第四章 明けない梅雨はない

第58話 みんなの心は雨模様

 体育祭が終わった直後から長雨が続き、本格的な梅雨入りを感じる時期になってきた。

 こんな雨続きの中を登校するのは本当に面倒臭い。下駄箱の前で傘を畳み濡れた鞄と制服をタオルで拭きながら雨は嫌いだ、と一人呟く。


「冬人おはよう。今日も雨でウンザリだね」


「ああ……春陽おはよう。こう雨が続くと本当に学校に来るの面倒臭いよな」


 雨に濡れた靴下が不快だった俺はつい本音が出てしまう。


「あはは、冬人は雨嫌いだもんね。私だって湿気で髪の毛がクリクリになっちゃうから梅雨は好きじゃないかな」


 体育祭の医務室で春陽に告白されてから数日経つが、彼女とは普段と同じように接している。

 そんな春陽も告白があったのが嘘のように、いつもと変わらず俺と接してくる。だから俺もなるべく意識しないように振る舞っている。


「クリクリになってるように見えないけどな。普段とそんな変わらないよ」


「もう……何年も付き合いがあるんだから、それくらい気付いて欲しいんだけどなぁ。女性のちょっとした変化に気付く男性はポイント高いよ? まあ冬人みたいな朴念仁には難しいかな」


 またも朴念仁扱いされるとは……俺を朴念仁呼ばわりした大介を恨むことにしよう。


「朴念仁で悪かったな……」


 春陽は俺に気にして欲しいのか髪の毛を指で弄っている姿がとても可愛く見える。


「それじゃあ俺は教室にいくからな」


「うん、またお昼休みにね」


 そういって春陽と別れ教室に向かう。彼女は体育祭以降も変わりなく昼休みに遊びに来ている。告白され好きと言われはしたが付き合って欲しいとかそういう話は無く、彼女とはいつものような関係を続けている。


 実際のところ交際を求められたとしても今、どうするかは決められない自分がいる。春陽の事は好きだが恋愛感情の好きなのか分からない。しかし、俺の内心はといえば今まで意識していなかった彼女を異性として意識するようになってしまい、今も実はドキドキしている。

 それは仕方の無い事だと自分に言い聞かせている。何せ今まで異性と付き合った事は無く、美少女である春陽に告白された事で彼女の好意を知り、あまつさえキスまでしてしまったのだ。意識するなというのが無理な話だ。


 恋愛経験の無い俺には春陽に対する自分の感情を正確に判断できないでいる。それに……どうしても秋月の事が脳裏に浮かんでしまう。彼女ともまた観覧車でのキスの事もあり意識してしまい、彼女の事が好きなのか自分の感情が分からないでいる。


「はあ……どうすればいいんだろ……」


 梅雨空と同じく晴れない気持ちのまま教室へと向かう。



〜 昼休み 〜



「冬人せんぱあーい! 遊びにきましたぁ」


 いつものように夏原の甘ったるい元気な声が教室に響きわたる。


「夏原、この憂鬱な梅雨空でもお前はいつも元気だな……」


「冬人先輩わあ、アンニュイな気分なんですかぁ?」


 アンニュイ……なんか分かり難い表現だな。


「冬人は悩み多き年頃なんだよね?」


 振り返るとそこには教室へ入ってきたばかりの春陽がニコニコと笑顔を浮かべ立っいた。


「お悩みなんですかあ? もしかしてえ恋の悩みだったりぃ⁉︎ 冬人先輩のぉ恋の悩み聞いてあげますからぁ放課後一緒に帰りましょう!」


「梅雨は鬱陶しいなって思ってるだけだからお悩み相談は不要です!」


「本当かなぁ? そうは言ってるけど実は女の子絡みの悩みかもよー? ひひ」


 俺の内心を知ってか知らずか、ニヤニヤしている春陽。


「春陽……お前なぁ誤解されるような事言うなよ」


 ――まったく誰のせいで、と心の中で呟いた。


「あーなんかぁ冬人先輩とお春陽さん、なんか怪しいですぅ。春陽さん何か知ってるんですかぁ?」


「奏音ちゃん、私と冬人は幼馴染みみたいなものだからお互いの事はよく分かるの!」


 なんか体育祭以降、春陽が少し変わったように感じる。なんというか図々しくなったというか……自己アピールが強くなったような。


「春陽さんだけじゃなくてえ、秋月先輩もなんか最近は変わったような気がしますぅ。最近わぁ昼休みにぃ冬人先輩たちとぉ、あまりお話しないですよねぇ」


 夏原の言う通り秋月は春陽が遊びに来ても、あまり俺達のグループに近づいて来なくなった。彼女は人気者なのでボッチで居るという訳でもなく、取り巻きの連中と雑談をしてるようだが。


 秋月があまり俺たちと話さなくなったのに心当たりは……無いとは言わないけど、春陽が彼女に話していなければ保健室での出来事は知らないはずだ。それに秋月にはこの件は関係ないのだから……本当に関係ないのか?

 俺は秋月を一瞥してから春陽に対して秋月にあの事を話したか? と目で訴えてみた。すると春陽は俺の目をジッと見つめ返してきた。数秒お互いに目を合わし春陽は察してくれたようで、フルフルと頭を横に振った。


「あー冬人先輩とぉ春陽さん、二人で見つめ合って通じ合ってる感じがしますぅ。絶対何かありましたよねぇ? 怪しいですぅ」


 夏原の俺たちを見る目は所謂いわゆるジト目というやつだ。鋭いな……よく見てるというか。


「い、いや別に何もないぞ。なあ? 春陽」


 俺は苦し紛れに春陽に同意を求める。


「う、うん、奏音ちゃん私たち別に何もないよ?」


「なんかぁ二人して白々しい感じがしますぅ。いいですよぉ秋月先輩にぃ直接聞きに行きますからぁ」


 そう言って秋月の席に向かおうとする夏原。


「い、いいって放っておけ。何か機嫌が悪いだけかもしれないし、夏原が行った事でどうなる訳でもないし。ほ、ほら昼休みももう終わりだぞ」


 秋月の元へ歩き出そうと前のめりになった夏原の手首を掴んで阻止する。夏原と秋月は相性が悪い。このまま行かすとトラブルになりかねない。


「分かりましたあ。もう時間が無いのでぇ教室へ戻りますぅ。何があったか知りませんけどぉ仲直りしてくださいねぇ」


 夏原の中では俺たち三人で何かあった事は確定しているようだ。いつになく真剣な彼女の言葉に俺たちは何も言えなかった。

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