第2章 僧侶の国編

第30話 僧侶コブチャの嘘

 南の国の真ん中にある神殿。

 そこで、私は週に一回の集会を開いていました。


「さあ、怪我をしたところを私に見せなさい」


 私は怯えている少女にそう言いました。

 母親に付き添われた少女は恐る恐る私の前に、傷付いた右足を差し出しました。

 パックリと割れた赤い傷口が痛々しい。

 野犬に襲われた時に出来た傷だそうです。

 私は少女の足に手をかざしました。


「おおっ! 見る見る傷が治って行く!」


 母親が喜びの声を上げています。


「コブチャ様。ありがとうございます」


 すっかり元気になった少女は私にお礼を言ってくれました。

 そして、母親が私に『敬意を表したもの』を手渡してくれました。


「私達も、コブチャ教に入ります」

「どうぞ、どうぞ」


 私は彼女達の手を取り、笑顔で応えました。


「私もお願いします!」

「私も!」

「俺も!」


 病や怪我に苦しむ人達が私に懇願して来ます。


「皆! 騙されるな! こいつがやっていることはただの治癒魔法だ。奇跡なんかじゃない」


 一人の荒くれ者が私の奇跡を信じていないようです。


「おやおや、これはこれは。私のところにこうして来たのも何かの縁です。何かお困りですか?」


 荒くれ者は、シャツ一枚にボロボロのズボンという恰好でした。


「ふざけるな! 貴様が嘘の奇跡を起こして、信者を増やしているのはお見通しなんだぞ!」

「またまた、ご冗談を……。私が起こしているのは奇跡です。だから詠唱する必要もないし、MPも消費しません」


 事実、手かざしだけで先ほどの少女の傷を治して見せました。


「くっ……だが、しかし……」

「信じられませんか? ならば信じさせて見せましょう。あれを持って来なさい」


 私は信者に命じて、死体を持ってこさせました。

 昨日、病気で死んだ老人の死体です。


「この老人の家族の願いで、今日の夜、蘇生させる予定でした。ですが、今、皆さんの前で奇跡を起こして見せましょう」


 祭壇に置かれた老人の死体に、私は手をかざしました。

 祭壇と老人は光に包まれました。


「おお? ここは?」


 老人は半身を起こし、辺りをキョロキョロと見渡しています。


「おじいちゃーん!」

「おお! 我が孫、我が娘よ!」


 家族が駆け寄り、暖かい雰囲気に包まれました。

 周りで見ていた人も拍手し始めました。


「どうですか?」


 私は荒くれ者に尋ねました。


「本物の奇跡だ」

「でしょう?」


 男と私の間に理解の輪が出来ました。


「現代の治癒魔法では人を生き返らせたり、欠損した部位を復活させることは不可能です。ですが、私は神に選ばれた人間です。だから治癒魔法を越えた奇跡を起こせるのです」


 荒くれ者は泣きながらこう言いました。


「私も入信させてください!」

「もちろん。歓迎します」


 更に拍手が激しくなりました。




「人を蘇らせるなんて出来るわけないだろ」


 城に戻った私はソファに寝転がりました。


「しかし、皆まんまと騙されてますよね」


 先程の荒くれ者の男。

 この男は私の側近のシーザー。


「死体の役も毎回はしんどいです」


 そう言ったのは、さっき蘇らせた設定の老人。

 彼は執事のカショ。


「私、足にグロい傷作りたくない」


 足に傷を持つ少女の役。

 私の娘(妾の娘)、モモ。

 その横には、母親役のサエ(妾)。


「今日だけで500人も信者が出来たんだからいいじゃないか」


つづく

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