第66話 秋葉原デート(前編)

「せんぱぁい! お待たせしましたぁ」


 息を切らし人混みを掻き分け、俺に駆け寄ってくる美少女がいた。

 身長が低く小柄で緩くパーマをかけ、ふんわりとした雰囲気をまとった私服姿の夏原はまごう事なく美少女だ。否が応でも彼女に注目が集まる。

 夏原が俺の部屋に遊びに来た翌週の休日、彼女から買い物に誘われ秋葉原に来ている。


「いや、まだ待ち合わせの時間前だし、そんなに急がなくても大丈夫だったけど?」


 レース生地の涼しげなワンピースに所々フリルをあしらったファッションに身を包んだ夏原は、秋葉原の街角に立つメイドカフェの客引きの女子の誰よりも輝いていた。


「でもぉ、早く冬人先輩に会いたくてぇ走っちゃいましたぁ」


 はぁはぁと肩で息をしながら夏原は両手を膝に付き屈んでいた為、ワンピースの緩くV字に開いた胸元がチラリと見えてしまう。秋月や春陽ほどではないがその膨らみはハッキリと胸の谷間を作っていた。


「そ、そうか」


 目のやり場に困った俺は不自然に目を逸らし、緊張して上手い返事が思い付かずどもってしまった。

 ――え? 夏原ってこんなに可愛かったっけ?

 夏原が美少女である事は十分に分かっていたが、今日の彼女は私服のせいなのか秋葉原でNo. 1と呼べるくらいの美少女だった。


「せんぱぁい、この服どうですかぁ?」


 夏原が見せつけるようにその場で一回転した。ひらりとスカートがなびきフリルが揺れた。そのふんわりとした清楚な姿に俺だけでなく周囲の見知らぬ男共も見惚れていた。


「天使だ……秋葉原に天使が舞い降りた……」

「あの子超可愛いけどどこの店の客引き? ぜひ行きたいんだが……」


 周囲から更に注目を集める夏原。


「………」


「先輩どうしたんですかぁ? なんか言ってくださいよぅ」


「あ、ああ……うん、い、いいんじゃないか?」


 不覚にも見惚れて言葉を失っていた俺は、夏原の声で我にかえったが上手い褒め言葉が出てこない。


「えーそれだけですかぁ? もっと褒めてくださいよぅ……あ! 先輩もしかしてぇ奏音があまりにも可愛くて見惚れちゃいましたかぁ? 照れて言葉にならないとかぁ?」


 夏原には俺が照れているのがバレたようでニヤニヤとしている。


「……本当に似合ってる。まるで天使が舞い降りたようだ。その辺で客引きしてるメイドさんなんかメじゃないくらい可愛いぞ」


 客引きのメイドさん達を敵に回しそうだが、このまま夏原にドヤ顔されてるのも癪なので開き直って歯の浮くようなセリフでベタ褒めしてみた。


「せ、先輩、そんな褒められたら恥ずかしいですよぅ……でも、嬉しいですぅ」


 夏原は頬を赤く染め俯いた。


 ――あ、やべ。マジで夏原がカワイイんだが……。

 照れて恥ずかしがっている彼女はマジで天使のようだった。


「じゃあ、褒めてくれたお礼に……」


 そう言って夏原は俺の右腕に自分の腕を絡めてきた。


「今日はこうやって腕を組んで買い物しよ」


 抱き付いてきた夏原の、控えめだが柔らかい胸の感触が右腕に伝わってくる。


「おい! 何だよあの男羨ましいぞ!」

「オプションいくらなんだろう? お店どこ?」


 俺たちの注目度は休日の秋葉原でMAXになっていた。


「お、おい……目立つから腕を離せ!」


「イヤですぅ。今日わぁ最後までこうやって買い物ですからねぇ」


「ほら、誰か知り合いに見られたら誤解されるだろ」


「冬人先輩は誤解されたら困る相手がいるんですか? 例えば……秋月先輩とか」


 夏原の口から意外な人物の名前が飛び出した。秋月の名前を聞いた俺は一瞬ドキッとしてしまい、それが顔に出なかったかと心配になる。

 そして秋月の名前を口にした夏原の顔が一瞬曇ったように見えたのは気のせいだろうか?


「い、いや別にそんな事はない……けど」


 もし秋月に夏原と腕を組んで歩いているのを見られたら……どう思われるだろう? そう考えた事は否定できなかった。


「だったら別にいいじゃないですかぁ。今日わぁデートなんだからデートらしく腕を組みましょうよぅ」


「どこがデートなんだよ? 今日は夏原の板タブを買いに来ただけだろ」


 そう、今日は先日俺の部屋に夏原が来た時、試しに描いてみた板タブが彼女に合っていたとの事で板タブを買いに来たのだ。決してデートでは無い。


「でもぉ、本当わぁ、こんなに可愛い女の子と腕を組んでデートできるんだから嬉しいですよねぇ? 羨望の眼差しを向けられて優越感に浸れますよぅ」


 今日は何だか夏原の私可愛いアピールが凄い気がする。確かに可愛いし腕を組んで歩けるなんて嬉しいけど。


「わ、分かったよ。今日だけだからな。ま、まあ、正直言うと嬉しくない訳ではないし……」


「もう、冬人先輩わぁ素直じゃないんだからぁ。でも、奏音嬉しいです!」


 夏原は俺の腕に絡めた腕をギュッと自分の身体に引き寄せ全身で嬉しさを表現していた。

 でも、正直言うと夏原の柔らかさが腕に伝わり、ドキドキが止まらない俺は最後まで保つのだろうかと心配になった。

 今まで女性とお付き合いをしたことが無い俺は、当然の事だがそういった免疫は皆無だ。最近は秋月や夏原、春陽といった美少女と仲良くしているが、あくまで友達であり身体的接触がある訳でも……いや少しあったか……観覧車、動物園、医務室……当時の事を思い出し自分の顔が熱くなるのを感じた。


「先輩どうかしましたかぁ? 顔が赤いですよ? あ、もしかしてぇ奏音と腕を組んでるのが恥ずかしかったりして照れてますかぁ?」


 ゴメン……今は秋月と春陽の事を思い出して顔が赤くなったんだ。


「そう言う夏原も顔が赤いぞ」


 罪悪感を誤魔化すために話を逸らした。

 夏原も本当は恥ずかしいのか、俺を揶揄からかいながらも薄らと頬を染めていた。


「こ、これは走ってきて体が暑いせいです! 陽気のせいです! もう、買い物行きましょう」

 

 そんな俺の罪悪感も知らず無邪気な夏原に腕を引っ張られ、秋葉原デートがスタートした。

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