第83話 理想の奥様になりたくて

 引き出しが5つあるの檜タンスに、収納付きのベッド。

 家の中をお気に入りの調度品で揃える。

 玄関には、水晶のドラゴンを倒した時にドロップされた水晶玉を飾る。


「どう? いい感じの部屋でしょ?」

「はぁ……」

「もうっ! いっつもぼんやりして! いい加減、マリナさんのことなんて忘れなさいよ!」


 ケンタはマリナという名前に反応し、一瞬だけ目を輝かせた。

 私は丸くなったケンタの背中をバシッと叩く。


「そればっかり!」




 激しい戦いが嘘だったかの様な平穏な日常を私達は過ごしていた。

 ケンタが湖で釣った魚を、私が近くの街まで売りに行く。

 この村の湖で採れる魚は、街では珍しいらしく高値で取引出来た。

 ま、それでも経費(釣り具と餌と交通費とか)を引くと、生活を維持していけるだけの収入くらいしか残らないけど、私はそれで満足だった。

 一国の姫だった私が、こんな粗末な生活で満足出来ているなんて、自分でも驚きだ。


「今日は、特に珍しい出目金魚が釣れました」


 ケンタは手には、目が飛び出した黒い魚があった。


「わぉ!」


 日に日に、ケンタの釣りの技術が上がっている。

 ギルドで彼のステータスを確認したら『釣りスキル』が加わっていた。

 意外な才能にびっくりだ。


「じゃ、ムニエルにする」


 私は鼻歌を歌いながら、キッチンに向かった。

 特殊な素材で作られたフライパンを戸棚から取り出し、火にかける。

 このフライパンで食材を焼くと、旨味がギューッと食材の中に凝縮されていつもより美味しく焼けるのだ。

 ただ、高価なのと耐久性が低いので、ここぞという食材に出会った時しか使わないようにしている。

 私はジュウジュウ湯気を立てて焼かれる魚に、魔法をかける様にこう囁く。


「美味しくなあれ。美味しくなあれ」


 香ばしい匂いが部屋中に広がる。

 毎日料理をすることで、私の料理スキルもだいぶ上がっただろう。

 ひょいと後ろを向くと、ケンタは食卓の前で黙って座って新聞を読んでいる。


 ばあやが言ってた。


「好きな人の胃袋をつかみなさい」


 ケンタ君、食して見なさい。

 これを食べたらきっと、あなたは私を好きになる。


「美味しいです」

「わぁ、嬉しい」


 醤油(街で売られていたしょっぱくて甘い調味料)をベースにしたタレをコーティングした出目金魚ムニエル。

 ケンタはいつも美味しいって言ってくれるけど、それはお世辞だって分かってる。

 でも、今日の美味しいは語尾が上がってた。

 美味しいものを食べると人は、自然と笑顔になる。

 だから、本当に美味しいと感じてくれたんだ。


「珈琲飲もうよ」

「いや、もう寝ます」


 食事が終わるとケンタは、スッと立ち上がり寝室へ向かう。

 この生活を始めてから一週間が経った。

 一緒にもっと話したい。

 ハッキリ言って、一緒に旅をしていた頃の方が話していた。

 彼の頭の中はまだマリナさんでいっぱいで、私なんか眼中に無いんだ。


「よし」


 私は拳を握り締めた。


つづく

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