第83話 家族会議

「お父さん、お母さん、大事なお話があります」


 アイツと歩夢くんにネットカフェで相談をした日の翌日、夕食を終えた父と母が揃ったタイミングで書籍化打診の話を切り出すことにした。


「あら、どうしたの友火? そんなにかしこまっちゃって」


「なにか悩み事か? はっ⁉︎ まさか男……彼氏ができたから紹介したいとかか⁉︎ どこの馬の骨か分からん奴にうちの娘はやれん!」


 いや、私何も言ってないんですけど。


「あなた友火はまだ何も言ってないですよ」


 お父さんが盛大に勘違いしてお母さんが白い目で見ている。うちのお父さんは早とちりな人だ。


「そ、そうか……スマン取り乱した」


「あなたもそろそろ娘離れをした方がいいと思うわよ。友火に鬱陶しいって嫌われても知らないから」


「そ、そうなのか友火? お父さんのこと鬱陶しくて嫌いか……」


 私に嫌われてるのではと狼狽うろたえるお父さん。


「べ、別にそんな事、思ってないから安心してお父さん」


「そ、そうかならよかった……」


 お父さんと会話するとどうにも話が飛躍する傾向がある。そのせいで今までもなかなか話が進まないことが度々あった。


「お父さんいいかな? 最後まで黙って聞いてね。話が進まないから」


 最初から脱線してしまいちょっと面倒くさくなったので、少しキツ目にお父さんには釘を刺しておいた。


「ちょっとこれを見てください」


 私は気を取り直し、コホンとわざとらしく咳をしスマホにメールを表示させ両親の前に差し出す。


「書籍化打診のご連絡……なんの事だ? 母さん分かるか?」


「……私には何の事かサッパリ分からないわ」


 このメールタイトルで分かる人は、Web小説を書いてる人かサブカルチャーに詳しい人くらいなものだと思う。


「えっと、私が趣味で小説を書いているのは知ってると思うけど、実はその小説の人気が出た事でそれを本にしたいと出版社から連絡があったの」


「……それは詐欺とかそういうのではないのか?」


 歩夢くんに聞いた話だと自費出版といって作者が出版社にお金を払って本を出す方法もあるという。先方に確認したわけではないので、自費出版では無いとは言い切れない。


「そうね……お父さんが言う通り、にわかには信じられないわね」


 それは私も最初に思った事で両親も信じてはいないようだ。


「私に出版社から直接ではなく、小説投稿サイトの運営を通して連絡してきていて、同じような経緯で出版した友達に確認したから詐欺とか冗談ではないと思う」


 歩夢くんの受け売りの言葉ではあるが、まずは両親に安心して貰うため詐欺や冗談ではない事を説明した。


「うーむ……だとしたらそれは凄い事だ。友火にそんな才能があるとは気付かなかったな」


「本当、友火の書いた小説は読んだ事があるけど、とても才能があるような作品じゃなかったわね」


 お母さんが読んだ前の作品はアイツに酷評された思い出が蘇る。


「あ、あれは初めて書いたやつだからデキは察して! 新作はみんな褒めてくれてるんだから! 小説投稿サイトで一位にもなったのよ!」


「そうなのね、それじゃあ今度読ませてちょうだい。ねえ、あなた」


「そうだな……その初めて書いた小説は読ませてもらえなかったが、本になれば嫌でも読めるからな」


 ――え? 反対するとかそんな雰囲気は全く無くて出版されるのが前提で話が進んでいるような……。


「お、お父さん反対とかしないの?」


「ん? 別に反対する理由も無いしな。勉学に影響が出なければ、だが。な、母さん」


「そうね、友火がやりたければ私たちは反対はしないわ」


 反対されるとか覚悟して身構えていたが拍子抜けしてしまった。


「う、うん……その辺は大丈夫。夏休みとか使って作業するつもりだから。友達も協力してくれると言ってくれてるし」


 元々、教育に厳しい家庭環境では無かったが、こうもアッサリ許可が降りるとは思わなかった。


「それで私は高校生で未成年だから親の承諾が必要なの、一度話を聞きたいから電話か打ち合わせの時に同席して欲しいの」


「ああ、分かった。契約書を交わす事になるだろうし条件とかの確認もしなきゃならんしな。私か母さんかどちらか同席しよう」


 やはり契約が関わる事である以上、大人の経験と知識は必要な事だと思い知る。無知な子供が詐欺で無くても不利な条件なのに気付かずに契約してしまったなんて事になり兼ねない。


 こうして何の障害も無く両親から書籍化に関する承諾を得ることができた。


「それで、小説はどんな内容なの?」


「そうだな、前の作品はファンタジーとか聞いているが今回はどんな内容なんだ?」


 お母さんが小説のジャンルを尋ねてきた。それに合わせてお父さんも興味を示してきた。


「え、えーと……恋愛モノ……かな?」


 内容がアイツと私のノンフィクションに近い話なので説明し難い。黙っていればフィクションで通せるのだけど何故か後ろめたく感じてしまう。


「あーら、あらあら、ラブストーリーなんて友火も年頃ねぇ。恋愛に興味が出てきちゃたのかしら? それとも……意中の人がいてその人を想って書きました……なーんて」


「えっ⁉︎ お、お母さん、な、何言ってるのよ。そ、そんな訳ないじゃない!」


「あら、友火、随分慌てて図星だったのかしらねぇ?」


 お、お母さん……その煽り方は止めて……過剰に反応する人がいるから。


「な、なんだと⁉︎ 友火の好きな男の小説だと! お、お父さんが認めるまでは交際は許さんぞ!」


 予想通りガタンと椅子を鳴らし身を乗り出してくるお父さん。


「ち、違うってば! お母さんもお父さんに誤解されるようなこと言わないでよ、もう……」


「あなた、落ち着きなさい。友火も年頃なんだから好きな男の子の一人や二人いてもおかしくないでしょ」


「母さん……友火に二人も好きな人がいたら父さんも困るよ」


 お父さんは本当に落ち込んでいるように見える。


「もう、二人とも勘違いしないでよね! あくまでフィクションなんだから」


「あなた、友火もああ言ってるんだから余計な心配しないの」


 いや、不安を煽ってるのはお母さん、あなたなんですけど?


 予想通り話は脱線したがなんとかお父さんをなだめ騒がしい家族会議は終了した。


 でも、お母さんには何だかんだで色々とバレているようだった。私を見る目がとても優しかったから。

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