第59話 夏原奏音は決断する

「奏音ちゃん帰ろ」


 放課後、帰り支度をしていると親友の美冬ちゃんが一緒に帰ろうと声を掛けてきた。二人とも部活をしていないので用事が無ければ大体二人で一緒に帰っている。


「今日わぁ用事があるから美冬ちゃん先に帰っていいよう。ゴメンねぇ」


「うん分かった。また明日ね」


「たまにわあ、冬人先輩とぉ一緒に帰ればいいと思うよぅ」


「冬にいと? うーん……最近はなんか春陽さんが帰る時も冬にいにベッタリしてるから邪魔しちゃ悪かなぁと思って」


「そこわあ美冬ちゃんが兄妹の権限でぇ、二人の妨害してくれるとぉ奏音嬉しいんだけどなぁ」


「妨害って……そんな事したら春陽さんに恨まれちゃうよ」


「私のお兄ちゃんを取らないでぇって言えばぁ、春陽さんわぁ優しいからぁ大丈夫だよぅ」


「奏音ちゃん……そんなブラコンみたいな事を言うのは無理! 私ブラコンじゃないし」


「えー? 美冬ちゃんからわぁ毎日冬人先輩のぉ話ばかりぃ聞いてる気がするよぅ。――ねえ奏音ちゃん聞いてよ、あの馬鹿アニキがぁって」


「え……? 私そんなに冬にいの話してる?」


「うん、美冬ちゃんわぁ十分ブラコンだと思うよぅ」


 美冬ちゃんは自覚が無いようだけど、毎日登校すると冬人先輩の話から始まる事が多い。嫌悪感の伴った兄への愚痴ではなく、嬉々として語っている様子はお兄ちゃん大好きツンデレ妹にしか見えない。


「いやあぁぁぁ! 私そんなつもりないのにぃ! ブラコンだと思われてたなんて……」


「とにかく美冬ちゃんわぁ二人の邪魔をしてきてくださあい。このままだとぉ春陽さんに冬人先輩取られちゃいますよぅ。美冬ちゃんそれでもいいんですかぁ?」


 押しに弱そうな冬人先輩が最近の春陽さんの積極的な行動になびいてしまう可能性もある。それだけは避けたいのが本心だ。


「私たちは兄妹だし冬にいが誰と付き合おうが別に……冬にいが幸せならそれで良いよ」


「冬人先輩が他の女性と付き合ったらぁ奏音は嫌ですぅ」


「奏音ちゃん……冬にいの事本気なんだね」


「もちろん本気で好きですよぅ。冬人先輩の事わぁ相手が誰でも譲れないですぅ」


 通っているイラスト教室で私が中学生の頃、絵が上手い男子高校生の噂を聞いた時から、どんな人なんだろうと興味はあった。秋月先輩の体験入学の日に初めて会った冬人先輩に私は一目惚れした。特に優れた容姿でも無いフツメンの男子だったけど私は惹かれた。絵が上手いところに惹かれた? 秋月先輩は私の好意を憧れのように言っていたけどそれは違う。先輩は私が冬人先輩に持つ好意を憧れと思い込みたかっただけだ。彼女もまた冬人先輩に惹かれている事を私は知っている。本人はその事を受け入れられないでいるだけなんだろう。


「そっか……なら私は親友の奏音ちゃんを応援するね」


「美冬ちゃん……ありがとう!」


 私は嬉しさのあまり美冬ちゃんに抱きついた。


「きゃっ!」


 いきなり抱き付かれ驚く美冬ちゃんの胸元に顔を擦り付ける。


「美冬ちゃん良い匂いがしますぅ」


 フンフンと鼻を鳴らし香料とは違う美冬ちゃんの体臭を満喫する。


「ち、ちょっと奏音ちゃん何してんのよ! 恥ずかしいから匂い嗅がないで」


 照れる美冬ちゃんも可愛い。私は冬人先輩と同じくらい彼女が大好き。


「美冬成分もぉ十分補給したからぁ私は先に帰るねぇ」


 私は埋めていた顔を美冬ちゃんの胸元から離した。


「奏音ちゃんまた明日。バイバイ」


 美冬ちゃんより先に教室を出て急いで校門へ向かう。


 ――美冬ちゃんと話してて結構時間経っちゃった。急がないと……まだ帰って無ければいいけど。



 私は学校を出て少し離れたところから校門の様子を伺っている。ある人物が校門から出てくるところを待ち伏せしている。


 待つ事数分……


 目的の人物が校門に姿を現した。


 ――来た!


 その姿は遠目からでも人目を惹く華やかで優れた容姿だ。悔しいけど私は敵わないと一瞬嫉妬のようなネガティブな感情が芽生える。

 でも今はそんな感情を抱えていては、これから相対する人物に気持ちで負けてしまう。そう思いかぶりを振って私はその人物に駆け寄り声を掛けた。


「秋月せんぱあい一緒に帰りませんかぁ?」


 突然物陰から出てきた私に驚いた秋月先輩は目をキョトンとさせている。


「夏原さん……どういう風の吹き回し? 貴女が私と一緒に帰ろうなんて」


 それほど仲良くしていた訳でも無い私に怪訝な眼差しを向けてくる。


「今日は秋月先輩とぉ、二人でお話がしたくてぇ待ち伏せしてましたあ」


 数秒の沈黙の後、秋月先輩は口を開いた。


「別に私は貴女と話したい事はないわ」


 不機嫌そうに答える秋月先輩。私は体験教室の時にあおってしまった事から先輩に避けられてる事は分かっていたけど、ハッキリそう言われると少しショックだ。私は別に嫌われたいと思っている訳でも無く、本当は仲良くしてもらいたい。


「そうですかぁ? 冬人先輩の事でぇお話がしたかったんですけどぉ」


 冬人先輩の名前を出した途端、秋月先輩の表情が強張った。それを見た私はやはり何かがあった事を確信する。


「な、なんで……アイツの名前が出てくるのよ。わ、私には関係ないわ……」


 冬人先輩の名前を聞いて動揺する秋月先輩。どうしても真相が知りたい私は一歩も引く事はできない。


「でもぉ、このままじゃあ春陽さんにい冬人先輩取られちゃいますよお? それでもいいんですかぁ?」


 春陽さんに冬人先輩を取られてしまう、という言葉を聞いた秋月先輩はビクッと身体を震わせた。


「……分かったわ一緒に帰りましょう」


 私は敢えてあおるような言葉を秋月先輩に投げ掛けた。溜息を吐きながら一緒に帰る事を了承してくれた。


「ありがとうございますう。それじゃあ歩きながら話すのもなんなのでぇ、公園にでもいきましょうかぁ?」


「公園?」


「カフェとかじゃあ、近くに人がいたりするからぁ話し難いと思いましてぇ」


 お互いのプライバシーに関わる話をするかもしれないと思うと、近くに人がいるカフェでは落ち着いて話せない。雨が降っていたらカラオケボックスにしようと思っていたけど、午後には止んで道路も乾き始めている。


「それもそうね……どこかの公園のベンチで話しましょうか」

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