第68話 夏原奏音の思い
「冬人先輩……好きです。私と付き合ってください」
突然の告白。
夏原が自分に対して好ましく思っている事は感じていた。それは絵描きとして尊敬の念を抱いていて一種の憧れなのだろうと勝手に思い込んでいた。
しかし夏原は異性に対する好意を俺に抱いていた。
どう返事して良いか分からないが、何かを言わなければと口を開く。
「えと……」
「あの……」
夏原が上げた声と被った。
「ど、どうぞ」
夏原に先を促す。
「う、うん……返事は今じゃなくていいから……今度会った時に聞かせてください」
「……分かった」
心の準備ができていなかった俺は内心ホッとしている。ズルいとは思うが突然のことで思考が追い付かない。時間の猶予があるのは有り難かった。
夏原は凄く可愛くて魅力的だ。趣味も合うし付き合えばきっと楽しいだろう。
でも、先日の春陽の事もあり今は正直なところ混乱している。俺は誰が好きなんだろうと。
今日の夏原のように魅力的な姿を見せられ告白されればドキドキしてしまうし、春陽に至ってはキスまでしている。魅力的な女子にそんなアプローチをされれば、恋愛経験ゼロの高校生男子が春陽も夏原もどちらも気になってしまうのは仕方が無いと思う。
観覧車で秋月に抱いた感情も含めて考える時間が欲しかった。
「あの……まだ時間もあるしぃ、もう少しここにいませんかあ?」
考え事をしていて無言だった俺に気を遣ってだろうか、まだ一時間以上退室までの時間があるから歌っていこうと夏原が提案してきた。
言葉遣いも普段の夏原に戻っていた。真剣になると普通の話し方になるようだ。
「そうだな、せっかくだし歌っていこうか」
ここで歌っていけば告白の気まずさが少しは無くなるかな、と思い時間まで過ごす事にした。
「先輩わぁ、もう少し練習しないとですねぇ」
退室時間になりカラオケボックスを後にする。結局、告白された事で頭がいっぱいで何を歌ったかもあまり覚えていなかった。
「そろそろ帰ろうか?」
日も暮れて帰るには良い頃合いだ。
「えっとぉ……少し歩いて帰りませんかぁ?」
もう少し一緒にいたいという夏原のお願いで線路沿いを歩いて帰る事にした。
「あ、あのぉ……手を繋いでもいいですか?」
「あ、ああ……」
俺が手を差し出すと夏原は指を絡めるように手を繋いできた。
――こ、これは恋人繋ぎというやつでは⁉︎
「えへへ、こうやって手を繋ぐとぉドキドキするしぃ凄く幸せな気分になりますねぇ」
この繋ぎ方はヤバい……凄いドキドキするし気持ちが良い。このまま繋ぎ続けたら本当に夏原に惚れてしまうんでは無いかと思うくらいだ。
「このままずっと手を繋いで家まで帰りたいでーす」
そう言って、はにかんだ夏原の表情が愛しく感じる。
「夏原、ひとつ聞いてもいい?」
「なんですかあ?」
「俺のどこが良いのかなぁって」
春陽にも好きだと言われ、夏原にも告白されたが俺はイケメンではないしモテる要素があるとは到底思えなかった。だからどこを好きになったのか知りたかった。
「理由なんて無いですよぉ。初めて教室で会った時にぃ一目惚れしましたぁ」
ハッキリ一目惚れとか言われると、それはそれで恥ずかしい。
「でも、一目惚れされるようなイケメンでもないし、この前カラオケで絡まれた時も何も出来なかったし……カッコイイ要素なんて無い気がする」
自分に自信が無いせいかつい卑屈になってしまう。
「別にぃカッコイイ男性だからモテるとか関係ないと思いまぁす。好きになるのに理屈は必要ですかぁ? 私には冬人先輩が一番なんですよぉ」
改めて好きと言われ、恥ずかしさで顔に血液が集まり赤くなっていくのが自分でもわかる。
「あ、もしかしてぇ先輩照れてますかぁ? 顔が真っ赤ですよぉ?」
無言で何も言えなかった俺の顔を覗き込み夏原は茶化してくる。
「そ、そういう夏原だって真っ赤じゃないか」
「す、好きとかって何回言っても恥ずかしいんですからね!」
夏原も実は結構恥ずかしかったようで顔だけでなく首まで赤くしていた。
「ねえ……冬人先輩は私に好きって言ってくれないんですか?」
夏原が急に普通の話し方に変わり真剣に聞いてきたのが分かった。
「え? えっと……それは……」
「冗談です。でも、そう言われたら良いなぁって」
冗談と言ってはいるが本心である事は痛いほどよく分かった。
そんな話をしながら二駅ほど歩いて電車に乗り家路につく。
家の近くまで夏原を送って行こうとしたが、彼女に大丈夫と言われた俺は駅に着くと先に電車から降りた。
「気を付けて帰れよ。それじゃ、また学校かイラスト教室で」
ホームから電車のドア越しに見た夏原は不安そうな表情を覗かせた。今度会う時は返事を聞かされるから不安なのかもしれない。
「はい、今日は楽しかったです。先輩も気を付けて帰ってください」
言い終わった直後に電車のドアが閉まり、俺は動き出した電車を見送りながら一人呟いた。
「どうすればいいんだろ……」
◇
自宅に到着し玄関のドアを開けると目の前に美冬が腕を組んで立っていた。
「ただいま」
「冬にいおかえり。今日は楽しかった?」
「あ、ああ……楽しかったよ」
「そう……それでどうするの?」
「どうするって……何を?」
今日美冬にはどこに誰と出掛けるとか特に話してはいない。だが美冬と夏原は親友同士だ、今日の事を知っていても不思議ではない。それでも敢えてしらばっくれてみた。
「……」
美冬は無言で俺を睨んでくる。私は知ってるんだから答えなさいという無言の圧力を感じる。
「わからない」
俺は正直に答えた。
「はあ……今まで女性に縁の無かった冬にいが三人の可愛い女子に言い寄られたら決められないのも仕方ないわね」
三人って……夏原と春陽には好きと言われたが秋月は何も無い。そう彼女からは何も無いのだ。
「混乱する気持ちも分かるけどちゃんと決めてね」
美冬はそう一言告げてリビングへと戻っていった。
俺は部屋に戻りベットに横になり色々と考えを巡らせる。
今、何も決められないのは秋月の事があるから? 彼女が自分の事をどう思ってるのか分からないから? 夏原に告白されたにもかかわらず他の女の子の事が気になるというのはそういう事なのだろうか?
ピロン♪
ベットに無造作に放り投げていたスマホにメッセージが届いた。
『明日の放課後空いてる? 相談があるから一緒に帰らない?』
メッセージを読んだ俺の心臓の鼓動が急速に高まる。なぜなら……今の今まで考えていた秋月からのお誘いだったからだ。
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