第32話 奇跡の商人

「『奇跡』っていうのは、南の国を治めているコブチャが使うスキルのことよ」


 シヲリがため息とともにそう言った。


「コブチャが……あの男が……」

「知ってるの?」

「い、いや……」


 僕は首を振った。


「彼はこの国の領主であるとともに、この国で流行ってる『コブチャ教』の教祖なの」


 おお、そんな地位に収まっていたのか。


「で、コブチャは『奇跡』っていうインチキを使って、信者を増やしていってるのよ」


 インチキ……

 コブチャらしいな。

 パーティで一緒に戦ってた時も、僕以外のメンバーえこひいきしてた。


 手かざしで人々の傷を治したり、死者を蘇らせるところを披露し、信者を集めているらしい。

 そして、多数の信者から『敬意を表したもの』、つまり金を巻き上げているそうだ。

 コブチャは多額の税金と『敬意を表したもの』を国民から、吸い取り私腹を肥やしていた。


「コブチャはただの治癒魔法使いよ。その治癒魔法を『奇跡』っぽく見せてるだけなのよね。私はあの人を許せない……。だってお父さんとお母さんを……」

「おい、シヲリ。その辺にしとけ」


 愚痴るシヲリをマツヲがたしなめた。


「すまんな。愚痴に突き合わせてしまって。兎に角、この国には大したものは無い。用事が済んだらさっさと帰れ」

「はい」


 僕はマツヲにそう言われ、首を縦に振った。


 翌日。


 マツヲに神殿に連れて行ってもらった。


「お前も変わった奴だな。シヲリの話を聞いて興味を持つなんて」

「はい。商売に興味があるので」

「商売、か。確かにそうかもな」


 沢山の人だかりが神殿の周りに出来ている。

 僕はその後方から、その様子を見ていた。


「おおー! 神様!」


 神殿の暗がりの奥から男が現れた。

 コブチャだ。

 小さな目に曲がった鼻。

 への字の口。

 意地悪そうな顔は変わってない。


「さ、皆さん。今日も降臨しましたよ」


 拍手が起きた。

 老婆に連れられた少女が足を引きずりながら、コブチャの前に現れた。

 少女の足には痛々しい傷があった。

 コブチャは少女の足に手をかざした。

 見る見る傷が治って行く。

 シヲリが言っていた様に、コブチャは手かざしだけしかしていない。

 なのに傷が治った。

 魔法で傷を治すなら詠唱する必要がある。

 だが、コブチャの口元は全然動いていなかった。


「これが『奇跡』か……」


 僕は目を疑った。

 そして、若い男の死体が運ばれて来た。

 祭壇の上に置かれる。


「おお!」


 コブチャが手をかざすと、さっきまで死体だった男は蘇生した。

 歓声が起きる。

 皆、我も我もとコブチャに群がる。


「これで、今日だけで500人くらいが信者になったわけだ」


 マツヲがため息をついた。


「すごいな……」


 マツヲが驚いた顔で僕を見る。


「好きにしろ。俺は止めたからな」


つづく

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