んだ。


「言ったでしょ。守ってあげるって」


 彼女の桜色の唇から血が零れる。

 白いおもてに赤い筋が出来た。


「何で、そんなにしてまで僕のことを……」

「一緒に旅して楽しかった。これからもずっと一緒に……」


 ジェニ姫はもはや意識が朦朧としていて僕の問いにまともに応えられない。

 過去のことが走馬灯の様に脳裏を駆け巡っているのか。


「マリナさんに対して一生懸命な君を見てると、こんな人に愛されたら私は幸せになれるかなあって思ってた。そしたら、いつの間にか、理由ははっきりと……分からないけど、君のこと」


大好きだったよ。ケンタ君。


 過去形にしないでくれ!

 彼女は最後に笑顔を見せて、息絶えた。


「おおおおおおお!」


 僕は、かつてこれほどの怒りを感じたことが無い。

 目の前の諸悪の権化を殺す。

 最後の力を振り絞り、魔王に切り掛かる。


「火事場のバカ力か」


 グランは僕を嘲笑した。

 その直後放たれた閃光の様な一撃を、もちろん非力な僕はかわすことも出来ず、まともに受けた。


 ジェニ姫の横に倒れる。


 最後の力を振り絞り彼女の手を握りしめようとしたところで、僕は死んだ。


勇者の国編 おわり

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