第71話 ひとつめの結末

 春陽はずっと何かを考えているようで電車に乗っている間も俺たちは無言だった。だからと言って無言の中でも気まずさは無い。そんな関係でいられるから彼女とは何年も友達でいられるんだと思う。


 近くに住んでいる俺と春陽は同じ駅で電車から降り、そのまま家に向かって歩いていく。

 春陽が公園の前でふと立ち止まった。辺りはもう薄暗くなり公園のベンチを街灯が淡く照らしていた。


「冬人、ちょっとそこの公園でお話ししない?」


 俺たちは日の暮れた公園の薄暗い場所に設置されたブランコに腰掛けた。


「ブランコなんて久しぶりだな。何年ぶりだろ?」


「中学生の時にさ、冬人が調子に乗ってブランコを振り過ぎたせいで、落っこちてケガした事あったよね」


 春陽が懐かしい事を思い出したようだが、俺としては恥ずかしい思い出だ。


「そういやそんな事あったな……ブランコで一回転できるんじゃ無いかと思ったんだよね」


 まあ、小中学生くらいだと怖いもの知らずでアホだから、大体の男子はチャレンジした事があると思う。


「ブランコの形も変わったよね。これじゃ立ち乗りできないかな」


 当時のブランコは座る場所がただの板だったから立ち乗りができたが、最近のはヘルメットを逆さにしたようなイスの形をしている。


「俺がケガしたから事故防止対策として変えたのかな?」


「あはは、そうかもね。身を挺してブランコの危険性を訴えたんだね」


 そんな訳あるかとツッコミを入れると春陽は楽しそうに笑った。


 しばらく俺と春陽はブランコを揺らしながら中学時代の懐かしい話に華を咲かせた。


「あのさ……今日読んだ小説……友火と冬人のお話しだよね」


 先ほどまで談笑していた春陽は急にトーンを落とし、ブランコを前後に小さく揺らしながら神妙な面持おももちで話し始めた。


「……」


 小説に書かれた出会いからのシチュエーションや設定を考えると、自分でもそう思うのだが……肯定することができない。


「あの小説はさ……友火が冬人へ宛てた恋文ラブレターなんだと思う」


「ラブレター?」


「そう……友火はさ……見た目華やかで美人だけど引っ込み思案なところがあって、行動や感情の表現の仕方が分からないんだと思うの」


 秋月が何故あんな設定で小説を書いたのか不思議だった。だけど俺にラブレターとして書いた? それはにわかには信じられない、というよりあり得ないのではと思ってしまう。


「気になる人ができて、その人が好きなのか、恋愛感情なのかも分からなくて悩んだ末に小説として表現したんだよ。あの小説の内容はほとんど事実なんでしょう?」


 秋月の小説には水族館でのデートのシーンもあった。観覧車のシーンもあった。そして主人公はイラストレーター、ヒロインは物書きだった。


「ああ……多分そうだと思う」


 もう否定する事に意味はないだろう。秋月もその事を意識して小説を書いたはずだ。


「そっか……悔しいな……」


 春陽は前後に小さく揺らしていたブランコを止め、ブランコに座っている俺の目の前に立った。


「ねえ……冬人。私は中学の頃からあなたが好きだって言ったよね。それは今でも変わらないし冬人と恋人同士になりたいと思ってる」


 春陽の想いが俺の胸を焦がす。こんなに想われてるのかと胸が熱くなる。


「だから……」


 春陽は口元をキュッと引き締めその真剣な眼差しを俺に向けた。


「私と付き合ってください」


 春陽は不安な表情で瞳は潤み今にも泣きそうだった。


 だけど俺は春陽の気持ちに誠実に応えなくてはならない。それがどんな返事であろうと。

 俺はブランコから立ち上がり春陽の目の前に立つ。無人となったブランコがキィキィと小さく揺れる。


「ごめん……俺は春陽とは付き合えない」


 春陽の今にも溢れそうだった片方の瞳から一筋の涙が流れた。


「……分かってた、本当はね分かってんだ……」


 春陽の瞳から堰を切ったように涙が溢れた。


「冬人と友火が惹かれ合ってたのはずっと前から……」


 ポロポロと涙を流す春陽の身体を俺は抱きしめた。


「ごめん……」


 胸の中で涙を流す春陽の頭を撫でながら俺は謝る事しかできなかった。

 

 泣きじゃくる春陽を抱きしめながら、彼女の悲痛な涙に心を痛めた。恋愛をするってこんなにも辛い事なんだ。

 でも、春陽の胸の痛みはもっと大きいはずだ。彼女の心を傷付けた俺は、この胸の痛みを忘れずに受け入れなければならない。


 どのくらいだろうか春陽が落ち着くまで抱き合っていた。周囲はすっかり暗くなり夜のとばりが下りている。


「ん……もう大丈夫……」


 春陽が弱々しく呟き俺の身体から離れた。彼女の温もりが胸の中に残っている。


「もう暗いから送っていくよ」


 この状況で一人で帰らせらせる訳にもいかない。断られても送っていくつもりだ。


「うん……」


 二人で無言のまま夜道を歩く。


「私さ……友火の隣に恋人として冬人がいたら嫉妬してしまうかもしれない。でも……友火の事は大好きだし親友だから今まで通りでいたいの」


「……」


 春陽の言葉に俺は相槌を打つことしかできない。


「だけど……簡単には割り切れないから、少しギクシャクしてしまうかもしれないけど……大丈夫だから……」


 こんな時でも秋月に気を遣う春陽は本当に優しい。彼女の告白を受け入れて恋人になったとしても、俺は幸せで楽しいと思う。

 でも、自分の本心を知ってしまった今、それはできない。


 春陽と夏原という魅力的な女子に告白されても心が動かなかったのは、俺が秋月に対して恋愛感情を抱いているからだろう。

 秋月と春陽と夏原を天秤に掛けることなんて失礼な事はできない。二人は大切な友達だから。


「冬人は友火の事が好きなんだよね?」


 もう誤魔化す必要はない。


「……ああ、好きだ」


 それが本心で全てだ。


「そうやってハッキリ言われると、やっぱり辛いね……」


 春陽は泣いているようで笑っているような表情を浮かべた。


 しばらく歩いていると春陽の家の近くに差し掛かった。


「そこの角曲がったところだから」


 春陽がもう近くだから大丈夫、気を付けて帰ってねと笑顔を浮かべた。無理して笑顔を作っているのがよく分かり心が痛む。


「分かった。それじゃまた学校でな」


「うん、バイバイ」


 春陽と別れ暗い夜道を夏原の事を考えながら歩く。また同じ痛みを彼女に与えてしまうのではと思うと気が重い。


 でも、心はもう決まっている……だから引き返せない。

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