第69話 フレンドリー・ファイヤ
ピピッ! ピピッ! ピピッ!
布団から手を伸ばしスマホのアラームを止める。
「う、うーん……もう起きなきゃ……」
昨晩、秋月から相談があるとメッセージが届いた。どんな相談をされるのか気になりあまり眠れなかった。
今度は秋月に告白されるのでは? などと甘い夢を見てしまっていたからだ。自分でも勘違いが
「そんな訳ないよな」
そんな自分の都合の良い思い込みを否定し、眠い目を擦りながら学校へ行く支度をする。
◇
「おはよう! 冬人」
学校の校門近くに差し掛かった辺りで声を掛けられ振り返る。
「ああ、春陽か。おはよう」
「なにその残念そうな挨拶は? 失礼ね」
寝不足と昨日の告白の件もあり、春陽に対して罪悪感を抱いてしまう。
「い、いや……ちょっと寝不足だったから頭が回ってないだけだよ」
「そんなんで放課後の友火との約束は大丈夫なの?」
「え? なんで春陽が知ってるの?」
「だって私も誘われたんだけど? 冬人は知らなかったの?」
「いや……放課後に相談があるからってメッセージが来ただけで春陽の事は一言も書いて無かったよ。春陽は何の相談だか聞いてるのか?」
「ふーん……私は聞いてるけど……冬人に言ってないって事は友火が直接話したいのかもしれないから今は教えてあげない」
春陽が知ってるって事は色恋の話じゃないよな。わざわざ俺たち二人を呼ぶ理由が無いし。
「そっか、じゃあその時まで聞かないでおくよ」
「うん、そうしてあげて。それじゃまた後でね」
そうこう話している内に教室に到着し春陽と別れた。
◇
寝不足で睡魔と格闘しつつ何とか放課後まで眠気を耐え抜いた。
「アンタ今日は酷く眠そうだったわね。授業中に何回も船を漕いでたわよ」
どうやら秋月に睡魔と格闘している様子を観察されていたらしい。
「ああ、ちょっと昨日寝れなくさ」
秋月の事考えててなんて言えないけど。
「今日は止めとく? 特に急ぎの用事でもないし」
「いや、大丈夫だよ。春陽も誘ってるんだし今日でいいよ」
「そう……分かった。そんなに時間は取らせないから」
「それで相談って何なんだ?」
春陽も呼んでるって事は色っぽい話とかでは無いだろう。そんな事ばかり考える俺は何でも恋愛に結びつける恋愛脳になってしまってるらしい。
「前に新しい小説を書いたら読んでもらうって話したでしょう? 結構書き溜めたから読んで貰おうと思って」
「春陽にも読ませるんだ?」
「春陽に小説書いてるって話をしたら読みたいって言ってて、新作書いたら読ませるって約束してたから」
‘異世界ハーレム‘を春陽に読ませても分からないだろうし、今度はラブコメだって言ってたから内容的には分かり易いかもな。
「友火、冬人お待たせ!」
噂をすればでは無いが春陽が元気よく俺たちの教室に入ってきた。
「今、秋月から聞いたよ。小説読ませてもらうんだって?」
「そうそう、前に友火に読ませてって言ったら嫌って断られてさ」
まあ、異世界ハーレムは人を選ぶからな……。
「それで友火、どこに行く?」
秋月は他の人に小説の事は知られたくないみたいだしカフェとかが無難か……あ、うってつけの場所があった。
「秋月、特に決まってなければオープンスペースがあるネカフェに行かないか?」
「ネカフェってネットカフェの事?」
そういう場所に詳しくは無さそうな秋月が聞き返してくる。
「そうそう、カフェスタイルのネカフェなら三人でも入れるし、ドリンク飲み放題だしマンガも読み放題で安いし」
「賛成! ネットカフェ行ってみたかったんだ。そこにしようよ」
「春陽がああ言ってるけど秋月はどう?」
「アンタはマンガが読みたいだけじゃないの?」
ジト目の秋月に図星を突かれた。彼女の言う通り読みたい新刊が出てるから提案したのだ。
「バレたか。でも三時間で六百円くらいだし、用事が済んだらマンガ読みたいしね」
「まあ、別にゆっくり話ができれば私はどこでもいいわよ」
「んじゃ決まりだな」
秋月の了解を得てネットカフェに決定した。
◇
「うわぁ広いしキレイ!」
エレベーターを降りて目の前に広がるオープンスペースを見て春陽は驚きの声を上げた。
「イメージと全然違って清潔感あるし、これなら普通のカフェと同じように使えるわね」
「秋月のイメージって小汚い個室のネカフェだろ? 今は女性が安心して利用出来るようなお洒落な空間を演出した店が多いよ」
「うん、これなら女性でも気軽に利用できそうね」
俺たち受付を済ませ適当なテーブル席を選んだ。
「あ、カレーが百円だって。やす!」
春陽が壁に貼ってあるポップを指差す。
「春陽、カレーは十五時までだから今は食えないぞ」
「うーん残念。また今度にしよう」
「百円カレーって味はどうなのかしら」
この値段だし秋月の疑問はもっともだ。
「食べた事あるけど普通に美味いよ。量もそれなりにあるし。コンビニでコロッケ買ってきてコロッケカレーにするのもアリだね」
そうする事でボリュームも出て、格安でランチが食べれるのだ。
「あ、それ美味しそう! 二人とも今度はカレー食べられる時間に来ようよ」
春陽はどうしても百円カレーが食べてみたいらしい。
「食べ物を持ち込みできたりする事を考えると、普通のカフェと違って本当に長時間滞在を前提に来る人が多そうね」
秋月の言う通りマンガが大量にあるから時間は何時間あっても足りなくらいだ。
「ちなみに俺は最大十二時間いた事がある」
「アンタそんな長時間いてよく飽きないわね」
「冬人はマンガ好きだもんねぇ」
秋月と春陽は呆れ顔だ。
「別にずっとマンガ読んでるって訳じゃないよ。絵とか描いてて家で集中できない時とか作業の為に使ったりしてるんだよ」
紙とペンさえあればどこでも絵は描けるから、このネカフェは割と重宝している。
「勉強は無理そうね」
マンガの並んだ本棚を眺めながら秋月が呟いた。
「これだけ誘惑があると無理だね。大人しく図書館行けって感じ」
俺も春陽の意見に賛成だ。誘惑が多すぎてここで勉学の類は絶対無理だ。
「それじゃそろそろ小説を読ませて貰おうかな。もう投稿してあるのか?」
ネカフェは時間制でもあるので、とりあえず今回の用事を済ませるように話を進める。
「うん、まだ未公開だけど二人に小説のリンクを送るからそこから読んで」
秋月はスマホを操作し始めた。
「今、メッセージでリンクのアドレス送ったから開けば読めると思う。六万文字くらいあるから全部読まなくてもいいわよ」
「この第一話から読めばいいんだな?」
一話あたり三千文字くらいで二十二話あるようだ。六万文字だと読み終わるまで二時間半くらいかな。
「うん。春陽分かる?」
「大丈夫……ねえ、作者名が‘フレンドリー・ファイヤ‘ってあるけど友火の事だよね?」
「う、うん……」
「これってどういう意味かな?」
春陽がいよいよ秋月のペンネームに突っ込む時が来たか……。
「春陽……それについては聞かないでやってくれ」
俺は秋月にダメージを与えないよう俺は気を利かせた。
「なんかよく分からないけど……友が‘フレンドリー‘で火が‘ファイヤ‘に掛けてるのは分かったよ。いい名前だね」
「あ、ありがとう」
ペンネームを褒められたにも関わらず秋月は微妙な面持ちであった。
「それで小説のタイトルは無いの?」
タイトルとサブタイトルらしきものは見当たらなかった。
「まだタイトル決めてないんだ」
「そっか、じゃあ読ませて貰うね。友火がどんな小説書くのか楽しみ」
「自分の小説を読まれるのって内面を見られてるみたいで凄い恥ずかしいんだから笑わないでね」
イラストの場合も内面が絵に現れるし性癖もバレてしまうからその気持ちはよく分かる。
「笑わないって。それじゃ読ませて貰うよ」
こうしてネカフェで秋月の小説の下読み会が幕を開けた。
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