第70話 その物語で伝えたいこと

 秋月の新作の小説を春陽と二人で読み始める。


 物語は学園もののラブコメで、よくあるクラス一の美少女と冴えない男子生徒の出会いから始まった。


 無言で読み続ける俺と春陽をテーブルに残し、秋月はドリンクを取りに行ったのか本を探しに行ったのか、いつの間にかいなくなっていた。


 ――面白い。でも……俺の勘違いでなければこの設定とキャラクターは……。


 対面に座っている春陽の様子を伺うと目が合う。俺と考えてる事が同じなのだろうか。


 読み続けると所々にエピソード、イベント、どれも既視感を覚えるようなシーンが登場する。


 ストーリーに引き込まれキャラクターも生き生きとしていて、読みやすい文体でスラスラと読めてしまう。秋月はこんなに小説を書くのが上達していたとは驚きだ。


 時間が経つのを忘れるくらい小説を夢中で読んでいると、いつの間にか秋月がドリンクと雑誌を持って席に戻ってきた。

 席に着いた彼女は雑誌のページをめくりながらチラチラと俺たち二人の様子を伺っている。やはり自分の作品が目の前で読まれていれば気になるのは当然だろう。


「ふぅ……ちょっとドリンク取ってくる」


 スマホの小さい画面で読み続けているせいか少し疲れたので小休止を取ろうと席を立った。


「あ、私もいく」


 春陽と一緒にドリンクバーへと向かう。



「春陽は何飲む?」


「自分で入れるから大丈夫」


 ドリンクサーバーの前に春陽と二人で並び、ドリンクが入れ終わるのを待つ。

 コーヒーを抽出しているコーヒーメーカーからローストしたコーヒー豆の香ばしい匂いが漂ってくる。


「ねえ、冬人……友火の小説ってさ……ううん、なんでもない」


 春陽が言い掛けた言葉を彼女は途中で飲み込んだ。


 春陽が何を言いたかったのか少し理解していた俺は聞き返す事はしなかった。

 無言のまま俺と春陽はテーブルに戻った。


 そして再び読み続けること一時間ほど、最後の‘22話“のリンクを開き読み始めてすぐに気付いた。


 ――ああ、そうか……秋月はを知っていたんだ。

 秋月には知られたくなかったな……俺と春陽の心の中にしまっておきたかった。あの事を知った彼女がどう思っているのか怖くて考えることができない。


 俺はスマホから視線を外し春陽の様子を伺う。彼女はまだ22話まで追いついていないようだが最後の話のリンクを開けばすぐに気付くだろう。


「秋月、全部読み終わったよ」


「全部読んでくれたんだ? ありがとう……」


 最後の22話を読み終え秋月に声を掛けると、彼女は嬉しいと頷いた。よく見ると彼女の顔がうっすらと赤みを帯びているような気がする。


「凄い面白かった。早く続きが読みたいけどこの先の展開はもう決まってるの?」


 ありきたりだが率直な感想を伝える。本当に続きが気になる展開だった。


「それは……」


「友火、私も読み終わったよ」


 春陽が返答しようとしていた秋月の言葉を遮った。


「感想はあっちのテーブルで話すから移動しよう。あ、冬人はここにいて」


 春陽は有無を言わさず秋月を連れ、離れたテーブルに二人で移動してしまった。どんな話をするのか凄く気になる。


 一人で手持ち無沙汰になった俺は新刊コーナーで見つけたマンガを読みながら二人が戻ってくるのを待つことにする。




「冬人、ごめん待たせたね」


 何冊かマンガを読み終えた頃に二人が戻ってきた。結構長い時間話していたようだ。


「ここならいくらでも時間潰せるから大丈夫だけどね。それで秋月、春陽の感想聞いてどうだった?」


「あ、うん……面白いって言ってくれた」


 秋月の様子が何かおかしい。俺と目を合わさず恥ずかしそうにソワソワしている。


「それじゃあ、今度は俺から感想言わせてもらうけどいい?」


「えっと……私、用事があるから先に帰るね。アンタの感想は今度聞かせて」


「あ、そうなんだ……じゃあ、また今度な」


 なんか微妙に避けられているような気がする。原因は分かるような分からないような……春陽に視線を送ってみるが彼女は無反応だ。


「うん、ゴメンね」


 秋月は自分の伝票を持ち立ち去っていった。


「春陽、最後の話を読んで気付いたか? 秋月にあの事は知られてしまってるみたいだ」


 体育祭で春陽が怪我した時、医務室での出来事に似たシーンが小説の最後のファイルのエピソードに書かれていた。多分、秋月は医務室に春陽の様子を見に来て目撃したんだと思う。


 ――春陽とのキスを。


 その時の相手が今、目の前にいて思わず春陽の口元を見てドキっとしてしまう。


「うん、それは私もすぐ気付いたよ。それにあの小説は……」


 春陽が何かを言い掛けたが最後まで話す事はなかった。


「なあ、向こうで秋月と何を話していたんだ?」


「それは私からは言えない。知りたいなら友火に聞いて」


 春陽は冷たく言い放った。それを最後に彼女はひと言も話さなかった。


 それから無言の時間は続き、春陽は何か考え事をしているようだ。店内の喧騒とコーヒーカップをソーサーに置く食器が擦れる音が二人の間で響いているだけだった。


「そろそろ俺たちも帰ろうか」


 マンガを読む気分でも無いし、これ以上いても時間の無駄だ。


「ん、そうだね。帰ろっか」


 会計を済ませ店を後に駅へと向かった。


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ヤマモトタケシです。


本日より完結に向けて連続で投稿いたします。

最後までお付き合いください!


この作品のボイスドラマを作りました!

詳しくは近況報告をご覧ください。

https://kakuyomu.jp/my/news/1177354054934102359

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