第73話 家族と友達と

 昨日、春陽に付き合う事はできないと彼女の告白に返事をした。その前日に夏原から告白された。立て続けに起きた事に混乱する。

 女性に告白さたら嬉しいものだと思っていた。でも実際には違っていて相手との関係性によっては、それはお互いにとって重しとなる。


 春陽は中学一年からの付き合い、方や妹のような存在の後輩。

 春陽も夏原も可愛くて性格も良くて俺は好きだ。このまま友達を続けていけば恋愛対象として好きになり、恋愛感情も芽生えるかもしれないと思えるくらい二人は魅力的だ。


 でも……


 俺はその前に秋月に出会ってしまった。彼女にファンアートを送り、相談を続けていくうちに彼女の事が気になり、水族館でデートをして観覧車での出来事で好きになった。


 恋は盲目というが、好きな人がいると他のモノは目に入らない。たとえ魅力的な女性からアプローチされても、そう簡単にはなびくことはないだろう。


 だから夏原の気持ちにも応えることはできない。次に会う時に返事をすると彼女に約束した。今日、イラスト教室で彼女に会うだろう。そして俺はまた一人大切な友達を傷付けることになってしまうのかもしれない。



「冬にい、おはよう」


 部屋を出ると待ち構えていたように美冬が立っていた。


「おはよう……美冬」


「ひどい顔してるよ。……それで答えは出たの?」


 ほとんど眠れなかった俺の顔を見た美冬は何かを察したようだ。


「ああ……今日、その答えを伝えてくる」


「そう……」


 美冬はそのひと言だけで階段を降りていった。



「行ってきます」


 ローファーを履いて玄関を出ると先に登校したはずの美冬が立っていた。


「冬にい今日は一緒に登校しよっか」


 美冬は同じ駅を利用している友達といつも待ち合わせて登校しているので、俺よりも二本ほど早い電車を利用している。


「友達はいいのか?」


「さっきメッセージ送って先に行ってもらったから」


「そっか、じゃあ一緒に行くか」


「うん」


 美冬は俺の答えを聞き出す為に、登校時間を合わせたんだろう。



「ねえ、昨日何かあった?」


「……やっぱり分かるか?」


「そりゃ分かるよ。昨日帰ってきて夕飯の時もひと言も喋らないし、アレだけ落ち込んでればね。お母さんが心配してたよ」


 考えてみれば、昨日は顔にかなり出ていたのだろう。


「昨日、春陽に付き合って欲しいと告白された」


「それで?」


 内心までは分からないが表面上、美冬は特に驚きを見せなかった。


「春陽と付き合うことはできないと断った」


「どうして?」


「……他に好きな人がいるから」


「それは奏音ちゃんじゃないよね」


「ああ……違う」


「それで今日なんだね?」


「そうだ」


「分かった……あとは私に任せて」


「頼む」


 さすがに兄妹なだけあってこれだけで伝わったようだ。やっぱり家族の繋がりというのはとても深いんだなと改めて思う。


 その後は学校に到着するまで美冬とはひと言も会話を交わさなかった。


「それじゃ、私行くね。冬にいも無理はしないで」


「ん、大丈夫」


 校門を通り過ぎた辺りで友達を見つけた美冬と別れた。去り際に冬にいが心配だよ、と言われたのが嬉しかった。



 お昼休みになったが春陽も夏原も美冬も教室には来なかった。秋月は自分の席で他のクラスメイトに囲まれ談笑していた。


 俺は大介、誠士、桐嶋くんの三人で集まっていた。


「今日は春陽も奏音ちゃんも美冬ちゃんも来なくて寂しいな」


 冬人、お前なんか知ってるか? と大介が聞いてきた。


「別に何も聞いてないよ。たまにはこういう事もあるだろ」


 本当のことを言えば大ありだ。だが夏原に告白されて春陽を振ったなんてとても言えない。いや……親友のこいつらにはいつか伝えなきゃな。


「みんな柳楽やぎらみたいに暇じゃないんだと思うがな」


 誠士は大輔に対して辛辣しんらつだ。


「それじゃいつも俺が暇みたいじゃないか」


「実際暇人じゃん。毎日放課後に遊んで帰ろうぜ~って誘ってくるの大介だけだぞ」


「冬人、その遊びに行くので俺は忙しんだ。だから暇してる暇なんて無いんだ」


 なんだかよく分からないが大介の言葉には妙な説得力があった。


「たまにはこういう男子だけっていうのもいいじゃないですか」


「桐嶋……しょっちゅう女子に囲まれてるお前にそんな事を言う資格は無い!」


 清々しい程のねたみだな。


「はは、柳楽くんは厳しいな」


 そんな嫌味もサラッと流す桐嶋くんは本当に大人だ。モテるのも当然だなぁと彼の顔を眺めていると目が合う。その瞳は真剣で何か俺の心の中まで見透かされているような気がした。


 春陽や夏原にいつもは自分の教室に早く帰れだの、遊びに来るなだの言っておきながら、いざ来ないと寂しいとか俺はどんだけワガママなんだって話だ。当たり前のように享受していた物が無くなって、初めてそれがいかに大切な物だったということを知る。そして気付いた時は既に遅いのだ。



「今日は一緒に帰らないかい?」


 いつも以上に長く感じた授業を終えた放課後、帰り支度をしていると聞き覚えのあるイケボで声を掛けられた。


「桐嶋くんが一緒に帰ろうなんて誘ってくるなんて珍しいな」


「たまには二人で話でもしたいと思う事もありますよ」


「イラスト教室があるから途中までなら別に構わないけど」


「じゃあ、一緒に帰りましょう」


 爽やかな笑顔で桐嶋くんはそう答えた。何この人カッコいいんですけど。



 校門を抜けるまで女子生徒の注目の的にされ恥ずかしかった。秋月たちと一緒にいると注目される事が多かったから慣れたと思っていたが、男同士というこの状況はまた別のようだ。


 一緒に帰ると言ったものの特に話す事が無い。なんとなく桐嶋くんをチラッと横目で見てみる。うん……横顔もイケメンだ。彼は告白される事も多いだろうが断る時にどんな気持ちなんだろうか?


「神代くんどうかしましたか?」


 俺の視線に気付いたようで不思議そうな表情をしていた。


「気分を悪くしないで欲しいんだけど、桐嶋くんは告白される事が多いじゃない? でさ断った後ってどんな気持ちなのかなぁと思って」


 この際だから聞いてみることにした。


「つまり神代くんも誰か断ったか、これから断るって事だね」


「なんで分かった?」


「そんな事はこれから当事者になるか、なった人間しか聞かないと思いますよ」


 さっき心を見透かされてように感じたのは、俺が三人と何かあっただろうという事を察していたからだろう。


「言われてみれば、そうだよな……」


「それでさっきの質問のどんな気持ちなのかの答えだけど……ハッキリ言ってしまうとそれほど気に病んではいない」


 予想と違う答えに面食らった。桐嶋くんは感情の機微を読メル人で優しい。だから断った相手に対し気に病んでいるのかと思った。割りきっているのだろうか?


「なぜなら僕に告白してくる女の子は名前は知ってるけど話した事はないとか、名前すら知らなかったという女の子が多いんだ。だから断った時は心苦しいけど、後を引くことはあまり無いかな」


 だから神代くんと比べる事はできないと語った。


「神代くんは長い時間や深い付き合いを経ての事だから、相手へ持つ情の大きさが僕の時とは違う」


 そうか……何年もの付き合いの友達や遊んだりデートしたりした相手と、名前しか知らない相手では比較する事自体に無理があるということか。


「だから、神代くんが今抱えている感情は残念だけど僕には完全に理解する事はできないかな」


 結局自分の事は自分にしか分からないし、自分でどうにかするしかないって事だよな。


「桐嶋くんありがとう。聞いて貰えただけでも少し気が楽になったし、ちゃんと向き合う覚悟ができたよ」


「僕は何もできないけど、少しは役に立てたなら良かった」


「全て終わったらこの話は大介と誠士にも話そうと思ってる」


「分かった。僕はまだ何も聞いてないし知らない事にするよ」


「そうしてくれると助かる」


 桐嶋くんと駅前で別れ、夏原が待つイラスト教室へ覚悟を胸に向かう。

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