第61話 夏原奏音の相談
「冬人せんぱあい、今日は相談があるんですけどぉ。聞いてくれますかぁ?」
昼休み夏原がいつものように教室に美冬を連れて俺達の教室にやってきた。すでに春陽と歩夢も教室に来ており俺の周りには誠士や大介、桐嶋くんや秋月も集まり一際賑やかになっている。
よく考えると、他のクラスからも学園屈指の美少女達とイケメンが集まり談笑している様は、側から見れば普通では無い気がする。今は何とも思わないが慣れとは怖いものだ。
「相談? まあ俺で良ければ」
「冬人先輩がぁ適任なんですよぉ」
夏原の相談で俺が適任と言われて思い付くのは絵を描く事以外には考えられない。
「俺が適任となると……絵の関係の相談?」
「正解でぇす! 冬人先輩に取り柄といえばそれくらいだと思いますよぉ」
夏原は地味に俺をディスってくるが事実なのが悔しい。
「絵の事しか取り柄が無くて悪かったな」
「冬人先輩わぁ絵に関してプロレベルといえるくらいじゃ無いですかぁ。それって凄い事だと思いまぁす。ひとつの事それだけ極める人は凄い努力もしてると思うんです。そういう人って憧れますぅ」
小さい頃から好きで描いていただけなので努力していたかどうか甚だ疑問だが、褒められるのは悪い気がしない。
「で、相談ってなんだ? デッサンや描き方なら学校で先生に教わった方がいいと思うけど。森山先生は教える事のプロだからな」
「それはそうなんですけどぉ描き方とかじゃなくてぇ奏音、今までアナログばかりで描いてるじゃなですかぁ、デジタルで絵を描く機材が欲しいなぁって思ってるんですぅ」
「確かに夏原は教室で紙に描いてるか、教室で貸し出しのタブレットPCで描いてるよな」
「自分のノートPCは持ってるんですけどぉ、液タブも板タブも持ってないのでぇデジタルのイラストは教室でしか描けないんですぅ。だから板タブか液タブが欲しいなぁって」
確かに教室でしかデジタルの作画が出来ないと一週間に一回しか絵が描けないので制作が遅々として進まないよな。
「ねぇ、板タブってなぁに?」
今まで黙って俺たちの話を聞いていた春陽が話に割り込んできた。
「うーん……ああ、そういえば中学の時に春陽が俺の部屋に遊びに来た事あっただろ? あの時に黒い板みたいな上にペンで何か描いてたの覚えてないか?」
中学の頃に俺がPCで絵を描いてるのが見たいと春陽が言っていて部屋に呼んだ事を思い出した。
「あ! あのマウスパッドみたいな大きいやつかな?」
「そうそうあれが板タブだよ」
「春陽さん、冬人先輩の部屋ってどんな感じでしたかぁ?」
「そうだねぇ……マンガとか可愛いイラストの表紙の小説ばかりだったし、フィギュアとか置いてあって、オタクの部屋ってああいう感じ?」
「何となく想像できますう。それでぇ冬人先輩と春陽さんは部屋でチューしたとか何もなかったんですかぁ?」
「……」
「……」
今の夏原の言葉で体育祭の時に医務室でキスの不意打ちした事を春陽も思い出したのだろう、気まずくなり二人してお互いに黙ってしまう。
「え……冗談だったんですけど本当にチューしたんですか?」
これが夏原の素なのか、いつもの話し方では無く普通だった。
「い、いや……その時は、な、何にもなかったぞ。なあ春陽」
「う、うん……ち、中学の時は何もなかったよ」
焦った俺と春陽は二人してしどろもどろだった。
「その時? 中学の時は? じゃあ今は何かあったんですか?」
「い、今も何もないぞ」
「う、うん……奏音ちゃん何もないからね」
「二人して怪しいですぅ……」
俺は内心冷や汗をダラダラ流し、春陽に至っては顔を赤くして俯いている。どう考えても何かあったとしか言いようのない雰囲気だった。
「で、結局板タブって何なの?」
そんな危機的状況の中、俺と春陽の事情を知らない秋月が何故か不機嫌そうだが上手く話の腰を折ってくれた。よし! このまま有耶無耶にして誤魔化そう。
「お、おう、前に秋月と二人でビックリカメラ行った時に液タブ見ただろ? あれはモニターに直接ペンで描くけど、板タブは何ていうのかな……マウスをペンに持ち替えて手元じゃ無くて画面を見ながら描く感じ?」
「二人でビックリカメラ行ったんですかぁ? 秋月先輩……抜け駆けはズルいですぅ」
「ぬ、抜け駆け⁉︎ ち、違ちうわよ! そんな訳ないでしょ!」
必死に否定する秋月。
「冬人……お前いつの間に友火さんと二人きりで出掛けてたんだよ⁉︎」
「ああ、そういえば一年の時、ビックリカメラのモニター売り場の前で秋月さんと神代くんが痴話喧嘩してて売り場で他の客の注目を浴びてたよね」
「ち、痴話喧嘩⁉︎ アレはコイツがとんでもない事言ってきただけだから!」
夏原と大介が要らぬツッコミを入れてくる。偶然その様子を見ていた桐嶋くんまでも余計な事を言ってくる。ピンチを脱したと思ったら更なるピンチを招いた自分の失言を恨んだ。
それにしても秋月の反応が他人事じゃないけどイチイチ面白いな。
「い、いや……ちょっと秋月から相談があって、ついでに俺の買い物に付き合ってもらったというか……」
それにしても何で俺は浮気を疑われてる男の言い訳のような事を言ってるんだろう? やましい事は無いんだし堂々としてればいいんだよな。やましい事は無いよね?
「ああ! 教室で冬人が友火さんとLIME交換してクラスの注目を集めてた時か⁉︎ あんな前から仲良くしてたのかよ? それに痴話喧嘩って本当か? 友火さんと付き合ってるなら隠さず言ってくれればいいのになあ。俺達友達だろ?」
「いやいや! 秋月と付き合って無いから! 変な勘違いするなよ」
「つ、付き合って⁉︎ 私がコイツと付き合ってるなんて……そんな訳ない……じゃない……」
段々と声が小さくなって顔を真っ赤に染め俯く秋月。彼女の秘密の趣味の事もあるけど観覧車の件もあるし、俺としてもこの話の流れは避けたい。
「今日はみんなでビックリカメラに行って、板タブとやらを見に行こうよ」
先程まで動揺していた春陽が冷静さを取り戻したのか唐突な提案をしてきたが、必死に話を逸らそうとしているのが俺には分かる。助かったと内心彼女に感謝した。
「確かに夏原の相談内容からも実際に触ってみた方がいいだろうし、ビックリカメラで実際に確かめるのもいいかもな」
「奏音わぁ冬人先輩の部屋に行きたいですぅ」
「俺の部屋に来てどうすんだよ?」
「冬人先輩の持ってる板タブとかでぇ試し描きをしたいですぅ」
「その提案は却下! 今日はとにかくビックリカメラに行って色々と試してみよう」
「ええ! 春陽さんだけ部屋に行ったのはズルいですぅ」
「ズルく無いし昔の話だ。ビックリカメラで試し描きしながら説明するからそれで我慢しろ」
「はぁい……分かりましたあ」
しょんぼりと
結局、俺と夏原の他に秋月、春陽、大介、美冬、桐嶋くんが一緒に行く事になった。誠士は委員の雑務で行けないと言っていた。歩夢は凄い行きたがってたが原稿の締め切りが近く、時間が無いそうだ。商業作家さんは大変だな。
「ビックリカメラに七人も行くの? なんか……大所帯になってしまったな……みんな大人しくしててくれよ」
こうして夏原の相談は大事になり、放課後に七人という大所帯での移動は何だか不安だ。
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