最終話 アンタは私のイラストレーター

 公園のボートの上でお互いの気持ちを確かめ合ってからも、俺と秋月の関係はあまり変化していなかった。


 正式にお付き合いをするのは書籍化作業が終わって落ち着いたらにしよう。

 二人でそう決めたからだ。


 だけど、クラス内では俺と秋月は付き合っているというのがもっぱらの噂になっている。確かに周りの目を気にせず二人で話したり、一緒に帰ったりしているのではたから見ればそう思うのも無理はないだろう。


 夏休みに入ると予想通り秋月は書籍化作業でほとんどの時間を潰し遊ぶ暇など無かった。学校が始まるまでに出来るだけ作業を進めたいと家に缶詰状態だった。


 時々秋月に会って愚痴を聞いたり励ましたりしていた。本人いわく修正の嵐で原稿用紙が毎回修正箇所で真っ赤だったそうだ。








 書籍化作業は紆余曲折を経て無事脱稿し、年が明けて秋月の小説が発売される一週間前の2月14日のバレンタインデーを迎えた。


 俺は秋月と会う約束をして駅前で待ち合わせをしている。今日は平日で学校で授業もあり一度帰宅し着替えてから待ち合わせにしたのだ。

 面倒だから放課後そのまま一緒に行けば良いのでは? と提案したのだが折角だから着替えたいと秋月は言っていた。俺は一緒にいられれば私服じゃなくてもいいんだけど女心とは難しい。


「ごめん、待たせちゃった?」


 秋月が待ち合わせ場所に現れ駆け寄ってきた。今日はバレンタインデーで周りにはカップルばかりであるが、その中でも秋月は華やかさと美貌で一際目立っている。

 そんな美少女の待ち合わせ相手が地味なモブっぽい俺であるのが不思議なのか色々と注目を浴びている。こういうのはもう慣れたけどさ。


「まだ待ち合わせの時間前だし大丈夫だよ。それよりさ……寒いしどっか入らない?」


 駅前の寒空で長い時間待っていたせいで身体は冷え切ってしまい早く暖を取りたかった。


「アンタ凄く寒そうにしてるけど、結構待ってたんでしょう?」


「んーまあね。秋月に早く会いたくてさ」


「もう……そういう事サラッと言ってくるよね」


 秋月は冷気にあてられてなのか照れてなのか頬を赤く染め照れ臭そうにしている。そんな彼女はとても可愛い。

 こんなカップルのようなやりとりをしているが、俺たちは友達以上恋人未満の関係だ。


「時間もあまり無いし夕飯食べて帰ろう。ファミレスでいい?」


 俺たちは高校生だ。お洒落なレストランとかよく分からない。ご飯が食べれて楽しく過ごせればいいんだ。


「うん、献本を渡したいしゆっくり話せる場所にしましょう」


 献本とはサンプルのようなもので、実際に装丁を済ませた売りに出される本と同じ物であるらしい。完成し商品となる小説を渡すのが今日の目的のようだ。けど今日はバレンタインデーなので当然他の期待はしている。



 ファミレスでも安くて美味しいと評判のイタリアンレストランに決める。一人千円もあればお腹いっぱいになれるという財布に優しい高校生には有難いお店だ。


 やはりバレンタインデーという事もあり混雑していたので少し待たされ席に案内された。


「先に注文を済ませよう。秋月は何にする?」


「うーん……私はパスタかな。アンタはどうせ肉でしょう?」


 さっくりと注文を済ませ、今日のメインディッシュに取り掛かる。


「じゃーん! はい、これはアンタにあげる」


 秋月がカバンから可愛い袋を取り出す。中にはまだ発売前の小説が入っていた。


「おおっ……! これが秋月の小説か……俺の本じゃ無いのになんか感動した」


 書籍は俺は何も関わっていないのが完成された本を見ると何故か胸が熱くなる思いだった。


「ああ……GAPAO先生のイラスト最高だな……表紙のデザインも素晴らしい。このデザインだと変更したタイトルの方が合ってるな」


 実は書籍化にあたってタイトルが変更になった。Web版はそのまま『アンタは私のイラストレーター』のまま連載していく。

 書籍版はめざし系らしい長文タイトルになった。


 そのタイトルは――


『小説投稿サイトの作品にファンアートを描いたら、学園一の美少女にやたらと相談されるようになった件』


 ペンを持ったヒロインとペンタブレットを抱えた主人公が背中合わせの構図で、長文タイトルが縦書きで左右に分かれて配置されている。そのジャケットは物書きヒロインと絵描き主人公二人の物語にピッタリだった。


「最初タイトルを変更の話があった時、どうなるかと思ったけど、こうやって完成された表紙のデザインとか見るとプロの人達は色々と考えてるんだなぁって感心させられたわ」


 秋月のいう通りこれぞプロの仕事だなと納得させられる。俺にはそういった経験が足りない。イラストが描ければいいというものではないという事だ。小説をパッケージとしてデザインする能力が必要だと痛感した。


 本をペラペラとめくり挿絵を確認する。


「なるほど……このシーンはこういう表現の仕方があったか……」


 やはり何冊もラノベの挿絵を担当しているイラストレーターの仕事は参考になる。


「ふふふ、なんか楽しそうね」


 子供がおもちゃを与えられた時のように目を輝かせている様子の俺を見て秋月は微笑んでいる。


「そりゃそうさ。この小説に関しては他人事じゃないからなあ。帰ってからジックリ読ませてもらうよ。Web版とどんな違いがあるのか楽しみだ」


「かなり改稿したし楽しめると思うから、後で感想聞かせてね」


 すごい大変だったんだからと秋月は苦笑した。


「ああ、分かった」


 秋月の本をつまみに話は尽きる事なく盛り上がった。

 食事を終えた俺たちは店を後にし、帰る前に少し話そうとこの寒空の中を散歩している。


 そうして二人歩いて着いた先はあの思い出の池のある公園だった。

 誰もいない場所をお互い意識して求めていたせいだろう、二人とも身近にあったこの公園に自然と足が向いたのだろう。


 お互い無言のまま公園内を歩く。

 この寒空の中、人気ひとけはほとんどない。


「そこの自販機で暖かい飲み物買ってその辺のベンチに座らないか?」


「うん……」


 飲み物を購入しベンチに座り、それを一口飲む。

 ほう……と溜息を吐くと白い息が冬空に溶けて消えていった。


「はい、これ」


 ベンチの横に座る秋月がカバンから取り出した可愛いラッピングした包みを俺の前に差し出す。

 俺は無言でそれを受け取った。


「今日はバレンタインデーだから……その……」


 秋月は何か言い辛そうにモジモジしている。


「そ、それは……ほ、本命チョコだからね! どうせ私以外からは誰にも貰えないんだから感謝しなさいよ!」


 秋月の照れ隠しのツンデレは久しぶりに見た気がする。

 

 ――ああ、なんて可愛いんだろう。この不器用で素直じゃないところが可愛くて愛おしい。


「あっ……」


 俺は秋月を抱き寄せた。一瞬驚いた秋月だったがすぐに俺の胸に顔を埋め大人しくしている。


 秋月の柔らかい感触、脳を揺さぶる甘くて良い匂い……久しぶりだった。

 俺たちはまだ付き合ってはいない、だからこういうスキンシップはおろか“好き“という言葉さえあの時以来口にしていない。


「秋月……俺さ――」


「待って! その先は私に言わせて欲しい……今日はそういう日なんだよ?」


 そして秋月は俺から身体を離し真剣な眼差しを向けてくる。


 数秒間の沈黙の後、意を決したように秋月は形の良い口を小さく開いた。


「あなた事がずっと前から好きでした……だから――」


 俺はその言葉を一言も聞き漏らさないように、そして真剣な彼女の眼差しを受け止めながら静かに聞き続けた。


「――私と付き合ってください」


 俺は再び秋月を抱き締めた。


「もちろん。俺でよければ」


「あなたじゃなきゃ嫌」


 胸の中で秋月は小さく呟いた。


 秋月が下から俺の顔を覗き込んでくる。

 もう鼻と鼻が触れるほど接近している。

 秋月が目を閉じた。

 それが合図のように俺も目を閉じ彼女の唇に自分の唇を重ねる。


「んっ……」


 秋月の口から吐息が漏れる。

 最初は軽く触れるくらいのキス。それでも観覧車の時より深く唇を重ねた。

 唇を離すと秋月と目が合った。その潤んだ瞳はまだ足りない、もっとしてと懇願しているように見えた。


 再び唇を重ねる。

 今度はもっと深く唇を重ねた。


「んんっ!」


 お互いに好きでありながらキスはおろか好きという言葉すら交わさなかった。その抑圧されていた願望が叶った今、俺たちは唇を貪りあった。


「ふぁ……」


 そしてまた唇を離し、再び唇を重ね舌を絡める。秋月の俺を背中に回した腕の力が強くなっていく。


「んぁ……」


 どれほどの時間だろうか時についばむように、時に舌を絡めるように俺たちはキスを続けた。


「ぷぁ……」


 唇を離した彼女の瞳を見るとトロンとしていた。その恍惚とした表情は何よりも美しく官能的だった。


「ア、アンタやり過ぎだよ……で、でも……良かった……」


 こん寒空の中、秋月は首まで真っ赤に染めていた。


「ご、ごめん……その……秋月が愛しくてやり過ぎた」


「ま、まあ、それならしょうがないけど……そ、その嫌じゃないし……」


 秋月は満更でもなく怒ってはいないようなのでひと安心だ。


「キ、キスってこんなに気持ち良いんだね……観覧車の時は混乱してたし触れたくらいだったから分からなかったけど……」


 キスを交わし俺たちはベンチでしばらく肩を寄せ合っていた。


「これからも俺が秋月の恋人として側にいてもいいんだよな?」


 何故か不安になってしまい変な質問をしてしまう。


「当たり前じゃない……これからも一緒に小説を作り上げていくパートナーでもあるんだよ」


 恋人というだけでは無く、小説を作り上げていく上で欠かせないパートナーだと秋月は言った。


「最高の小説に見合った最高のイラストを描けるように俺も頑張るよ」


 そして秋月はいう――


「この物語はまだまだ書き続けるの。だから……これからも私たちはずっとずっと一緒だよ」


 だって――


 アンタは私のイラストレーターなんだから



―― 完  ――



―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――


ヤマモトタケシです!

約一年に渡って連載した物語も無事完結いたしました。

カクヨム金の卵にも選んで頂き大変充実した一年になりました。

これも応援して頂いた読者の皆様のお陰です。

あと一話、エピローグを投稿してこの物語は一旦幕を閉じます。

どうぞ最後までお付き合いください。


最後まで読んで面白かった、次回作に期待している等ありましたら評価をして頂けると次回作へのモチベーション、作者の自信に繋がります。

コメントを書かなくても☆1〜3でレビューできます。

お気軽に評価できますのでよろしくお願いいたします。

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