第8話 二人の秘密(中編)

 ――フレンドリー・ファイヤ……?


 神代くんの呟いたその一言で全てを悟った私は、慌てて神代くんの手を掴み、教室から廊下に半ば強引に彼を引っ張り出した。


「お、おい」

「いいから! こっち来て!」


 私にいきなり手首を捕まれ、殆どの生徒が帰宅して人気ひとけの無い放課後の廊下まで、半ば無理やり引っ張り出された神代くんは、呆然としたまま言葉が出ないようだ。


 ああ……そうか……『Fuyuto』は神代くんだったんだ……


 私の小説を読み、気に入ってくれてイラストを描いてくれた、ついさっきまで教室内でメッセージのやり取りをしていた、そんなスマホやパソコンの画面を通してだけの近いようでいて遠い存在が、実はこんな身近にいたクラスメイトだったなんて、驚きと同時に嬉しさのようなモノが込み上げてくる。


「もうお互い分かっているとは思うけど……」と前置きをし、私は「神代くんが“Fuyuto”なんだよね?」と未だ呆然としている神代くんに問い掛けた。


「あ、ああ……」


 神代くんは絞り出すように肯定した。


「そっか」


 神代くんも何か思うところがあるのだろう、歯切れの悪い返事だった。クラスメイトではあるが、お互いロクに話した事も無い異性と突然、思いも寄らない接点が出来たのだから戸惑うのも無理は無い話だと思う。


 私だって突然クラスメイトの男子に小説を書いている事と、その内容までも知られてしまい、恥ずかしくて彼の顔を見るのが恥ずかしい。

 だけど……そういう思いとは別に、今まで誰にも話す事の出来なかった、小説という私の一部を、誰か知ってる人と共有出来た事が嬉しくもあった。知られたくないけど知ってもらいたい、そんな矛盾した気持ちを抱えていた事も事実だ。


「秋月さんがフレンドリー・ファイヤなんだよな?」


「そうだよ、初めましてFuyutoさん」


「えーと……初めまして、フレンドリー・ファイヤさん?」


「うん、この度はイラストを描いてくれてありがとうございました」


 私は直接お礼を言える事が嬉しくて、お腹の前で手を重ね、丁寧に腰を曲げ、まるでメイドがご主人様を迎えるような仕草で感謝の言葉を伝えた。


「でも、その呼び方は学校で止めて欲しいかな。学校の人には小説の事は内緒にしてるから」


「そうか、じゃあ秋月さん?」


「友火でいいよ」


「でもなあ、いきなり下の名前で呼ぶのはハードルが高いというか何というか……」


「じゃあ、上でも下でもどっちでも良いよ。呼び易い方で呼んでくれれば。でも……ペンネームでは、ぜーーーったいに呼ばないでよね! もし、みんなにペンネームバラしたら神代くんのPixitにエッチなイラスト載せてるのバラしちゃうからね!」


「え⁉︎ 言わない言わない! 絶対にバラさないからそれだけは止めて!」


「くそー、何でこんな事に……」


 頭を抱えている神代くんが面白くてクスクスと私は笑ってしまった。


 その笑ってる様子を見た彼は言う。


「俺にとっては笑い事じゃないんだぞ。今後の学校生活を二次元美少女オタクの烙印を押されて過ごすかに掛かってるんだからな」


 確かに二次元美少女好きとかクラスで烙印を押されてしまったら、一部の理解できない層にはオタク扱いされる事は予想できる。だけど私は自身もあんな小説を書いているので、二次元美少女とか特に抵抗は無いし理解もある。というか美少女は好きだしね。


「Fuyutoさんが神代くんで良かったよ」


「そ、そうか……なら良かった」


 少し照れた神代くんの反応を見て、自分で大胆な事を素で言っちゃった事に気付き、恥ずかしくなり、続けた言葉で更に恥ずかしい事となった。


「え、えっと……身近にいる人で良かったなって事で、か、神代くんが良いなって事じゃないんだから……か、勘違いしなでよね! と、とにかく拾った私に感謝しなさいよ!」


 ――どこのツンデレキャラの台詞なのよ! と自分でツッコミを入れてしまいそうになった。


「お、おう」


 神代くんも若干引き気味だ。


「じ、じゃあ教室に戻るね。神代くん、呼び止めちゃってごめん。また明日学校で」


「ああ、俺はこのまま帰るよ。イラスト拾ってくれてありがとな。あのまま他の生徒に拾われてたら面倒になったかもしれなかったし。イラストの事はクラスメイトには内緒にしてくれよな」


 神代くんが言う面倒とは、彼が美少女の絵を描いているのがクラス内でバレる事だろう。


「うん、誰にも言わないよ。今日、私が拾ったのも何か縁があったのかもね」


 そう、偶然だがきっと何か縁があるに違いない。確信に似た何かを私は感じた。

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