第85話 三人の本音、そして裸の心
学校の昼休み、私は一年生の教室の近くである人物が教室から出てくるのを待っていた。
しかし待てど一向に出てくる様子がなく昼休みの終わる時間が刻一刻と迫り私は焦っていた。
――誰かに呼んできてもらうしかなない。
そう思った私はちょうど教室の入り口から出てきた生徒に声を掛けた。
「私、二年の秋月と言います。夏原さんを探しているんですが、教室にいるようでしたら呼んできて頂けますか?」
夏原さんのクラスメイトであろう男子生徒にお願いする。
「え、ええ⁉︎ あの有名な、あ、秋月先輩⁉︎ ち、ちょっと待ってて下さい」
そう言って男性生徒は教室の中に戻って行った。私、有名なの? 何かやらかして有名になったのか考えてみたが思い当たる事はなかった。
『お、おい、あの秋月先輩が夏原を探してるぞ。今近くで話したけど凄い美人で声も可愛かった。なんかメチャいい匂いがしてマジでヤバかった』
先ほどの男子生徒だろうか、誰に話し掛けてるか分からないけど教室の中からそんな声が聞こえてきた。
――いい匂いって? 恥ずかしい……このクラスで私はどんな噂を立てられているのだろう? かなり気になる。
そんな事に頭を悩ましていると教室から先ほどお願いした男子生徒が再び教室の入り口から顔を出した。
「あ、秋月先輩! 夏原に声を掛けてきたので直ぐに来ると思います!」
「大事なお昼休みの時間にありがとうございます」
「いえいえ、気にしないで下さい! 俺なんかで良ければいくらでも使って下さいね!」
嬉しそうに教室へと戻っていった元気な男子生徒と入れ替わるように待ち人は現れた。
「秋月先輩がぁ教室に来たせいでぇ男子が騒ぎ始めてうるさいしぃ迷惑なんですけどぉ」
この独特の話し方は顔を見なくても夏原さんだと分かる。
「お休み中に呼び出してごめんなさい」
「そうですよぅ、ホント迷惑でぇす。それで、何の用ですかぁ?」
夏原さんの態度にはいつも以上に刺々しさを感じる。本格的に嫌われてしまったのだろうか。
「えと、その……き、今日の放課後、お話がしたいの。授業が終わったら屋上に来てもらえないかな?」
「え? 嫌ですよぅ。別に秋月先輩と話すことなんて無いですから」
私とは話すことはないとハッキリ拒否されてしまうとやはり悲しいものがある。同じ相手に好意を持ってしまった事で溝ができてしまったというなら、もうどうする事もできないのだろうか?
「これが最後でもいいから……お願い」
「……そんな風に先輩に頼まれたら断れないじゃないですか。分かりました……放課後屋上に行きます」
「ありがとう。無理を言ってごめんなさい」
私の言葉を最後まで聞かずに夏原さんは教室へ戻っていってしまった。何とか約束はとりつけたが彼女のそっけない態度は私の心を
しかし、いくら私が傷付こうとも現実受け入れなくてはならない。
◇
放課後、ホームルームが終わり人目を
――夏原さん……まだ来てないみたい。
私は階段から屋上に続く扉から少し離れたところで夏原さんを待った。
「秋月先輩、こんな所に呼び出して私に告白でもするつもりですかぁ? まあ私は願い下げですが」
扉から現れた夏原さんはその足取りと同じように軽い口調で私に近付いてくる。軽い口調と裏腹にその言葉は刺々しく聞こえた。
彼女がいう告白はあながち間違ってはいない。今から私は彼女に告白するのだから。
夏原さんが目の前で立ち止まる。背の低い彼女は見上げるようにして鋭い眼差しを私に向けた。
「それで話って何ですか? 手短にお願いします」
夏原さんの言葉と表情には私とあまり話したくないと語っているように感じた。
「一つ目は私の新作の小説に書籍化のオファーがありました。私はそれを受けるつもりです。これは大切な友達に報告しようと思ってます」
書籍化のオファーという話を聞いた彼女は一瞬表情を変えたが、直ぐに感情を感じさせない表情になった。
「それは驚きました……おめでとうございます。私は読んでいませんが人気だったのは知っています。今は読もうと思えないですがいつか読ませて頂きます」
夏原さんは無表情で淡々と喋っている。その表情からは彼女の今の気持ちを
「ありがとう。いつか読んで貰えるようになる日が来るのを私は待っています」
あの小説を読んで貰いたいと思うのは私のエゴを押し付けているだけ。そしてこれから話す事はエゴそのもの。
「一つ目はと言っていたからまだあるんでしょう? 話したいことが」
書籍化の事はいずれ話すつもりでいたけど、本当に話したいことではない。今から話すことが私にとって大切なこと。
これを夏原さんに話すことに意味があるのだろうか? そんな事を考えてはダメ。私はマイナスな考えを振りきり覚悟を決めた。
「私は……神代くんの事が好きです」
これは私にとって前に進むためには重要なこと。そして夏原さんにとっては私のエゴの押し付けでしかない。
「それは……ライバル宣言のつもりですか? だとしたら今更遅いし無意味です。秋月先輩は告白するなり好きなようにして下さい。そして振られてくれれば私も少しはスッキリするかもしれないですから」
――今更遅い? 無意味?
「それはどういう……」
「そのままですよ。私は――」
夏原さんは一瞬言葉を詰まらせた。彼女は一瞬、悲しい表情を見せすぐに元の無表情に戻った。
「私は……冬人先輩に告白して振られました。好きな人がいるって……だから、今更そんな話を聞かされても私は……あなたのライバルですらないんです」
私が知らないところで夏原さんは告白し、そして振られた。だからアイツは私に告白をしたのかもしれない。それを思うと目の前にいるまだ幼さを残した後輩に対して申し訳ないと思ってしまった。
「ごめんなさい……」
「なんで秋月先輩が謝るんですか? 振られた私への
「秋月先輩はズルいです……今更、冬人先輩が好きだなんて私に話したのは、冬人先輩があなたの事を好きだと知っていて振られた私への罪悪感を誤魔化す為の自己満足でしょう! あなたはそれが分かっていて私に自分のエゴを押し付けた!」
私の申し訳ないという気持ちは夏原さんにとって
「それであなたは満足しましたか。私が悪いんですって……恨まれても仕方がないって」
「私はあなたが
夏原さんは無表情だった先ほどまでとは打って変わり、激情に身を任せるように私へと本心をぶつけてきた。
そして私はその全てを正面から受け止める。逃げる事は許されない。
「嫌い……あんたなんか大っ嫌い!」
夏原さんは、その一言を残し階段へと続く扉へと走っていった。
私はその姿を見送るしかできなかった。だって……私には何かを言う資格なんて無いのだから。
夏原さんの後ろ姿を何もできず見送りながら悲しみが込み上げてくる。
恋をするとはこんなにも辛い事なのだろうか?
私は胸を締め付けられ今にも溢れそうな涙を
彼女はもっと苦しいのはずだ……だから今、私が泣く訳にはいかない。
「友火、奏音ちゃんは大丈夫だよ」
私の背後から不意に声を掛けられた。それは聞き覚えのある優しい声だった。
「美冬ちゃんが階段の下で奏音ちゃんを待ってるはずだから」
恐る恐る振り向くとそこには私の親友が
「春陽……どうしてここに?」
「奏音ちゃんが友火に屋上へ呼ばれたって美冬ちゃんからさっき私に連絡があって、先に来てそこの物陰に隠れてた」
「じゃあ今の話は……」
「うん、全部聞いてた」
「そっか……私は春陽にも話さなければいけないの」
「ううん……もう分かってる。友火の気持ちも何もかも。私さ……冬人にもう一度告白するって言ったでしょ?」
「うん」
「私もね……冬人に振られちゃったんだ」
――そっか……春陽も勇気を振り絞って告白したんだ。
「ごめんなさい……」
「さっき奏音ちゃんも言ってたでしょう? 謝る必要は無いって。振られたのは私のせい。ずっと好きだったのに今の関係が壊れてしまうのが怖くてズルズルと先延ばししてしまった。私と冬人は友火よりずっと長い付き合いだったのにね……」
どうしてこうなちゃったのかな? と春陽は俯き表情を曇らせた。
「だから友火はもう何も縛られる必要はないんだよ。これからは心のままに行動すればいいと思う」
「でも……」
「友火は私と同じ過ちをするつもり? 冬人がいつまでも待ってくれるとは限らないよ?」
人の心がそんな簡単に変わるとは思いたくない。でも、私がこうしてグズグズしていて待たせている間に愛想を尽かされてしまうかもしれない。そうなったらアイツは傷付く事に違いない。
夏原さんも春陽も前に進むために告白をした。アイツはそれを断り私に告白をしてくれた。アイツも春陽も夏原さんもどんな結果であろうと傷付くのを恐れず前に進む道を選んだ。
自分が傷付くのを恐れて私が前に進まなければ今度は大好きな人を更に傷付けてしまう。
「うん……そうだね。私は春陽や夏原さんのような覚悟が足りなかった。今度は私が覚悟を決めて神代くんと向き合う」
だから私も前に進まなければならない。今、目の前にいる春陽、夏原さんを押し退けてでも。
「冬人の心は友火にある。だから恐れず彼と向き合って」
「春陽……ありがとう」
「でも……私も冬人の事はまだ好きだから友火の事が羨ましいし、すごく嫉妬してる。だから応援できない。でも――」
春陽は太陽に向けたヒマワリのような明るい笑顔を私に向けた。
「友火の事が大好きだから……またいつか、みんなで笑えるといいね」
春陽のその言葉を聞いた私は堪えていた涙を止めることができなかった。涙を流す私を彼女は抱き締め頭を撫でてくれた。
私はなんて弱いんだろう……それに比べて春陽は……想いが届かなかったにもかかわらず、こうして私を慰めてくれている。彼女は名前の通り太陽のように暖かくて広い心を持つ素敵な人だ。
「……ん、ありがとう」
私は春陽の身体から離れた。このまま彼女に甘えている事は許されない。
「友火、それじゃあね」
春陽は私にその身体の暖かさを残して屋上から去っていった。
みんなが傷付きながら自分で答えを出していった。次は私の小説、そしてその物語の続きを
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