第84話 左巻きの姫が夜這いします

「ジェニ姫……」


 ベッドで半身を起こしたケンタは、目を見開き驚きの表情を浮かべている。

 その中に、男子特有の歓喜が少し入り混じっているのを私は見逃さなかった。(男の性ってやつね。まったく)

 向かい合う私はと言うと、白色の寝間着姿。

 腰までの白銀の髪(自慢のね)は洗い立てで、石鹸の匂いがする。

 月光に照らされた私は、ケンタの瞳に真っ白な姿で映り込んでいた。

 心の中はドキドキで火照って真っ赤だと思う。


「……一緒に、寝ていい?」

「え、ええ!?」


 彼は、きっと、そんな経験なんてないんだ。

 ま、私も無いけど。


「横、入るね」


 私がスッと彼の隣に入り込む。


 子供の頃、ばあやが言ってた。


「女性から、仕掛けるものではありませぬ」


 ごめん、ばあや。

 私はこんな風に育ちました。


「姫、だめですよ」

「マリナさんのことがあるから?」

「……」

「私、そうやって嘘を付けない君が好きなんだよ。ずっと旅してて、マリナさんを一途に思う君のそんなところに惹かれたの。おかしな女の子でしょ? だけど、これだけ一人の人のことを思える人が、私のことを好きになってくれたら……。そう思うと、君のこと好きになってた」


 ある時は反乱の前夜で。

 ある時は戦場で。

 シチュエーションは毎回違えど、死ぬ度に繰り返し言って来たセリフだ。

 ループの度にゼロになるケンタにとっては、いつも初めて聞く告白なんだろうけど。


「ジェニ姫……」

「こうして、一緒にいるだけでいい。君の心にマリナさんが住んだままでもいい。徐々に、私のことを好きになってくれればそれでいいから」



 窓から差す朝日が、まどろむ私を徐々に覚醒させて行く。

 昨夜は、私はケンタの胸に頬を押し当てたまま眠ってた。


「おはようございます」


 ケンタも目を覚ましたみたいだ。


「二重顎」

「そこから見ると、そうなります」


 私の指摘にケンタは困り顔で応える。


「姫のつむじ、左巻きだ」

「うるさい」


 こういうどうでもいいやり取りが嬉しい。

 お互いおかしかったのか、二人同時に吹き出した。

 ケンタと私は添い寝だけだった。

 だけど、確実に彼の態度が変わって来たことが分かる。



 それからの一週間はとても楽しかった。

 二人の距離が徐々に近づきつつあるのを私は感じていた。

 ケンタは毎日釣りをし、私は釣った獲物を街に売りに行く。

 夜は一緒に私の手料理を食べる。

 食後のお茶にも付き合ってくれる様になった。


「また、お勉強?」

「あっ……うん」


 ケンタは寝る前に本を読むようになった。

 何を読んでるんだろうって、覗き込むと慌てて隠そうとする。

 チラッと見えた単語は『火、水、土、風属性』。


「あっ、魔法を勉強してるんだ」

「ま、まあ。教養として」


 確かに学問としての魔法は面白いから、はまる人ははまる。

 それにしてもケンタが魔法を……。


「私が教えてあげようか?」

「大丈夫。僕、魔法が使いたいわけじゃなくて、その……、魔法を題材にした小説を書きたいんだ」

「へぇ、書いたら読ませてよ。水属性の魔法使いが弱かったら許さないからね。あっ、魔法で分からないことあったら訊いてね」

「……うん」


 歯切れの悪い返事が少々気になったが、魔法に興味を持ってくれたことは、魔法使いとしては嬉しかった。



 日々は流れた。

 私達の知らないところで、世の中は流れていた。

 悪い方向に。


つづく

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