第86話 妹は全て知っている

 秋月の書籍化打診の相談を受けてから俺は落ち着かない日々を過ごしていた。

 小説の読者はその事を知らないが秋月が打診を承諾すれば、いずれ書籍化作品として更に注目を集める事は間違いない。

 自分がWeb版でイラストを担当している以上、書籍化作品に見合ったイラストを描かなければ秋月に申し訳が立たない。そんな事を考えていると結構なプレッシャーを感じる。


「この構図だとイマイチだなぁ」


 俺は小説のキャラクターデザインだけでは無く、モノクロの挿絵も描いている。魅力的な挿絵を描かなければというプレッシャーでなかなか納得いく構図が決まらず筆の進みが遅い。


「冬にい、入るよ」


 こうした悩みなどお構いなしの美冬が俺の返事を待たずに部屋に入ってきた。


「まだ入っていいって返事してないんだけど……」


 今は絵を描いていただけだからよかったが、ナニかしてる時だったら気まずくなる事この上ないので止めて欲しい。


「別にいいじゃない。見られてマズい事してるなら鍵でも掛けとけばいいのよ」


 それだと鍵を掛けてる時はナニかしてる時と言っているようなものなので、出来るだけ部屋には鍵は掛けないようにしている。


「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ。家族といえどもプライバシーは尊重して欲しいもんだな」


「別に妹の私になら見られてもいいじゃない。どうせいつもエッチなイラスト描いてるんだし」


 エッチなイラストを見られるのはまだいい。だが、年頃の妹に年頃の男子の年頃のナニの姿を見られるのがいい訳がないと思う。そもそも、そんなの見たいと思う妹など存在するわけがない。


「いいわけないだろ……俺が美冬の部屋にいきなり入ったら嫌だろ?」


「それは絶対に止めてよね。勝手に入ったら冬にいにいたずらされたって秋月先輩に言いつけてやるから」


「おい! それは絶対にやめてくれ……変態兄にされてしまうし社会的に終わる」


 そんな事を秋月に言ったら「モテないからって妹に手を出すなんてとんだ鬼畜兄ね」とか言われてしまう。いや……今なら「私ってものがありながら妹に手を出すなんてどういうつもり?」とか言われたりして。


 なんて事がある訳ないか。思わずエロマンガ的な妄想をしてしまった。


「冬にい、なにニヤニヤしてるのよ……なんか気持ち悪いよ?」


 ピロン♪


 最近の俺に対する美冬のアタリが強く、理不尽だなぁと考えているとスマホに新着メッセージが届いた旨の通知音が鳴った。


『大切な話があるから明日の放課後時間空いてる? 大丈夫なら一緒に帰りましょう』


 メッセージの送信者の名前を見て心臓の鼓動がドクンと跳ね上がった。秋月からの大切な話……書籍化を受けるか受けないかの話、それとも告白の返事を聞かせてくるのか。どちらとも取れるメッセージ内容に心が揺れる。


「メッセージ秋月先輩からでしょ?」


「どうして分かった?」


「表情を見れば分かるよ……本当に秋月先輩の事が好きなんだね。冬にいと秋月先輩が相思相愛じゃ奏音ちゃんも大変だっただろうな」


 夏原のことに関しては俺からはもう何も言えない。というか何かを言う資格は無い。だから敢えて触れないことにする。


「秋月とは相思相愛と決まった訳じゃないよ。この前、俺から告白したけど保留にされてるし」

「えぇ⁉︎ 冬にい秋月先輩に告白したんだ……? それで返事が保留ね……なるほど……だからか」


「だから? 美冬は何か知ってるのか?」


 納得したような美冬の態度が気になる。


「この前、秋月先輩に奏音ちゃんが屋上に呼ばれたんだよ。二人が何を話したのか詳しくは知らないけど、返事を保留にしてるのと関係はあると思う」


「そうなのか……そういえば美冬は俺に何の用事だったんだ?」


「ん? ああ……奏音ちゃんが屋上に呼ばれた事で何か知ってるか聞きたかったんだけど、今の冬にいの話聞いて大体分かったからもう用事は済んだ」


 美冬は一人納得して、じゃあねと部屋を出て行った。


「俺にはさっぱり分からないな……」


 明日、秋月に会ったとしても聞き難い内容なだけに何だかスッキリしない。


 ――あ、秋月のメッセージに返事しないと。


 明日の放課後に秋月と一緒に帰る約束をしたことにより、何の話か気になった俺はまたもや眠れぬ夜を過ごした。お陰で最近は寝不足の日が多くなってきた気がする。



◇ ◇ ◇



 秋月と一緒に帰る約束をしている当日の放課後、自分の席でカバンに教科書とノートを詰め込み帰宅する準備をしていた俺に彼女が声を掛けて来た。


「帰る準備は終わった? 一緒に帰りましょう」


 秋月は人目もはばからずに俺に一緒に帰ろうと声を掛けてきた。普段は他の生徒と一緒に帰ったり、放課後に二人で会う時は別の場所で待ち合わせしていたので、教室に残っている生徒が驚きの眼差しで俺たちを見ていた。


「あ、ああ、じゃあ行くか」


 教室を出て下駄箱で靴を履き替え、校門まで歩いて行くまでの短い時間でも俺と秋月は周りの注目を集めていた。

 俺と秋月が仲良くしているの知っているが、学校内で二人きりで行動しているのは物珍しいのだろう。

 だが当の秋月は特に気にする様子もなく黙々と歩いて行く。俺も黙ってそれに付いて行くだけだった。


「それでどこにするんだ? 書籍化の話みたいに聞かれるとマズいような事ならカフェとかよりカラオケボックスみたいなとこがいいか?」


「ううん、長々と話をするわけでもないし、学校から離れてれば公園とかでいいよ」


 学校からの帰り道では誰か知り合いに見つかる可能性もあるし……と思考を巡らしていると最適な公園を思い出した。


「じゃあ、駅の反対側から少し離れたところに大きい池のある公園があるからそこにするか」


「うん、そこでいいわ。お金も掛からないしね」


 現実的な話をすると高校生なので、毎日カフェに行ったりカラオケに行ったりする程お金に余裕がある学生ばかりではない。公園でペットボトルの飲み物で安上がりに済ますのも健全な学生の姿ではないだろうか。

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