第82話 姉と妹

 私は子供の頃から負けず嫌いだった。

 3歳年上のジェス姉には特に負けたくなかった。

 私よりも綺麗な顔。(長いまつ毛の下にある黒い瞳は子猫の様な可愛さ)

 私よりも透明度の高い澄んだ声。(話す度に世界に色彩が付与されるような)

 私よりもスラリとした高貴な黒猫の様な身体。(一体、お前は何頭身じゃ!?)

 同じ遺伝子とは思えなかった。

 ジェス姉はもちろん勉強も、魔法も、私より出来た。

 お父様からジェス姉と比較されていることを、何となく感じていた私は努力した。

 だけど、相手はフルスペックの姉貴だ。

 勝てなかった。

 結果が全てのお城の中では、お父様は口には出さなかったけど、私よりジェス姉に期待していた。

 他国の王子をジェス姉に婿入りさせて、国を発展させようと考えてたんだろうなあ。

 だけど、ジェス姉は言い寄ってくる王子達には見向きもしなかった。

 カッコいいメルル王国の第一王子が100本の薔薇を持って来ても、心ここにあらずといった感じだった。

 彼女の目はいっつも窓の方を向いていた。

 城の外に広がる城下町。

 その先にあるスラム街の方を見ていた。

 彼女の心は頑なだった。

 だから、大人達の思惑通りにはならなかった。

 そして、魔王ハーデン騒ぎの中、どさくさに紛れて彼女は本当に好きな人と手を取り合って城を後にした。


「ジェス姉……」


 あの夜を今も覚えてる。

 私は寝室で寝間着に着替え、ベッドに入ろうとした。

 窓がコツコツ鳴っている。

 気になって窓のところに行くと、紙を口にくわえた鳥がいる。

 お父様のペット、ササミだ。

 窓を開け、口にくわえた紙を手に取る。


「私は好きな人と一緒に、幸せになります。ジェニも、私に負けない様に好きな人、みつけるんだよ。   ジェスより」


 下を見ると、手を取り合って城の中にある森に入ろうとしている二人の後姿が見えた。

 ジェス姉の隣に、暗くてハッキリ見えないけど粗末な服を着た髪の長い人がいる。

 この人が、ジェス姉の好きな人……


 私の内側から熱いものがこみ上げてくる。

 それが形となって、頬から顎の下を伝い、握り締めた手の甲にポタリと落ちる。


「あっ……」


 目からポロポロ零れ落ちるものをすくい取る。

 私は姉貴に負けたくなかった。

 いつも彼女の背中を追い掛けていた。

 追い抜けない悔しさは、彼女への憎しみもこもっていた。

 だけど、それは彼女に対する憧れと紙一重だった。

 そのことに気付くと同時にもう会えないと思うと、胸がチクリ、チクリと痛む。


 数か月後、ササミの便りで、ジェス姉が死んだことを知った。


 ジェス姉、私、見つけたよ、好きな人。


 姉貴に出来なかったこと。

 それは、好きな人と一生添い遂げること。

 私はそれを達成して、姉貴に勝つ。




 私はケンタと一緒に、グランの国の端っこにあるコンヤガヤマダという村に住むことにした。

 村の中でも特に人通りの少ない湖のほとりにあるログハウスを、持ち主から50000エンで購入した。


「わー、広くて素敵ね。あっ! 暖炉がある! あっ、お風呂は薪で沸かすんだ!」


 私は自分が住んでいたお城と比較して、その色々の違いに新鮮さを感じていた。


「ねっ、ケンタはどう?」

「んー、いいんじゃないですか」


 素っ気ない。反応。

 心ここにあらず、か。


つづく

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