第35話 恋の吊り橋理論(第一章完結)

 人間が高所に恐怖を感じるのは本能のはず。それに乗車前から秋月は緊張していた。だから仕方のない事だ。不安から恋人でも無い男に、身体を預けて離れないくらいに怖かったんだろう。


 ゆっくりとした観覧車の運転に合わせたように、ゴンドラ内もゆっくりとした時間が流れている。静かなゴンドラ内、俺は秋月を胸に抱きながら葛藤していた。


 ああ、ヤバい……秋月の良い匂いと身体の温もり、胸の感触……女の子というのは全てが柔らかい……どうにかなってしまいそうだ。


 健全な男子なら、こんな美少女に抱き付かれていて何も感じない筈が無かった。

 彼女に気付かれてしまうんじゃないか、と思うくらい俺の胸の鼓動は早くなる。


 俺は秋月の頭を撫でながら彼女を見下ろす。顔を上げた彼女と目が合う。彼女の瞳は潤み顔は紅潮していた。

 普段、勝気な彼女のこんな弱々しい姿を見て、愛おしさが胸から込み上げてくる。


 見つめ合っていた数秒間が永遠にも長く感じる。俺の背中まで手を回し、抱き付いていた彼女の腕の力が不意に強くなった。


 それが合図であったかのように、俺は彼女の紅潮した顔に……濡れたピンクの唇に、自分の顔を……唇を……彼女の熱い吐息を感じるほど近づけた。


 ――欲しい……その濡れた彼女の唇を見つめながら思ってしまう。


 秋月が目を閉じた。その姿を見た俺の葛藤は脆くも崩れ去り、心の赴くまま、彼女の唇に、自分の唇をそっと近づけ目をつむる。


「……ん」


 秋月から小さな声が漏れ、唇と唇が触れたと感じた瞬間――




「お客様! お怪我はございません……か……?」


 突然開いたゴンドラの扉から聞こえてきた、係員が乗客の安否の確認をする声で俺は我に返る。俺はゴンドラの床に座ったまま秋月を抱いていた。一瞬の硬直……慌てて秋月から顔を離し二人で立ち上がる。


 ――見られた! 絶対にキスしようとしてたとこ見られた……よな? 恥ずかしくて穴があったら入りたいとは正にこの事だった。しかし、俺は恥ずかしさを堪え、何事も無かったかのように振る舞い、秋月の手を引きゴンドラから飛び降り、逃げるようにこの場を立ち去った。


「ほ、本日は強風によるトラブルで御迷惑をお掛け致しました!」


 係員の様子からも間違いなく見られただろう……秋月もバツが悪そうに頬を赤く染め下を向いている。上擦りながら仕事を全うする係員を横目に、俺と彼女は逃げるように外へ出た。




「「…………」」


 秋月に何て声を掛けて良いか分からず、俺と彼女の間に流れる沈黙……暫くして先に口を開いたのは彼女の方だった。


「忘れなさい……さっきの事は忘れるのよ……いい?」


「さっきの事って……その……キ、キスした事か?」


「し、してない! キキキキ、キスなんてしてない! ア、アレはちょっと触れただけで……セセセセ、セーフよ!」


 秋月は今まで見た事が無いくらい真っ赤になり、今までに無いくらい動揺している。


「いっその事、記憶喪失になるくらいアンタの頭を叩けばいいかしら!」


 秋月が恐ろしい事をを言いながら拳を振り上げる。


「お、おい! 本当に叩こうとするな! 頭打って記憶喪失になるなんてマンガだけだから!」


 秋月はどうしても無かった事にしたいらしく、必死の形相で殴り掛かろうとしている。


「さっきのは気の迷い……そうよ! 吊り橋効果で魔が差したんだわ!」


「吊り橋効果ってなんだよ?」


「吊り橋効果知らないの? 面倒くさいから自分で調べなさい!」


 キレ気味な秋月に謝まったところで、キスした事実が無くなるわけでもなく、やっぱり忘れるしかなのかな……


 秋月の唇に触れた感触が確かにあった……本当にちょっと触れただけだけど、柔らかな感触を思い出し、目の前にいる美少女の唇をつい見てしまう……あの時の全ての感触を思い出し身体がカーッと熱くなる。


「ちょ、ちょっと! アンタ何顔赤くしてるのよ! お、思い出してない? 忘れなさいって言ってるでしょ⁉︎」


「いて! わ、分かったよ! 忘れるから頭を叩かないで!」


「「…………」」


 再び俺と秋月の間に沈黙が流れる。


「帰ろっか……」


 秋月が切り出した。


「そうだな……帰ろうか」


 こうしてデートと称する取材は、ハプニングでお互い気まずくなり幕を閉じた。

 

 帰りの電車の中で俺と秋月は終始無言だった。


 秋月が降りる駅に到着し扉が開く直前、彼女が重い口を開く。


「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」


 秋月は笑顔で楽しかったと言ってくれた。本当にそうだったんだろうか? 最後は俺からキスしようとしてしまった事は間違いない。嫌われてしまっても仕方がないくらいだ。


「そうか……なら良かった……」


 ――また、何か相談があったら言ってくれよな!


 嫌われてしまったかも知れないという思いがあり、そう返事をする事ができなかった……


 秋月が電車を降り扉が閉まる。

 扉はまるで俺と彼女を隔絶する壁の様に感じた。走り出した電車からホームで手を振り見送る彼女の姿は、直ぐに見えなくなった。


第一章 完


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※吊り橋効果とは?

吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のこと。


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