第108話 一瞬

 僕はジェニ姫を目覚めさせるために、人々にこう呼び掛けた。


「目覚めさせた人には、僕の全財産をあげる」


 この呼び掛けに、沢山の人が押し寄せて来た。


「面白いコントを披露します。笑いで自然と目が覚めるでしょう」


 そう言いながら現れた村人3人組のコントは、僕から観てもちっとも面白くなかった。

 もちろん、ジェニ姫だってクスリとも笑わない。


「我が氣で、目覚めさせてしんぜよう」


 白装束に長髪の祈祷師はジェニ姫の身体に手をかざしたが、わずかに埃が舞うだけだった。


 僕は毎日、期待と落胆の狭間で見悶えていた。


 そんなある日--


 僕の半分くらいの背丈しかない老人が現れた。

 編み笠に袈裟といういで立ちの老人は、小袋を僕の目の前に差し出した。

 そして、こう言った。


「これを飲めば、目が覚める」


 そう言った。

 袋の中には小豆くらいの小さな黒い粒が入っていた。


「これで......ですか?」

「そうじゃ。だけど、一粒しかやらんからな。お試しだからな」


 老人は僕に黒い粒を僕に手渡した。

 僕は果たして、これをジェニ姫の口に入れていいものかどうか迷った。


「もしかして毒かも、とか思っておるのか? ならば今すぐその場で、窓の外に捨てよ」


 老人の言葉が余りに自信に満ちていたので、僕は捨てることが出来なかった。

 ジェニ姫の桜色の唇に黒い粒を当てる。

 吸い込まれるようにして、黒い粒は彼女の口の中に入って行った。

 

「あ......」


 緑色の静脈が浮かぶほど白いジェニ姫の手が、ピクリと動いた。


「姫! ジェニ姫!」


 僕は彼女の手を取り、呼び掛ける。

 やっと、その目が開く。

 僕は期待と嬉しさで胸がいっぱいになった。


 だけど、それは一瞬の出来事だった。


 彼女はまた元の通り、意識を失った。


「お爺さん!」


 自分でも大きな声を上げながら振り返った。

 開け放たれたドア。

 廊下に出ても、もう老人の姿は無かった。




 またあの老人が現れるのではないか、僕は日々そう思いながら過ごしていた。


「あの老人は、『お試し』だと言っていた。ならば、ちゃんとした物を手に入れれば、ジェニ姫を目覚めさせることが出来るのだろうか」


 僕はその老人を、商売のネットワークを使って探した。

 老人はメルル王国の片隅で暮らしていた。


「よく来たな」

「あの黒い粒、あれを譲っていただけませんか?」


つづく

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