第67話 秋葉原デート(後編)

「結構安く手に入ったな」


 秋葉原で色々なショップを巡り金額を比べ、お目当ての物は安く手に入れることができた。さすがは秋葉原、選びたい放題である。


「先輩のお陰でぇ想像していたよりも安く買えましたぁ」


「お目当ての物は手に入ったし、せっかく秋葉原に来たんだから他にショップ巡りするか?」


「さんせいでーす! 欲しい同人誌もあるんですよぅ。同人ショップに行きたいでぇす」


「となると……コミックうまのあなに行くか」


 今日のメインは夏原の板タブを購入する事だが、せっかく秋葉原に来たのだ、お互いオタクだから気兼ねなく同人ショップ巡りが出来る。ちなみに“コミックうまのあな“とは同人ショップの最大大手だ。




 コミックうまのあなの同人フロアでお互いに欲しい同人誌を物色していると、夏原がある売り場の手前で立ち止まり一点を凝視していた。


「ん? 夏原、なんか気になる本でもあったのか?」


 夏原の視線の先には成人向け同人誌の棚が広がっていた。このフロアは一般向けと成人向けで仕切り等で明確にはゾーンニングされていないようだ。


「せんぱあい、ちょっと見てみましょうよ」


 夏原は成人向けの同人誌に興味津々なようだ。

 しかし……棚に平積みにされた同人誌の表紙だけでも大事な部分が丸出しだ。


「そこは成人向けだから俺たちは入れないぞ」


「今日は制服着てないしぃ、大丈夫ですよぅ」


「ダメダメ、十八歳になったらな」


「先輩も興味あるんでしょう? ちょっとだけですぅ」


 そう言って夏原は俺の腕を引っ張り成人向けコーナーに入っていった。彼女が成人向けコーナーに入ると同時に注目を浴びる。

 これだけ可愛い女子が成人向けコーナーに侵入すると、その気まずさからか蜘蛛の子を散らしたように周囲の客が俺たちの周りからいなくなった。


「うわぁ、凄いですねぇ。肌色でいっぱいです」


 そこに平積みされた同人誌は色々と丸出しな表紙で凄い事になっていた。


「うわ、先輩見てください! このオッパイ凄くないですか?」


 一冊の見本誌を手に持ち、ペラペラとめくりながら中身を覗く夏原。


「うわ! うわ! うわぁ……先輩これ……ちょっと見てください。凄くないですか?」


 夏原に渡された見本誌の中身は男女がくんずほぐれつアレな内容だった。正直いってコメントしづらい。


 イラスト教室の女子生徒も成人向けの本を人前で平気で見ている。イラストを描くオタクな女子はこういうのに寛容な人が多いのかもしれない。というか寧ろ好きなのかもしれない。


 俺は無言で本を閉じそっと元に戻す。


「よし十分堪能したな? これ以上ここに夏原がいると営業妨害になるから撤退する」


 俺と夏原の周りには空間ができ、他の客から好奇な視線を向けられている。


「ええ! もっと見たいです! せめてさっきの本買わせてください!」


「買うのはもっとダメだ。ほら行くぞ」


 駄々をこねる夏原を強引に成人向けコーナーから退場させた。


「もう、冬人先輩のいけずですぅ」


 いけずとかお前何歳だよと突っ込みを入れたいところだが、耳年増な夏原らしいなと思う。


 その後も成人向けフロアに行こうとする夏原と格闘しながら、お互いに欲しい物を買う事ができた。


「そろそろお昼にしないか? お腹空いてきたよ」


「そうですねぇ……それじゃあカラオケにいきましょう!」


「え? なんでカラオケなんだよ?」


「先輩知らないんですかぁ? 最近のカラオケ店わぁランチセットがあるんですよぅ。それにカラオケなら個室だしゆっくりできまぁす」


「へぇ、じゃあ行ってみるか」


 こうしてカラオケ店のランチに行く事に。


「おお、三時間のカラオケ付きで千円とか安いな。あ、土日はプラス三百円か……それでも安いな」


「でしょぅ? 奏音はパスタにしまぁす。先輩は何にしますかぁ?」


「パスタに丼物、ラーメンまであるのか……じゃあ俺はロコモコにしようかな」


「はーい、じゃあ注文しまぁす」


 夏原はこういう場所に来慣れているようで手慣れたて手つきで注文を済ます。彼女の趣味はインドア系だけどコミニケーション能力は高くて、明るく可愛いしクラスでもモテるだろうなと思うと少し複雑な気分だった。


 そんな気持ちになった自分に戸惑う。これは夏原が羨ましいのか? 独り占めしたいという独占欲? それとも嫉妬みたいな感情? よく分からない。なんとなくモヤモヤした気持ちが抱いたのは事実だ。




 ひと通り食事を終え、お互いに同人ショップで買った戦利品の見せ合いを始める。


「先輩、GAPAO先生のイラスト集買ったんですねぇ。奏音もファンなんですぅ。見せてもらってもいいですかぁ?」


 GAPAO先生は成人向けも描いてるイラストレーターさんだが、一般向けの同人誌でも割とエッチな描写が多い。それを女性の夏原に見せるのは戸惑う。


「ま、まあいいけど……」


 これで見せるのを渋ると夏原に色々と突っ込まれそうなので見せる事に。


「わあ、これはエッチですねぇ……」


 本をパラパラとめくる夏原が声を上げた。

 うん……やっぱりそう思うよね。GAPAO先生の着衣エロはヘタな裸よりもエロかったりするし。


「さすがエッチなイラストを好んで描く冬人先輩ですねぇ。素晴らしいチョイスでぇす」


「おい、誰が好んでだ」


「でもぉ、先輩のPixitを見てもエッチなイラストが多いですよねぇ。これわぁ好きでエッチなイラスト描いてるとぉ言わざるを得ないでーす」


 全くもってその通りで反論できない。


「夏原にまで秋月みたいな事を言われるとは思わなかったわ」


「秋月先輩みたいな事って?」


 夏原が急に真剣な面持おももちで身を乗り出し迫ってきた。


「い、いや……秋月によくエッチなイラストを描くのが趣味の男とか揶揄からかわれてるからさ」


 そういえば最近はそうやって秋月に揶揄われる事も無くなったな。というか昼休みとか俺たちのグループに加わる事が前より減った気がする。


「ねえ先輩……こういうエッチなの見たいですか?」


 広げたイラスト集を指差し夏原が聞いてくる。


「それってどういう……なんか夏原の喋り方がいつもと違うし急にどうしたんだ……?」


 秋月の名前を出してから夏原の態度が急に不機嫌になり話し方が普通になっていた。何か不快になる事を彼女に言ってしまったんだろうか?


「そんな事はどうでもいいんです! どうなんですか?」


「そ、そりゃ健全な男子は誰でも見たいとは思う……よ」


 夏原の勢いに負けてしまい正直に答えた。


「そうですか……それじゃあ私が見せてあげます。秋月先輩ほど大きく無いけど……」


 そう言って唇を噛み締めた夏原は恥しげにワンピースの胸元を指で摘み、元々緩く開いた胸元を更に広げる。谷間どころかブラジャーまで見えてしまっていた。


「お、おい! な、何やってんだよ! じ、冗談にしてもやり過ぎだ!」


 夏原の突然の行動に理解が追いつかない。見てはいけないと彼女の胸元から目を逸らす。


「冗談じゃありません。冬人先輩が、あの見本誌みたいな事をしたいなら……その……してもいいです……だから、ちゃんと私を見てください……」


 夏原は俯き顔を真っ赤にし、最初の勢いが無くなり徐々に声が小さくなっていく。


 あの同人誌って……男女が絡み合ったアレの事だ。俺はその内容を思い出し喉をゴクリと鳴らす。


 一体何を言っているんだ? 夏原の言葉の意味がサッパリ分からない。だが真剣な眼差しは冗談を言っているようには見えなかった。


「それってどういう……」


「冬人先輩は本当に鈍感な人ですね……」


 暫しの沈黙の後、唇をキュッと噛み締めた後、夏原がその小さな口を開いた。


「冬人先輩……好きです。私と付き合ってください」

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