第63話 カラオケボックスでひと騒動(前編)

 カラオケに行く事になった冬人ら一行は店に到着し、代表で受付に向かった大介がちょうど受付を終えた若い男性三人のグループとすれ違う。


「おい邪魔だ」


「あ、ああ……悪い」


 すれ違う際に大介が男性グループの行手を少しさえぎってしまい、グループの短髪の男に文句を言われ足を止めている。


「そんなガキ放っとけよ」


 男性グループの別の仲間で金髪の男が乱暴に言い放った。


「おい、次は気を付けろよ」


 大介を邪魔扱いした短髪の男は捨て台詞を残し店の奥へと消えていく。

 去り際に最後尾にいた大介をガキ扱いした金髪の男が、ズボンの後ろポケットからスマホを取り出した時に何かを落としたのを、大介は遠目に視界の隅で捉えていた。


「お、おい何か落としたぞ……ってもういないか」


 金髪の男は店の奥のエレベーターに乗って既に居なくなっていた。


「学生証……東渓大学文学部三年丸山大輝……か、あいつらアレで大学生なのかよ。どこかのチンピラかと思った……」


 拾った学生証に書かれていた個人情報を見ながら呆れる大介。


「大介、大丈夫か? なんかガラの悪い連中に何か言われてたみたいだけど」


 大介を心配した冬人と他の面子が駆け寄って来る。


「ああ、大丈夫だ。学生服着てたせいかガキ扱いされたけどな。あいつら学生証落として気付かずにいっちまったよ」


 大介は店のスタッフに落とし物の学生証を渡し手際良く受付を済ませ、カラオケボックスの比較的大きい部屋に案内された。


「おっしゃあ! 変なのに絡まれたけど気を取り直して歌うぞ!」


 カラオケ好きの大介はテンションがやたらと高い。


「久しぶりのカラオケ! 大介先輩は何歌うんですか?」


「そうだなぁ俺は何でもいけるけど……美冬ちゃんのリクエストがあれば歌うよ」


「じゃあ……野良坂48で!」


「美冬ちゃんそっちで攻めてきたか……まあ俺に歌えないものはないからな!」


 カラオケ好きの大介と美冬はノリノリだ。大介は冬人をカラオケに誘う事が多いし、美冬は冬人に連れて行けとよく言っている。


「奏音わぁ冬人先輩の隣を確保しましたぁ」


「あ、奏音ちゃんズルい私も冬人の隣ね!」


 大介と美冬がカラオケで盛り上がる一方、夏原と春陽は冬人の隣の席の場所取りで盛り上がっていた。


「冬人……両手に華で羨ましいぞ! しかし! 俺は美冬ちゃんと盛り上がるからな! 友火さんは何歌う? リクエストあったら歌うよ!」


「う、うん、柳楽くん好きなの歌っていいよ」


 あまりカラオケには行かない友火は大介のテンションについて行けていないようだ。


「友火さんはあんまりカラオケとか行かないの?」


「カラオケはあんまり得意じゃ無いというか何か恥ずかしくて」


 あんまり大勢で行動する事も無いから、と大介の疑問に友火は答えた。


「じゃあ、今日は目一杯歌って慣れちゃえばいいよ。友火さんは絶対上手いと思うなぁ」


「う、うん、頑張って歌ってみる」


「うぉー! 楽しみ!」


「柳楽くん、あ、あんまり期待しないでね」


 カラオケ店では水を得た魚のように生き生きしている大介と対照的に、カラオケに不慣れな友火だった。


「桐嶋先輩はイケボですしカラオケ上手そうですね。うちの兄はカラオケはヘタッピなんですよ」


 兄の冬人を軽くディスる美冬。


「ヘタッピで悪かったな。どうせ俺は桐嶋くんみたいにイケメンでもイケボでも無いですよ。美冬、コイツはイケメンでイケボだが止めた方がいいぞ」


「なんで? あ……冬にい、もしかして桐嶋先輩に可愛い妹を取られちゃうとかヤキモチ焼いちゃった?」


「んな訳あるか。どこに可愛い妹がいるんだよ?」


「はは、美冬さんはとても可愛いですよ。神代くんはきっと照れてるんですよ。それに僕もカラオケはそんなに得意じゃ無いですよ」


 イケメンスマイルで謙遜する桐嶋。


「冬にいは素直じゃ無いんだから。桐嶋先輩を見習わないとモテないよ! ってアレ? そうでも無いか……まあ、冬にいはもっと妹の私を可愛がるべきだと思います!」


「美冬ちゃんもぉ、かなりのブラコンですねぇ」


「か、奏音ちゃん! べ、別に私はブラコンじゃ無いからね! ほ、ほら、大介先輩が歌い始めたから聞きましょ」


 こうして大介が先陣を切って歌い始め波乱のカラオケが幕を開けた。



「大介が上手いのは知ってたけど、桐嶋くんもやっぱり上手いじゃ無いか。さっきは得意じゃ無いとか言ってた癖にな。謙虚過ぎると思うよ」


「冬人の言う通りだぞ桐嶋。これで『僕はモテないですよ』とか言い出したら嫌味にしか聞こえないからな」


「柳楽くんは手厳しいな。気を付けるようにするよ」


 大介の私情にも笑顔で対応する大人な桐嶋だった。


「にしても友火さんも歌上手いな。桐嶋といい天は二物以上与えてるとか不公平だ!」


「まあ、大介も歌い慣れててカラオケなら桐嶋くんにも負けてなかったし自信を持っていいぞ」


「冬人は相変わらず下手だけどな」


「うるせ」



「私、ドリンクのお代わり取りに行ってくるけどみんなは何がいいですか?」


「美冬ちゃん、奏音も一緒にいきまぁす」


「じゃあ、みんなで取りに行きましょう。春陽も一緒に行こう」


「うん、女子全員でドリンク取ってくるから男性陣は勝手に歌ってて。あ、冬人はこの間に練習しててね。じゃあ行ってくるね」


 そう春陽は言い残し女性陣は部屋を出てドリンクバーへ向かった。


「どうせ俺はカラオケが下手だよ」


「カラオケなんて慣れだよ慣れ。たくさん歌えばそれなりに上手くなるって。今のうちに冬人もどんどん歌えばいいよ」


「大介みたいにしょっちゅうカラオケには行かないからなぁ。少し歌っただけで喉が痛いよ」


 それも慣れだよと大介はその後も冬人に歌わせ続けた。




「三曲も連続で歌わせやがって……マジで喉が痛いよ」


「慣れだって言ったろ」


「大介、他人事だと気楽に言ってくれるな……そういえばドリンク取りに行ったままみんな帰ってこないな」


「トレイとかじゃなのか?」


「俺もトイレも行きたいし、喉も休ませたいから様子を見てくるよ」


 そう言って冬人は大介と桐嶋を部屋に残しトイレへと向かった。

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