第62話 ビックリカメラで試し描き

 学校を出てしばらく歩き駅前に差し掛ると、すれ違い人達にチラチラと見られていて周囲から注目されているのが分かる。美少女四人と雰囲気イケメンの大介、正真正銘のイケメン桐嶋くんの長身コンビを引き連れて歩いているのだから目立つ事この上ない。大介もこのメンバーで浮いていないところが凄いと思う。基本的なポテンシャルは高いのだ。発言がアレなだけで。


 この個性的なメンバーの中だと自分の没個性ぶりが逆に目立つ。別に劣等感を感じてる訳でも無く客観的に見て自分は地味だなと。ただ春陽と大介は陽キャだが他のメンバーは絵とか小説とかインドアでオタクな趣味持ちで、人は見た目では分からないもんだなあと思う。


 目的のビックリカメラに到着すると平日だというのに相変わらずの人混みだった。俺は夏原と二階のモニター売り場にいるから、他のみんなは好きに店内を見ていてくれと伝えたが何故か全員で行動する事になった。


「うわあ、凄い! モニターがいっぱいだね」


 色とりどりの映像が映し出された大量のモニターを目の前に春陽が驚きの声を上げる。


「はぁ、前に来た時も凄い品揃えだと思ったけど本当に凄いわね」


 モニターが何十台も並ぶ光景は自分のようなガジェオタで無くとも、映し出されている美しい映像を見れば心が躍るものだなと感心する。


「夏原、この辺の板タブとか液タブで試しに描いてみればいいよ」


「うわぁ、奏音これがいいですぅ。これに決めましたぁ!」


 え? もう決まったの? と、怪訝に思い夏原が指差す製品を見てみると、それはお値段三十万円オーバーの三十二型の大型液タブだった。


「夏原、試し描きしてないけどいいのか? 三十万以上するけど?」


「そんなにするんですかぁ? とても無理ですぅ」


「そもそも予算はいくらなんだ?」


「予算ですかぁ? 特に決まってないでぇす。奏音はバイトもしてないのでぇお金はありませーん」


「おい! どうやって買うつもりなんだよ?」


「とりあえずぅ触ってみて良さそうなのがあったらぁ、親に相談してぇ買ってもらいまぁす。でもぉ流石に三十万わぁ無理だと思いますねぇ」


 夏原はそう言いながらも大型の液タブで絵を描き始めていた。


「奏音ちゃんが絵を描いてるの初めて見たけど凄い上手だね〜」


「えへへ、春陽さんありがとうございますぅ。でもぉ冬人先輩はもっと上手いですよぅ」


「冬人、こっちで描いてみてよ。久しぶりに描いてるとこ見たいな」


 夏原の試し描きしている展示機の隣の液タブを指差す春陽。


「え、まあいいけど……」


 言われるがままに、適当に描いてみる。


「うわぁ凄い。サラサラと描いてるから適当なのかと思ったけどあっという間に

人になった」


「冬人先輩わぁ相変わらず上手いし描くの早いですねぇ」


「夏原こっちの板タブで描いてみたらどうだ? 板タブなら安いし人によっては液タブより描き易い人もいるし」


 手元を見ないでモニターを見ながら描く板タブは慣れないと初心者には難しいが、夏原は苦にならず普通に描けているようだった。


「夏原は板タブでも普通に描けそうだな」


「やっぱりぃ手元を見ないで描くのわぁ違和感がありますけどぉ、描けない事はないですねぇ。それにぃペンの描き味は教室のと違って凄く良いですねぇ」


「まあ教室のは古いタブレットPCだし、最新のやつと比べたら天と地の差だよ。色々なサイズや値段のがあるから色々と試してみよう」


 こうして俺と夏原で展示機での試し描き大会が始まった。


「アンタ……夏原さんと二人で全部の展示機に絵を描いちゃったんじゃない……?」


 調子に乗って描きまくってたら全ての展示機に二人で絵を描いてしまったようで秋月が呆れている。


「冬にい調子に乗り過ぎ。奏音ちゃんと二人が描いてる間、メチャ注目を浴びてたよ」


 夏原は教室でもかなり画力が高く、並んだ展示機には落書きとは思えないレベルの様々なキャラクターラフが描かれていた。


「いや、描き始めたら何か楽しくなっちゃってさ。やっぱり最新の機材は描き易いしワクワクしてくるな」


「やっぱり神代くんの描いたイラストはプロ並みのクオリティだし絵柄も僕は大好きだな。夏原さんも神代くんに劣らず上手いし特に男性のキャラクターはとても魅力的だね。二人が展示機に描いたイラストのクオリティが高過ぎて後から試し描きする人は消すのに躊躇ちゅうちょしそうだね」


 夏原のイラストは桐嶋くんにも好評のようだ。二次元の女の子しか興味が無いなんて言ってたけど、男性キャラのイラストの良さも分かるんだな。


「冬人の絵も久々にちゃんと見たけどやっぱ上手いな。奏音ちゃんの絵は初めて見たけど負けず劣らずのデキだし、俺には冬人とのレベルの差なんて分かんないよ」


 大介の言っている事は割と正しい。絵描きでも無い限り俺と夏原の画力の差なんて分からないレベルだと思えるほど夏原の画力は自分と拮抗している。


「で、夏原はどれが気に入った?」


「うーん……一番気に入ったのわぁ一番大きいやつと二番目に大きいのですぅ。他はもっと使い込んでみないとぉ分からないですねぇ」


「三十二型と二十四型は高いからなぁ。でも、アレは欲しくなるよなぁ。でも高校生の財力で買うものじゃ無いよなぁ。夏原はとりあえず板タブでいいんじゃ無いか? 問題なく描けるみたいだし」


「冬人せんぱぁい! 良いこと思い付いちゃいましたぁ。やっぱりぃ使い込んでみないとぉ分からないじゃ無いですかぁ。だからぁ奏音が冬人先輩が今使ってるやつを冬人先輩の部屋に行って十分に試し描きさせてもらってぇ、気に入ったら同じのを買えば解決でぇす!」


「残念だが俺の使ってるのは型落ちでもう売ってないぞ」


「それじゃあ冬人先輩がぁ新しく大きいやつを買ってぇ、今使ってるやつをお下がりで奏音が買うというのは名案だとは思いませんかぁ?」


「なんで俺が買い換える前提で話が進むんだよ。あんな高いの欲しいけど買えないわ。というか夏原は俺の部屋に来るのが目的だろ? そうはいかないからな」


「むぅ……冬人先輩はケチですぅ」


「ねえねえ奏音ちゃん、今度私の部屋に遊びに来なよ。冬にいの部屋は隣だからね」


「うん! 今度遊びに行くぅ。ありがとう! 美冬ちゃん大好き!」


 美冬が余計な事を言って夏原を我が家に招き入れようとしている。


「美冬、勝手に夏原が俺の部屋に入る許可を出すなよ」


「奏音ちゃんが私の部屋に遊びに来るだけだし、うっかり間違えて隣の冬にいの部屋に入っちゃってたら仕方ないよね」


 美冬のやつ夏原の味方をする気だな。美冬の部屋に遊びに来るのなら俺には止められない。これは分が悪い。


「で、奏音ちゃんは何か気に入ったのはあったの?」


「春陽さん、そうですねぇ……どれも良かったですけどぉ。決めかねてるというのがぁ本音ですねぇ」


「そっか高いものだしゆっくり考えれば良いと思いうよ。分からない事は冬人に聞けばいいし」


「はぁい、そうさせて貰いまぁす」


 なんで春陽は俺に丸投げなんだろうか?


「それじゃあ今日の目的は達成だな。まだ時間も早いしみんなでカラオケ行こうぜ」


 この中で一番イラストに興味が無くて退屈していたであろう大介からリクエストだった。


「今からか? まあ俺は時間は大丈夫だけどみんなはどうする?」


 女性陣も二時間は大丈夫との事でビックリカメラを後に全員でカラオケに行く事になった。

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