第8章 雑用係と姫のリベンジ編

第99話 再現プレイ

 窓から差す朝日で、目が覚めた。

 胸の辺りが重い。


「左巻き......」


 僕は、僕の胸に頭を乗せ、すやすやと寝息を立てるジェニ姫のつむじを見て、そう呟いた。

 僕と彼女が一緒に住むようになって一週間が経った。

 彼女に強引に押し切られてこの生活を始める形になった。

 今、こんなことになっている(一晩添い寝しただけだが)のも彼女が夜這い(この言葉は彼女の名誉のために今後は使わないでおこう)して来たからだ。

 ジェニ姫が僕のことを好きなのは良く分かった。

 それだけに、今も僕の心の中にマリナがいるのは申し訳ない気がした。


「ん......」


 ジェニ姫が気だるそうに声を上げた。


「おはようございます」


 僕の挨拶にジェニ姫は応えない。

 その代わり、僕の胸に頬を押し当てたままサファイアブルーの瞳でじっと見つめてくる。


「二重顎」


 何を言うかと思えば......


「そこから見ると、そうなります」


 そして、僕はこう続ける。


「姫のつむじ、左巻きだ」

「うるさい」


 ジェニ姫は形の良い頭を、僕の胸からひょいと上げた。

 ベッドから床に足を着くと、ペタペタと歩き、食卓の椅子にこっちを向いてチョコンと座った。


「ここからのスタートもとうとう24回ね」

「はあ?」


 何を言ってるんだこの人は? 

 僕は身体を起こした。


「ちょっと待って!」


 ベッドから床に足を着こうとする僕を、ジェニ姫が右手の平で制す。


「右足から!」

「え?」

「ベッドから降りる時は右足から!」

「はっ、はい」


 僕は右足を床に着けジェニ姫に向かい合う様に座った。


「ま、そこまで再現する必要はないけど、復讐を達成したかったら私の言う通り動いてね」

「......はぁ」


 さっきから言っていることの、意味が分からない。


「あの......」

「何?」

「僕、混乱してます」

「ま、無理もないわね」


 ジェニ姫はコホンと一つ咳払いすると、僕の目をじっと見据えた。


「あるべき未来を一緒に作りましょう」

「え?」

「私は未来から来たの」

「は?」

「信じ難い話かもしれないけど、こういうことなの」


 ジェニ姫の話では、彼女は死ぬ度にこの日の朝に戻るらしいのだ。


「ゲームのセーブポイントと思ってくれたら分かり易いと思う」


 その例えのお陰で、僕も何となく彼女の話が理解出来た。

 でも、まだ半信半疑だった。


「10秒後に地震が来る」

「え?」


 食卓の上の陶器製のカップが揺れだした。


「ほんとだ......」

「信じてくれる?」

「......魔法、使ったんじゃないですか?」

「このやり取りも何回目なんだろう。仕方ないんだろうけど、君はいつも真っさらになるんだよね」


 ジェニ姫はため息をついた。

 僕は彼女の目に哀しい色を見た。


「窓を見て」

「はい」


 窓から丁度見える木。

 その枝に巣を作っている鳥がいる。


「5個産むわ」

「え?」


 鳥は巣にゆっくりと卵を産み始めた。

 1、2、3、4......

 僕はジェニ姫の方を向いた。

 彼女は頷いた。

 そして、5個目。


「おおっ!」


 僕は驚いた。


「鷲に一個獲られる」


 ジェニ姫の予言通り、鷲が飛んで来て巣から卵を一個盗んで行った。


「あ、助けなきゃ」

「ダメ!」


 鋭い声でジェニ姫の声に、僕はビクリとなる。


「......再現、ですか?」

「うん。言ったでしょ。私はある程度先の未来について知識がある。だから、あるべき未来を作りだすために、今をなるべくいじりたくない。それだけなの」


つづく

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