第84話 ファーストコンタクト

 父がメールに書かれていた不死身書房の連絡先に問い合わせをして、担当の方と直接会って話をすることになった。


「うわあ、本当に不死身書房に来ちゃったね」


 私は不死身書房本社ビルの前に立ち、驚きの声をあげる。


「本当、本社ビルで打ち合わせとなれば、さすがに詐欺とか疑う必要はなくなったわね」


 今回の初顔合わせでは担当と私の都合で学校が終わってからの時間になり、父は仕事を抜ける事ができなかったので、母に付き添われて打ち合わせにやってきた。


 受付で面会の確認をとり会議室らしいところに通され待つこと数分、若い女性と中年の男性の二人が部屋に入ってきた。


 入ってきた二人が私と母を見た時少し驚いたような表情になったのは気のせいだろうか?


「お待たせしました。私が今回、担当をさせていただきます豊橋真奈美とよはしまなみと申します。こちらは上司の奥沢正記おくざわまさきです」


「編集長の奥沢です。こちらが出向かなければいけないところを、わざわざご足労頂きありがとうございます」


 そう言って豊橋さんと奥沢さんは名刺を差し出してきた。


「ご丁寧にありがとうございます。私、名刺を持ち合わせていないもので、こちらは主人の名刺になります」


 母は専業主婦なので代わりに父の名刺を二人に渡した。


「それにしても……最初に電話でお話をした時に高校生のお子様が書いた小説と伺ってはいたのですが、まさかこんな美しい娘さんだったは思いませんでした」


「編集長、そういうのはセクハラになり兼ねないから発言には注意してください」


 隣で話を聞いていた豊橋さんが小声で編集長に釘を刺す。


「おっと、失礼しました。つい本音が出てしまいました」


「いえいえ、全然気にして無いですよ。娘は私に似て美人なのでもっと褒めて頂いても一向に構いませんよ。うふふ」


「ち、ちょっとお母さん……恥ずかしいからやめてよね」


 普通は謙虚になるところだけど、ちょっと天然気味の母親はもっと褒めろか言い出した。しれっと私も美人とアピールしてるところが我が母親ながら凄いと思った。


「ははは、そうですか。美人のお母様の許可も出た事ですし、遠慮なくそうさせて頂きます」


 緊張感があった場の雰囲気も和らぎ私もリラックスして来た。

 編集長もそういった気遣いをしてくれたのかもしれない。でも、豊橋さんがジト目で呆れたように編集長を見てるところを見ると、普段からそういう人なのかもしれない。


「それでは、ここからは私が契約書に書かれた項目の詳細を説明をさせて頂きます」


 豊橋さんがコホンと咳払いをして、場の空気を入れ替える。


「この契約書は一度持ち帰って頂いて、ご主人を交えて十分に検討した上でお返事を頂ければと思います」


 ここからは契約に関する説明で母親が中心に話を聞いていた。私も黙って聞いていたが正直よく分からなかった。



「ここまでが契約に関する説明になります。ここまでで何か質問はありますか?」


 豊橋さんが説明を終え、私と母の顔を交互に見やる。


「大丈夫です。この後、主人に説明しますので何か分からない事があれば連絡します」


「はい、電話でもメールでも結構ですのでその時はご連絡ください。それでは続いてスケジュールに関してお話をしていきます。ここからは実際に作業をする友火さんによく聞いて頂きたいと思います」


「は、はい、分かりました」


 スケジュール……歩夢は大変だと言っていたが、どんな無理難題になるのか私は不安を隠せなかった。


「友火さんの作品は来年の二月に出版を考えています」


 来年の二月……まだ半年以上先の話だけど、それが長いのか短いのかサッパリ分からない。


「初稿を早く出して頂ければ、次の初校の提出期限まで余裕ができます。契約が早ければ早いほど作業に早く取り掛かれるので、夏休みを有効利用できるかと思います」


「えっと……“しょこう“というのが二回あったんですがどういう事ですか?」


「“初稿“というのが友火さんに最初に提出してもらう原稿です。そしてその原稿に編集が矛盾点や、統一表現、冗長表現、編集のアイデア、再考など修正点を出していくので、それを元に書き直したのが“初校“になります」


 豊島さんがメモ紙にそれぞれの漢字を書きながら説明してくれた。


「な、なるほど……なんか大変そうですね」


 聞けば聞くほど自分には出来るのだろうか? と不安になってくる。


「大丈夫ですよ。私たちが全力でバックアップしますから安心してください」


 豊島さんは優しい笑顔で私を励ましてくれる。女性の担当で本当に良かったと思う。



「これで出版までの大まかな流れになります。何か質問はありますか? なければ今日の打ち合わせは終了とさせて頂きます」


 こうして出版までの話を詳細に説明してもらい最後の質問となった。


「あの……挿絵の件なのですが」


 その件は途中で説明があり、編集の方から何人かピックアップするみたいだけど、好きなイラストレーターなのど希望があれば話だけは聞くと言っていた。そのイラストレーターさんにオファーを出せるかはまた別の話であるみたいだけど。


「はい、イラストの件ですね?」


「今、Webで連載してる小説には絵が付いているのはご存知とは思うのですが、その人に挿絵を依頼する事はできるのでしょうか?」


 私の作品にアイツ以外のイラストが付くのは想像ができなかった。だから書籍でもアイツに描いて欲しかった。


「“Fuyuto“さんの事ですね。Pixitで拝見しましたが商業レベルでも十分通用するレベルの絵描きさんですね。その方が希望と?」


「はい……実はその人は同級生で友達なんです。二人三脚で作ってきた小説なので可能であれば候補に入れて頂ければと思いまして……」


「うーん……同じ高校生ですか……」


 豊橋さんは自分では判断できかねるようで編集長を横目で見やり、意見を求めている。


「私もそのイラストは拝見してますが、実力は十分だと思います。ただ……私たちは友火さんの小説を絶対に成功させたいと思っているので、知名度の高いイラストレーターを起用して話題作りも考えています。しかし、Fuyutoさんは実績がない。納期を守れる人なのか等のビジネス上での経歴がないので今回は難しいと言わざるを得ないでしょう」


 編集長の意見はもっともで、善意で書籍を出版するわけはなくビジネスだという事が前提にある。


「はい……分かりました……」


 絵が上手いというだけでは通用しない世界のようで、分かってはいても少しガッカリしてしまう。


「友火さん、気を落とさずに。Web版と書籍版で違ったイラストというのも面白いし、話題性もあるんじゃないかと思います。ねえ編集長?」


 落ち込む私に豊橋さんが気を遣ってくれている。


「そうですね……Webの連載は編集の手が入らない友火さんの生の原稿でもあり、書籍版と差別化はできると考えます。だから可能であればFuyutoさんにはそのまま続けて欲しいと個人的には思います」


 そうよね……Web版は私たちのノンフィクション、誰にも変えてほしくは無い物語。書籍版は売る為に話が変わるかもしれないフィクションのお話。

 そう考えればこのままの方が良いのかもしれない。


「あらあら、あの小説のイラストはお友達の同級生だったのね? もしかして男の子で彼氏とか?」


「えっ⁉︎ ち、違うから! 男の子だけど彼氏じゃないから!」


「うふふ、今度うちに連れてきて紹介してね」


「だから、彼氏じゃないって言ってるでしょ……もう」


「あら、まだって事はそうなるかもしれないのね。もしかして……二人の馴れ初めを小説にしたのかしら? 友火ったら大胆ね……お父さんが知ったら大変そうだわ」


 編集の二人を前にひどく個人的な家庭のやりとりをして恥ずかしいにも程がある。


「あ、あの……お見苦しいところをお見せしました……」


 私は母に変わって編集の二人に詫びした。


「いやいや、作家とイラストレーターが恋人同士とはそれもまたドラマチックですなぁ。わはは」


 編集長は心底楽しそうに笑った。違うって言ってるけど編集長の中では確定事項のようになっていた。


「あ、あの……恋人ではなんですけど……」


「編集長、友火さんが困ってるじゃないですか。ほどほどにして下さい」


 そう言って編集長をなだめる豊島さん。なんだかこの二人なら上手くやっていけそうな気がする。


「それでは、質問は無いようなので、本日の打ち合わせはこれで終了とさせて頂きます。良い返事を頂ける事を私並びに編集部一同お待ちしています。お時間を頂きありがとうございました」


 こうして編集の人とファーストコンタクトは終わった。不安ではあるけれどやってみようかな? と前向きになれた初顔合わせだった。



 出版社のビルを出て母と二人で歩きながら先程の話をしていた。


「お二人とも、とても良い方で安心できそうね」


 編集長と言われてもっと堅苦しい人かと思ったけど、予想に反してお茶目な感じの人だった。


「うん、あの二人なら一緒にやっていけそうな気がする」


 実際の作業になってみると別なのかもしれないが、今回会った二人となら乗り越えられそうな気がした。


「まずはお父さんに今日の事を報告しましょう。彼氏のことも……ね?」


「だから違うって言ってるでしょう……もう……」


 母が父に変なこと吹き込まなければいいのだけど……でも、私の書籍化への道が少し開けたような気がした。

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